///白うさぎジーク///
やがて、ガチャリと部屋の扉が開く。
振り返る俺の目に飛び込んできたのは、純白のバニースーツに身を包んだ騎士団長の姿だった。
「……着替え、終わったぞ」
気まずげに、しかし覚悟を決めた瞳でこちらを見るジーク。
鍛え上げられた肉体と、場違いなうさ耳カチューシャや網タイツとのアンバランスさが、異様な存在感を放っている。
後ろからひょっこり顔を出したフィエルは、親指をぐっと立てた。
「完璧です、ジーク! その屈辱に耐える表情、まさに『解釈一致』! 視聴者はこういうギャップに弱いんですよ!」
「……そういうものか」
解釈一致が何なのかは分からない。
だがフィエルの言葉にジークは少しだけ自信を取り戻したようだ。
胸を張るその姿は、いっそ清々しいほどだった。
「さあ、準備は整いました! インタビュー対象である元オーク将軍ゴルゾック氏の隠れ家へ、いざ出発です!」
フィエルの号令一下、俺たちは魔物の巣窟へと向かうことになった。
「いや、インタビュー対象ではなく、討伐対象なのだが。加えて言うと元将軍でも何でもない、ただのオークの巣窟なのだが」
「ジーク……映えですよ! 映え! そんなこと、映えの前では些末な違いに過ぎません!」
巣窟があるのは街外れの森の奥。
とはいえ、そこへ至るまでは人通りのある道を通らねばならない。
当然、赤と白のバニーガールが二人も連れ立って歩いていれば、嫌でも注目を浴びる。
「おい、見ろよ……ルカ様とジーク団長だ」
「なんて格好してんだ……? 何かの罰ゲームか?」
「いや、あれこそが最先端の戦闘服なのかもしれない……!」
道行く人々の囁き声が、容赦なく俺たちの耳に届く。
俺は今すぐに宿に引き返したい気分だったが、隣を歩くジークは民衆の視線をものともせず、堂々と胸を張っていた。
彼女の中では、これもインフルエンサーとしての試練なのかもしれない。
森に入り、しばらく進むと、開けた場所に一つの大きな洞窟が見えてきた。
ここが目当てのオークの巣窟らしい。
「インタビューの時間です!」
どうやらこっそりなんて言葉を遥か上空に置き忘れてきたらしいフィエルが、大声で告げるのを合図に、俺たちは洞窟の闇へと一歩踏み出した。
先頭を行く騎士団長の背中は、白いバニースーツ姿でさえ凛々しく見えるから不思議だ。
俺はため息をつき、フィエルは「最高の画が撮れそうですね!」と瞳を輝かせながら、その後に続いた。
洞窟内はひんやりと湿った空気が漂い、獣の臭いと土の匂いが混じり合って鼻をつく。
フィエルが持つ端末のライトだけが、ごつごつした岩肌をぼんやりと照らし出していた。
「グルル……」
不意に、闇の奥から唸り声が響く。
次いで、ぬっと姿を現したのは三体のオーク。
筋骨隆々の巨体に、棍棒や錆びた斧を握りしめている。
侵入者である俺たちを認めると、奴らの目は下卑た光を宿し、口元が醜く歪んだ。
「グヒッ……ヒ、ニンゲン……? オンナ……?」
「ウサギ……? グヒヒ、ウマソウダ……!」
オークの一体がよだれを垂らしながら棍棒を構える。
その瞬間、フィエルが声を張り上げた。
「さぁ、インタビュー開始です! 早速『物理言語』で彼らの心を開いてあげてください!」
「心得た」
フィエルの無茶振りなGOサインに、ジークは力強く頷く。
彼女はオークたちに向き直ると、優雅に一礼した。
「我こそは騎士団長ジーク! この度は貴殿らとの文化交流を望み参上した! まずは挨拶代わりの一撃、受けてみよ!」
言うが早いか、ジークの体が弾かれたように地を蹴った。
バニースーツとは思えぬ俊敏さでオークの懐に潜り込むと、目にも止まらぬ速さで剣を抜き、その体を真っ二つに切り裂いた。
「ナッ……!?」
「グガッ!?」
仲間が一撃で沈められたことに、残りのオークが動揺する。
だが、騎士団長の猛攻は止まらない。
流れるような動きで二体目の斧をかいくぐる。さらに体勢を崩したところへ、うさ耳カチューシャを揺らしながらの華麗な回転切りで、鮮やかに仕留める。
強い……。というか、その格好でよく動けるな……。
俺が思わず見惚れていると、最後の一体が標的を俺に変えた。
ジークほどの脅威はないと判断したのだろう。
醜い笑みを浮かべ、棍棒を振りかぶってくる。
「……クソが」
頭では面倒だと思っているのに、体は勝手に反応していた。
振り下ろされる棍棒を半身で躱し、がら空きになった胴体へ拳を叩き込み、続けざまに跳躍する。
オークの巨体が「く」の字に折れ曲がる。
姿勢の低くなった首筋目がけて、ハイヒールのかかとを思い切り叩きこんだ。
「グォアッ……」
オークが唸り声をあげて地に沈む。
「……今の、見ましたか視聴者の皆さん! バニーガールのお二人の鮮やかな一撃! まるで世界を救うヒロインの必殺技! 映え映えの映えです!」
フィエルが興奮気味に端末に向かって実況を始める。
ジークは沈黙したまま、倒れたオークたちと俺の拳を交互に見て、何かを深く納得したように頷いた。
「なるほど、これが物理言語の極致……! 技を極めれば刃すらも必要としないのか」
違う、そうじゃない。
このおかしなドレスのせいで俺の力が異常に上がっているだけだ。
でなければこの軽い体でオークを倒すほどの威力が出るはずがないのだ。
「真似はしない方が良い」
何故か敬意の混ざり始めたジークの眼差しから目を逸らしつつ、俺はまだ息のあるオークの体にハイヒールを突き刺した。




