☆公式デビュー☆
数日後、俺たちの滞在する宿に、王家の紋章が入った一通の書状が届けられた。
フィエルが言うには、ゴッズ・グラムでのバズがアストリア王国の為政者たちの耳にも届き、「ゴブリンの群れを単身で殲滅した、女神の使徒たる銀髪の聖女」として、王城への出頭命令が下されたのだという。
「ついに公式デビューですね! さあルカ、とびっきりの一張羅に着替えて……」
「女神の使徒ってなんだよ! 設定盛りすぎだろ! そもそもこのドレス脱げねえよ!」
「今、この世界の人々へゴッズ・グラムの普及が進んでいます。つまり! ルカ、あなたは女神ユーティ様の使徒としてこの世界に名を売らなければならないのです!」
「なんでだよ! 話が1ミリも理解出来ないんだが」
「全ては女神ユーティ様の信仰のため。まずはゴッズ・グラムを人々へ普及させます。その上でユーティ―様の使徒たるルカがバズれば、自ずとこの世界の人間のユーティ様への信仰も高まると言うものです!」
「そんなことに俺を利用するな」
「おやおや、ルカはバズりたくないのですか?」
「興味ないって言ってるだろ」
「またまたぁ」
フィエルとそんなことを言いあいながら、俺は重い足取りで壮麗な王城へと向かった。
通された謁見の間には、豪奢な玉座に座る国王と、その脇に控える宰相らしき老人、そして数人の騎士たちがいた。
彼らの視線が、一斉に俺に突き刺さる。
それは、好奇、期待、そして――侮蔑。
特に強い侮蔑の視線を放っていたのは、騎士たちの中央に立つ一人の女性だった。
磨き上げられた白銀の鎧に身を包み、腰には長剣を携えている。
「白銀のジーク。今、ゴッズ・グラム上で人気絶頂の騎士団長です。そのフォロワー数、なんと10万人超え! 彼女とお近づきになれれば一気に名を売れるかもしれません!」
フィエルがこっそりと耳打ちして来る。
「向こうはお近づきになる気はさらさら無さそうだが」
ジークは変わらず、険しい表情で俺を見て……いや、睨んでいた。
国王による形式的な謁見が終わると、ジークが静かに一歩前に出た。
「陛下。この者が本当に『女神の使徒』たる力を持つのか、私自身の目で見定める許可をいただきたく存じます」
その声は、見た目通りの低く、よく通る声だった。
有無を言わせぬ響きに、国王は静かに頷く。
「女神の使徒殿、この申し出、受けてくださるかな」
品定めするような国王の目つきに、居心地の悪さを感じる。
周囲が上品な装いで着飾る中、俺だけが大胆に太ももを露出させ、フリフリのドレスを着ているのが、場違いな気がしてならなかった。
「具体的にどうしたいんだ」
俺は感情を押し殺し、淡々と言う。
すると、ジークが横から口を挟んだ。
「これから私と手合わせして、貴様の実力を測らせてもらう」
――場所は城の練兵場に移された。
俺とジークは、大勢の騎士たちが見守る中、向かい合って立つ。
ジークは木剣を、俺は丸腰だ。
「貴様の力を見せてみろ。あのゴブリン共を一瞬で屠ったという、その力を」
「女をいたぶる趣味はないんだが」
「これは……面白い。王国最強と謳われるこの私に勝つ気で居るのか」
ジークの唇の端が、わずかに吊り上がった。それは、獣が獲物を見つけたかのような、獰猛な笑みだった。
「小娘、貴様、名は」
「ルカだ」
「ルカ。その力、本物か試させてもらう!」
ジークの気配が変わる。
木剣の構えが、先ほどまでとは比べ物にならない殺気を帯びた。
一瞬の静寂の後、二つの影が激突した。
剣戟の音が、練兵場に響き渡る。
俺はジークの放つ横なぎを紙一重で躱す。
返す一撃を着衣神装のリボンが防ぐ。
その隙に間合いに入り……
と、ここで俺は、練兵場へ移動する最中の、フィエルとの会話を思い出した。
「ルカ、出来うる限り戦いを長引かせたうえで、引き分けてください」
「……は?」
「聖女ルカは民衆に愛されるべき存在です。しかし、王国最強の騎士をたやすく打ち負かすほどの力は、敬愛ではなく畏怖の対象となり、かえって脅威と見なされてしまうのです」
「待て、なんで俺が王国最強の騎士に勝てる前提で話を進めてる?」
「ルカは女神の使徒なのですよ? 女神ユーティ様より賜りし着衣神装に身を包むルカが、ただの人間に負けるはずないじゃないですか」
ジークと剣……いや、拳を合わせてみるまで、半信半疑でその言葉を聞いていた俺だったが。
……遅い。
いや、俺の動きが速すぎるのか?
生前の俺に比べて、確かにこの身体は身軽だ。
だが、その分筋力も落ちているはずだ。
なのに、この速さはなんだ。
自分の一挙手一投足が、自分のイメージする速度を軽々と越えてくる。
これが、着衣神装の力か……?
ジークの振るう剣が止まって見える。
紙一重で躱して、彼女の首元にそっと手刀を振るう。
彼女はかろうじてそれを躱す。
今度は少しだけ速度を上げての突き技。
そうやって彼女の限界を見極める。
その後は彼女の剣技を避けることに終始した。
俺が扱うのは一撃必殺の暗殺術。
万が一、彼女が受け損なったら、痛いじゃ済まないだろうから。
いつまでそんなことを続けていただろう。
やがて荘厳な声が響いた。
「そこまで!」
俺とジークの間に割って入るように、宰相が杖を突き立てた。
国王が玉座から立ち上がり、静かに命じる。
「勝負は預ける。両者、剣を収めよ」
俺とジークは視線を交わしたまま、ゆっくりと距離を取る。
ジークは木剣を収めると、俺に向かって静かに告げた。
「……どうやらお飾りの人形ではなかったようだな」
その声には、もはや侮蔑の色はなかった。
遠巻きに見ていたフィエルが、ぱたぱたと飛んでくる。
「すごい! すごいじゃないですかルカ! あの騎士団長と互角なんて! さすが私の見込んだ聖女です!」
「わざとらしい称賛だな」
「そんなルカにご褒美です。これを見てください」
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☆☆☆本日のルカ様☆☆☆
デビュー戦(?)の相手がいきなり騎士団長とかバランス調整どうなってんの!?
なのに余裕で引き分けるウチの推し。ポテンシャルが天元突破してるんだがwww
#ウチの最推し#デビュー戦がラスボス戦
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「だからSNSには興味ないって……」
「違います。その下です。何か文字が浮かんでいませんか?」
金貨5枚、銀貨235枚、銅貨3240枚……。
「なんだこれ」
「ルカを応援したい有志からの投げ銭です。つまり……ルカのお小遣いです」
「って言われても、どれくらいの価値なのかさっぱり分からないんだが」
「一週間は豪遊できます! ちなみに私にお金の管理を任せてもらえれば、一ヶ月は持たせて見せますよ」
「日本円だと三十万くらいか?」
「いいえ、百万くらいでしょう」
「……お前が倹約できる子なのかと一瞬でも期待した俺が馬鹿だった」
「何を言うんですか。それくらい必要経費でしょう! かび臭いベッドで目覚める聖女なんて嫌でしょう? 私もかび臭いベッドで寝泊まりしたくありませんし!」
正しく天使のような笑顔でこちらを見るフィエル。
フィエルの手の平の上で踊らされているようで気に食わないが、その指先がスマホを叩くたびに生活費が振り込まれるのも事実……
「あ! そうだルカ、そろそろ女の子特有の日が来るんじゃありませんか? まだ分からないこともたくさんあるでしょう」
「うるさい。余計な気を回すな」
「その日がいつ来ても大丈夫なように、一緒の部屋で寝泊まりしましょう! 安心してください。私が手取り足取り教えてあげますから」
「だから――!」
こうして、俺の尊厳を大いに破壊することになるその日までの間、俺はフィエルからセクシュアルハラスメント、略してセクハラを受け続ける羽目になった。




