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☆性悪女神ユーティ降臨☆

 王城での一件から数日。

 俺とフィエルが身を寄せる宿屋の一室は、かつてないほどの熱気に包まれていた。

 もっとも、その熱気の発生源は、もっぱら俺の傍らで翼をぱたぱたと忙しなく揺らし続ける、自称・俺のプロデューサーである天使フィエルただ一人なのだが。


「ルカ! ルカ! 見てください、これ! 『白銀のジークと互角の新人』として、ルカの名はゴッズ・グラムのトレンドを席巻しています!」


 フィエルが満面の笑みと共に突きつけてくるスマホの画面には、凄まじい勢いで通知が流れていた。

 先日の騎士団長ジークとの模擬戦の様子を、フィエルがまたしても勝手に撮影、編集し、ハッシュタグまで付けて投稿した結果らしい。


『新人ちゃん、ガチで強くて草』

『ジーク団長が本気で焦ってる顔、初めて見たかも。これは推せる』

『てか、戦闘中にスカートひらりとか、あざとすぎん? わかってるじゃん』

『この子、もしかして次の『神々の代理戦争(ゴッズ・ウォー)』の代表候補だったりする?』


「さらにこれです!」


 フィエルは得意げに画面をスワイプする。

 そこには、先日表示されたものとは比較にならないほどの金額が映し出されていた。


「投げ銭の額が、前回のゴブリン討伐の倍以上に跳ね上がっています! これだけあれば、当分は宿代にも食事にも困りません。これも全て、ルカを応援したいという、ファンからの熱い想いの表れです!」


「……そうか」


 正直、未だにピンとこない。

 見ず知らずの他人からの賞賛や、こうして投げつけられる金銭に、心が躍るという感覚が理解できなかった。

 元暗殺者の俺にとって、金は任務の対価であり、賞賛は無用の長物でしかなかったからだ。


 だが、以前のように、ただ不快なだけではないのも事実だった。

 ゴッズ・グラムのコメントを見ているときの、フィエルの心底楽しそうな横顔。

 そして、寄せられるコメントの中に、明らかな悪意が見当たらないこと。

 それが、俺のささくれだった心を、ほんの少しだけ和らげているのかもしれなかった。


 そんな感傷に浸る俺の思考を断ち切るように、部屋の空気がふわりと揺らめき、甘い香りと共に神聖な気が満ちた。

 光の粒子が渦を巻き、やがて一人の女神の姿を形作る。


「やっほー☆ ルカち!  調子どう? フィエルから報告は聞いてるよー。早速バズり散らかしてるみたいじゃん! さっすがアタシが見込んだだけあるね!」


 気の抜けた声で現れたのは、俺をこんな姿に変えた元凶、女神ユーティその人だった。

 神々しいまでの美貌とは裏腹に、その言動はどこまでも軽い。

 彼女もまた、片時も手放せないのか、スマホを片手に持っていた。


「ユーティ様! わざわざこのような辺境の宿屋までご足労いただき、恐縮です!」


 フィエルが慌てて深々と頭を下げる。

 対するユーティは「いいっていいって。ルカちゃんの頑張りを直接褒めてあげたくてさ」とひらひら手を振ると、俺の隣にごすんと腰を下ろした。


「それにしても、白銀のジークとやり合ったんだって? あの子、真面目すぎて融通効かないから、ルカちも大変だったでしょ。でも、おかげで最高のコンテンツになったけどね! アタシのリポストも効いたみたいで、インプレッションがヤバいのなんのって!」


「はあ……」


 いまいち会話についていけない俺に、ユーティは「ん?」と小首をかしげた。


「どしたの、ルカち。元気ないじゃん。もっと喜びなよ、せっかくバズったんだから! これでルカちはインフルエンサーとしての第一歩を踏み出したんだよ?」


「喜び方が分からないだけだ。それより、一つ聞きたいことがある」


「なになに? 何でも聞いて!」


 俺は意を決して、ずっと気になっていたことを口にした。


「俺がこんな所に送られた目的……『魔王』を討伐するため、だったはずだ。その魔王とやらは、どこにいるんだ? 何を企んでいる? 俺はいつまで、こんな茶番を続ければいい?」


 そう、俺がこの世界に転生させられたのは、世界を脅かす魔王を倒すため。

 それが、ユーティから与えられた使命のはずだった。


 しかし、蓋を開けてみれば、悪趣味なドレスを着せられたり、動画を撮影されたり、動画をアップロードにされたりと、やっていることは、SNSのインフルエンサーか、あるいはフィエルの言うアイドル。

 これでは話が違う。


 俺の真剣な問いに、しかしユーティはきょとんとした顔を見せた。


「魔王? あー……うん、いるよ? いるいる」


「なら、なぜ俺に具体的な指示をよこさない。居場所が分からないのか?」


「んー、わかるよ? わかるけどぉ……」


 ユーティは急に面倒くさそうな顔になり、手元の端末をいじり始めた。


「それよりさー、ちょっとこれ見てよ、ルカち。最近、アタシの投稿、荒れててマジ萎えるんだけど」


 そう言ってユーティが見せてきた画面には、先日フィエルが投稿した動画を、ユーティ自身がリポストした投稿が表示されていた。

 そして、その下にはおびただしい数のリプライがぶら下がっている。

 しかし、その内容は、俺に向けられた賞賛のコメントとは明らかに毛色が違っていた。


『どうせヤラセだろ。こんな都合よく美少女戦士が見つかるわけない』

『出たよ承認欲求女神。信者の持ち上げ方がキモい』

『この女、また新しいオモチャを見つけたのか。前の英雄はどうした? ポイ捨て?』

『そもそも神がSNSで信者集めとか、品性がなさすぎる』

『#ユーティはオワコン』


 画面を埋め尽くす、棘のある言葉の数々。

 それは、俺が元いた世界で「アンチコメント」や「クソリプ」と呼ばれていたものと酷似していた。


 これほどの悪意を一度に浴びせられれば、たとえ神であろうと精神に異常をきたすのではないか。

 俺は思わず眉をひそめた。


「これは……」


「ひどくない? アタシ、ただウチのルカちが可愛いって紹介してるだけなのにさー。まあ、いつものことなんだけど」


 ユーティは心底うんざりした、という顔でため息をつく。

 だが、その表情に深い傷心の色は見えない。

 まるで、うるさい羽虫を追い払うかのような、そんな軽薄さだけが漂っていた。


「信者獲得のために、俺を利用していると思われてるのか」


「そゆこと。まあ、実際その通りなんだけど、それをわざわざ言われんのがムカつくじゃん? でね、こういう粘着質なクソリプ送ってくるやつらの大元が、一人いるわけよ」


「大元?」


 その時、ユーティの端末が『ピロン♪』と軽い通知音を立てた。

 彼女はちらりと画面に目を落とすと、さらに顔をしかめる。


「うわ、最悪。見てよルカち。魔王からのDMきちゃ~! マジうざいんだけど!」


 ユーティはそう吐き捨てると、ダイレクトメッセージの画面を俺に見せてきた。

 送り主のアカウント名は――「魔王」。

 アイコンは漆黒のドクロマークだ。


『女神ユーティ。また新たな人形遊びか。貴様の虚飾に満ちた神格が、いつまで持つか見ものだな。真実の光が、いずれ貴様のメッキを剥がすだろう』


 芝居がかった、実に中二病的な文章だった。

 だが、その文面から滲み出る粘着質な悪意は本物だ。


 俺は、頭の中でバラバラだったピースがはまっていくのを感じた。

 粘着質なアンチコメント。

 そして、「魔王」と名乗るアカウントからのダイレクトメッセージ。


「……おい、ユーティ」


 俺は女神を呼び捨てにしていた。

 敬意など、もはや一片も残っていなかった。


「まさかとは思うが……お前が言っていた『魔王』ってのは……」


 俺の詰問に、ユーティは「あ、バレた?」とでも言うように、ぺろりと舌を出した。

 その悪びれない態度が、俺の中の何かを決定的に決壊させた。


「そ! そのまさかだよん。アタシが言ってた『魔王』って、ゴッズ・グラム上でアタシにずーっと粘着してる、この最悪のアンチアカウントの主のこと!」


「………………………………は?」


 一瞬、思考が停止した。

 魔王。世界を混沌に陥れる、絶対的な悪の象徴。

 俺がこの世界に送り込まれた目的。


 その正体が。


「……SNSの、荒らしか?」


 俺の口から、か細い声が漏れた。


「そそ! 荒らしとか、アンチとか、ストーカーとか、まあそんな感じのやつ! 超キモいし、マジでしつこいの! アタシが新しい投稿するたびに、複垢(複数のアカウント)使って光の速さでクソリプ飛ばしてくんの。信者になりすまして変な噂流したり、アタシの過去の英雄のこと蒸し返して『あいつはユーティに捨てられた』とかデマ拡散したり。おかげでアタシの神としての評価、下がりまくり。フォロワーは伸び悩むし、信仰ポイントも頭打ち。マジで営業妨害なのよねー」


 ユーティはスマホ片手に、まるで厄介な迷惑客について愚痴る店員のような口ぶりでまくし立てる。


「だから……俺を呼んだのか? こんな、たかがSNSの荒らしを始末させるために?」


「たかが、じゃないよ! ルカち、わかってないなあ」


 ユーティは人差し指を立てて、俺に言い聞かせるように続けた。


「神の力は信仰……すなわち『人気』で決まるの。ゴッズ・グラムでのフォロワー数、投稿への『いいね』の数、信者からの投げ銭。そういうのが、全部アタシたちの力になるわけ。

 つまり、ゴッズ・グラム上でアタシの評価を意図的に下げて、人気を奪おうとするこの『魔王』は、アタシの神としての権能そのものを脅かす、正真正銘の『敵』なのよ!」


「……」


「黙らせようと、アカウントを何回か凍結(BAN)させたんだけど、あいつ、すぐ新しいアカウント作って復活してくるの。まるでゾンビ。もうね、イタチごっこに疲れちゃった。だから思ったわけ。だったら、物理で消せばいいじゃんって」


 物理で、消す。

 その言葉の持つ意味を、元暗殺者の俺が理解できないはずがなかった。


「……正気か、お前は」


「正気だよ? あ! でも、消すって言っても、命まで取るわけじゃないの。ただ今後二度とクソリプ飛ばせないようにお仕置きして、謝罪させたいだけなのよ。アタシの目的は、アタシを誹謗中傷して、神としてのブランドイメージを毀損する『アンチ』を、物理的に黙らせること。ただそれだけよっ!☆」


 ユーティはにっこりと、天使のような、いや、悪魔のような笑みを浮かべた。


「じゃあ、なぜ俺だったんだ。なぜ、わざわざ別の世界から、元暗殺者の俺を……女の姿に変えてまで……」


「それはもちろん、ルカちが『映える』人材だからよ!」


 ユーティは得意満面に胸を張った。


「ただアンチを処理するだけじゃ、面白くないでしょ? どうせなら、その過程も全部コンテンツにして、アタシの人気回復の起爆剤にしなきゃ。だから、戦闘スキルが高くて、見栄えも良くて、ちょっと影のあるミステリアスな人材が必要だったの。元暗殺者で、悲劇的な過去を持ってそうなルカちは、まさに完璧な素材だったってわけ! ちょっとした手違いで女の子になっちゃったけど、結果的に大正解! 今や君は、世界が注目する聖女ルカ様なんだから!」


 つまり、こういうことか。


 俺の転生も、女の身体も、脱げないドレスも、全てはこの女神の私利私欲……人気回復とアンチへの報復という、あまりにも下らない目的のための『演出』だったのだ。


 俺に与えられた役割は、女神の炎上マーケティングの主役兼、迷惑なネットユーザーを社会的にではなく、物理的に抹殺――黙らせるための、都合のいいヒットマン……


「は……」


 乾いた笑いが漏れた。


「ははは……ははははははは!」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに、腹を抱えて笑ってしまった。

 涙が出てくる。

 俺の人生は、一体何なんだ。


 闇の世界で人を殺し続け、ようやく死んだと思ったら、今度は女神の玩具にされて、ネットの荒らしを消すための刺客に仕立て上げられる?


 こんな滑稽な話があるか。


「ど、どうしたのルカち、急に笑い出して……ついにバズの快感に目覚めた?」


 キョトンとするユーティと、オロオロするフィエル。


「やめだ」


 俺は笑うのをやめ、目の前の女神――ユーティを見据えた。


「ユーティ、お前の性格の悪さは良く分かった。お前は肩書だけは女神だし、根は良い奴だと勝手に思い込んでた俺が、馬鹿だったんだ。魔王を倒し、世界に平和をもたらすのがお前の目的だと、勝手に思い込んでたんだ」


「ルカ、それは……」


 言いかけるフィエルの声を、ユーティが遮る。


「なによそれ! ルカちにアタシの何が分かるってのよ!」


「性根の腐った女神だってことが分かれば十分だろ」


「キィィィィ! ムカつくわぁ! ルカちなんて豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえば良いんだわ!」


「殺したいなら殺せよ。女神なんだ。それくらい簡単だろ」


「うるさい! 死んじゃえ! ルカちの馬鹿!」


 捨て台詞を残し、女神ユーティの姿が光に包まれる。


「逃げるのか」


「うっさい! バーカ、バーカ、ちょっと愚痴を聞いて欲しかっただけなのに、なんなのよもう! ルカちの所になんてもう来てあげないからねっ!」


 その姿が光の中へと消える間際、ユーティ―の目から何かが零れた気がして、俺は思わず二度見した。


 だが、再び見た時にはすでにその姿はなく、それが涙だったのか、それとも光の粒子と見間違えたのか、はっきりとは分からなかった。

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