11.5 どう戦うべきか
※フロイド視点
雨にぬかるみ、足がもつれる。あたりは暗く、視界はすこぶる悪い。
「くそっ! 畜生! なんで、俺がこんなことにっ」
いつも、鳥系の使い魔を飛ばして状況をのんびり確認するのが、フロイドの役目だった。
後方に陣取り、アランの横で、戦況を伝える。
もちろん、あきらかに情勢がこちら側にかたむいてきたら、思う存分暴れて蹂躙を楽しむのだ。
その鳥も、すでにいない。
どうせ勝てると思って、鳥以外の使い魔のもちあわせもない。
アランの言葉が耳の奥にこだまする。
――むこうのテイマーの方が諜報役としては優秀なようですね
蔑むような視線に耐えきれず、フロイドはアランの隊を飛び出したのだった。
「シーヴのやつめっ!」
いつもおどおどと上目使いで見上げてくる小柄な少年を、苛立ちとともに思い出す。
一時期、シーヴはフロイドと同じクランにいた。レッドハンズに来る前のことだ。
大した火力もなく、手のひらにのるほどの小型なものしか呼び出せない。
そんなシーヴは、クランの役立たずとしてずっと厄介者扱いだった。
本人はそれでもいいようで、文句も言わず雑用をこなす。そしていつも、自身の使い魔と楽し気に戯れているのだ。
なんだかそれが気に入らなくて、フロイドはいつもシーヴに難癖をつけては雑用をさらにおしつけていた。時には、憂さ晴らしがてら、罵倒したらり、どつき倒したり、パシったり。もっとひどいこともした気がする。
気づけばクランからいなくなっていて、せいせいしていたのに。
苛立ち紛れに踏み出した足が、草にひっかかり盛大に転んだ。
鼻をこすりながら起き上がり、足元に小さなネズミ。
このネズミをテイムすれば、なにかに使えるかもしれない。少なくとも今の状態よりはマシだろう。
ネズミに手をのばしかけて、ふとフロイドは違和感に気づいた。
ネズミは一匹だけではなかった。
あたりを見回せば、何匹ものネズミがじっとフロイドをみているのだった。
「ロアさんが、僕に言うんっすよ」
聞き覚えのある声に振り向けば、シーヴがいた。
低木の枝に片膝を立てて腰かけ、じっとフロイドをみつめている。
「力の使い方を覚えろって。お前の戦いは頭脳戦だと思えって」
静かに話すシーヴに、フロイドは心の中でしめたと思った。
周りに他の人影はない。
こいつを仕留めて隊に帰れば、アランも自分のことを見直すだろう。
剣の柄に手をかけようとして、鋭い痛みに取り落とす。
うめきながら手元を見れば、ネズミが一匹かみついていた。慌ててふりほどく。
「だから考えたっす。どうすれば、僕は戦えるのか。僕の戦い方は、なんなのか」
シーヴの言葉に、フロイドの背筋がぞくりと粟立つ。
ひどく嫌な予感がしたが、それ自体を認めたくなかった。
「だから、なんだ! こんなネズミごときで何ができる! この、うすのろめ!」
「たとえば、こんなこと、できるんじゃないすかね」
ふりあげた手を降ろした途端、あたりの地面が一斉に蠢いた。
無数の目が、草の合間に光るのが見えた。
チチッという鳴き声は、さざ波のようだった。
それが怒涛のように一斉にフロイドに襲いかかる。
「小さくても弱くても、数が多ければ暴力になる。戦場の結界が発動するのと、フロイドさんが骨になるの、どっちが先っすかね?」
叫び声をあげようとして、開けた口の中にもネズミが入り込む。
鼻がネズミの腹で埋められる。
振りほどこうとした腕にもネズミがぶらさがる。一匹一匹は小さいが、数が多いから重い。
閉じた瞼ごしに、ネズミが鼻をすりつける気配がした。
このまま、舌も目も耳の奥も、すべてこいつらにくいちぎられる。
その恐怖に、フロイドは恐慌状態に陥った。めちゃめちゃに腕をふり身体をねじり、それでもネズミの重みから、視界の闇から逃れられない。
モガモガと声にならない叫びをしばらくあげたあと、力なくその場にうずくまり動かなくなった。
あとには無数のネズミがこんもりとした人型の山になっているだけだった。
「なるほど、これが、シーヴの出した結論か」
背後からかけられた声に、シーヴは振り返りもせず、掲げていた手を降ろした。
その途端、ざっとネズミの波が引いていく。
「すんません、ロアさん。僕はやっぱり、戦闘向きじゃないっす」
ネズミが山となっていたところには、フロイドがピクピクと震えながら泡をふき倒れていた。
かすり傷はついているものの、大きな怪我は無い。
大量のネズミに襲われた恐怖と窒息状態で気を失っただけだった。
「どうだか」
喉の奥で笑いながらロアがフロイドを担ぎ上げ、手近な柵の向こうへぶん投げた。気を失ったままのフロイドが、草にまみれて転がる。
少し遠くでカイルが、なんだか安心したような顔でこちらを見ていた。
その様子に、まぶしげにシーヴは目を細める。
「でも僕は、リーダーのためなら命だって賭けられるっすよ」
シーヴがカイルに出会ったのは、かつて所属していたクランを追い出され、途方にくれていた時だった。
なんの使い道もないとおもっていた小型魔物使いに、カイルは大喜びだった。これで遺跡探索がはかどる、と。
クラン『晴れのち曇り』、通称ハレクモは不思議なクランだった。バトルも上下関係もなく、遺跡探索しながら自分の好きなことに向き合う。
そんな生活もあるのだと、シーヴはカイルに会って初めて知ったのだった。




