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立場逆転!?

「さあ、ルカ! 観念してください! これはプロデューサー命令です!」


 フィエルがスマホを構えたまま、じりじりと距離を詰めてくる。


 その瞳は、もはや「バズ」への執着というより、何としてもクロエを見返してやりたいという個人的な執念に燃えているようだった。


「断る。朝からクリームまみれの顔を全世界に晒す趣味はない」


「大丈夫です! 加工アプリでキラキラに盛りますから! タイトルは『朝の甘々なひととき♡クリームキス待ち聖女様』に変更です!」


「タイトルが地獄すぎるだろ!」


 俺が仰け反って距離を取ろうとした、その時だった。


「あらあら、朝から随分と賑やかですわね」


 鈴を転がすような涼やかな声と共に、部屋のドアが開く。

 現れたのは、完璧なカーテシーで優雅に一礼するクロエだった。手には追加の紅茶ポットが載った銀の盆を持っている。


「クロエさん……」


 フィエルの動きがピタリと止まる。

 振り返ったその表情は、「邪魔者が来た」と言わんばかりのものだった。


「何の御用ですか? 今、私はルカと重要な『公式』活動の打ち合わせ中なのですが」


 「公式」という単語に、これ見よがしにアクセントを置くフィエル。

 対するクロエは、表情一つ崩さずに微笑んだまま、部屋の中へと足を踏み入れた。


「まぁ、それは結構なことですわ。ですが、ルカ様の喉が渇いていらっしゃるのではないかと案じまして。それに……」


 クロエは俺の隣に並び立つと、まるで誇示するかのように、俺の肩についた埃を払う仕草を見せた。


「昨夜の疲れが残っていらっしゃるかもしれませんでしょう? あんなに遅くまで、わたくしにお付き合いいただいたのですから」


「ッ……!?」


 フィエルのこめかみに青筋が浮かぶ。

 バチバチという幻聴が聞こえてきそうなほど、二人の視線が空中で激突し、火花を散らした。


「ルカは私の担当ですよ!? 勝手にデートに連れまわさないでください!」


「担当? ふふ、契約書でもあるのでしょうか? ルカ様は誰のものでもありませんわ。……強いて言うなら、このラピス・セレスティアの最重要顧客《VIP》ですけれど」


「ぐぬぬ……! 言わせておけば! 私とルカの絆は、書類や肩書きなんかよりもっと深いところで繋がっているんです! ねえ、ルカ!?」


「おい、俺を巻き込むな」


 傍観を決め込む俺に争いの火花が飛び散った、その瞬間。


「はいはーい、喧嘩しない喧嘩しなーい☆ フィエル、せっかくの可愛い顔が台無しよー?」


 場にそぐわない、間延びした軽い声が天から降ってきた。


「えっ」


 フィエルとクロエが同時に声を上げ、天井のシャンデリアを見上げる。

 光の粒子が集束し、シャンデリアの煌めきを背に一人の少女が姿を現す。

 透き通るような金髪に、神威を纏った、この世界の管理者にして全ての元凶。

 女神ユーティだ。


「ユ、ユーティ様っ!?」


 フィエルの態度が一変した。

 先ほどまでのトゲトゲした態度はどこへやら、弾かれたように直立不動の姿勢を取ると、その場に膝をついて頭を下げる。


「こ、これは……なんという……」


 クロエが目を見開き、呆然と見上げる。


「ほ……本物の、女神様でしょうか……?」


「んー? そだよー☆ 初めましてかな、クロエちゃん。いつもルカちの動画で見てるよー☆」


 ユーティはふわりと空中で一回転すると、重力を無視した動きで俺たちのテーブルの端に腰掛けた。


 ……黙っていれば正真正銘、女神といって差し支えないんだがな。


 俺は立ちあがってユーティの降臨を出迎えるべきかと、しばし迷う。

 だがアイドルのようにポップなデザインの服と、相変わらずの軽薄な笑みに、つい立ち上がる気力を削がれる。


「ちょーっと様子見に来てみれば、なーに揉めてんのよ。フィエルもさぁ、もっと余裕持ちなよ余裕。余裕のない女はモテないわよ?」


「も、申し訳ありません! お見苦しいところをお見せして……!」


 フィエルが顔を真っ赤にして縮こまる。

 その態度から力関係が透けて見えるようだった。


「それで、ユーティ。急に現れてどうしたんだ。また何か厄介ごとか?」


 俺が尋ねると、ユーティは「んーん」と人差し指を振った。


「逆逆。厄介ごとが片付いたから報告に来たの。ほら、例の『魔王』のアカウント」


「ああ……あのゾンビみたいに湧いてくる奴か」


「そ。また新しいのが湧いてたんだけどね、アタシが直々に神権発動して凍結《BAN》させといたから!」


「やけに静かだと思ったらお前の仕業か。流石だな」


「当ったり前じゃん! アタシはこの世界の管理者よ? ルカちが魔族を退治してくれたおかげでしばらくは新しいのが湧いてくることもなさそうだし。ルカちはホントいい仕事してくれたわ!」


 ユーティは上機嫌に足をぶらつかせている。


 どうやら、魔族ヴァフラムの言っていた新たな『魔王』とやらは、アカウント凍結による強制退場という、なんともあっけない幕切れを迎えていたらしい。


「素晴らしいですユーティ様! さすがは全知全能の女神様です!」


 フィエルがキラキラした目で称賛を送る。

 だが、ユーティはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、その顔を覗き込んだ。


「んふふ。でさー、フィエル。平和になったのはいいんだけど……」


「は、はい! 何でしょうか!」


「アンタさぁ、最近『報告』が、ちょっと偏ってない?」


「へ……? と、言いますと……?」


 フィエルがキョトンとする。

 ユーティは自分のスマホを取り出し、画面をフィエルに見せつけた。


「ほらこれ。毎晩送ってくる『業務日報』。最初の頃は『本日の布教活動』とか真面目だったのにさー。最近のやつ見てよ」


 ユーティが読み上げ始める。


「『今日のルカも最高に尊かったです。寝顔が天使でした』『ルカの手料理が食べたいです。なんとかなりませんか』『ルカが寝ぼけてほっぺたにチューしてきたんです。ぴゃー可愛い!』……って、これただのノロケ日記じゃん!」


「ぴゃあああああああ!?」


 フィエルが悲鳴を上げて飛び退いた。

 顔があっという間に沸騰し、耳まで真っ赤に染まっていく。


「よ、よよ、読んでいらっしゃったのですか!? あれはあくまで、ルカの状態を詳細に報告するための……!」


「良いじゃん。そういうフィエルの素直なとこ、好きよ☆ 普段、動画の外ではフィエルとルカちがどんなことしてるのか、興味あるわ。ちょっとで良いから見せなさいよ」


「お戯れはやめてくださいユーティ様! 威厳が! 私のプロデューサーとしての威厳がぁっ!」


「威厳? そんなのとっくにないでしょー?」


 ユーティは意地悪くニヤニヤしながら、フィエルの背中をツンツンとつつく。


「ほらほら、早くぅ。いつもみたいに『ルカぁ〜』って甘えてみなよ。アタシが見ててあげるからさ☆」


「そ、そんなことできません! 公衆の面前ですよ!?」


「えー、やらないと……今までの日報、全部ゴッズ・グラムで全世界に公開しちゃおっかなー?」


「そ、それだけはあああああッ!!」


 フィエルが絶叫し、その場に崩れ落ちる。

 世界の終わりのような絶望的な表情だ。


 ……容赦ないな、この女神。


「さぁ、どうするのフィエル? カウントダウン始めちゃうよ? 3、2……」


「わ、分かりました! やります! やればいいんでしょう!?」


 フィエルは半泣きになりながら立ち上がると、おずおずと俺の方へ向き直った。

 その顔は熟れたトマトのように真っ赤で、瞳は潤んで揺れている。


「……ルカ」


 蚊の鳴くような声。

 フィエルはもじもじと指先を合わせながら、上目遣いで俺を見上げてくる。


「その……いつも、迷惑ばかりかけて、ごめんなさい……」


「ああ、いや、別に構わないが……」

 目が合うと、つられて俺まで顔が熱くなる。


「でも……ルカがいないと、私、ダメなんです……」


 一歩、距離を詰めてくる。

 普段の強引なプロデューサーの姿とは全く違う、弱々しい姿。


「だから……えっと……」


 フィエルは意を決したように目を閉じると、俺のドレスの袖をちょこんと掴み、そのままコテンと俺の肩に額を押し付けてきた。


「……充電、させてください」


 その瞬間、ボッと音がしそうなほどフィエルの顔がさらに赤くなるのが分かった。

 震える体温が伝わってくる。

 俺の肩の下にフィエルの顔がすっぽりと収まる。


「ひゅーひゅー! 熱いねぇ! 『充電』だってさ! 聞いた今の!?」


 ひゅーひゅーはとっくの昔に死語だぞ、と内心、ユーティにツッコミを入れる。


 そんなツッコミを入れられていることを知ってか知らずか、ユーティは手を叩いて爆笑し、スマホでバシャバシャと写真を撮りまくる。


 そのシャッター音を聞くたびに、フィエルの肩がビクッと跳ねた。


「…………っ!!」


 一方、クロエはその光景を両手で顔を覆いながら見ていた。

「見ているこっちが恥ずかしいですわ」


 指の隙間から、困惑と羞恥の入り混じった視線が覗いていた。


 だが、次の瞬間。

 その瞳が、はっと見開かれる。

 クロエの中で、何かのスイッチが入ったようだった。


 クロエの手が、顔から離れる。

 テーブルの上に置かれていたスマホをサッと手に取る。


「ああっ!? クロエさん、何を!?」


 フィエルが気づいた時には、もう遅い。


 クロエは手慣れた動作でアプリを起動し、スマホのレンズをフィエルに向けた。


「この様子を配信しなくてどうするんです!」


「おいやめろ」

「やめてください!」


 俺とフィエルの叫び声が、綺麗に重なった。


「あら、いいじゃない! それ採用☆ ほらフィエル、こっち向いてチーズ! ルカちもほら、ぼーっとしてないでフィエルの肩を抱いて!」


 しかし、面白がったユーティの言葉が決め手となり、クロエの指が無慈悲に録画開始ボタンへと伸びる。


「あああああ! 私の威厳がああああ!」


「……そもそもフィエルに威厳なんてない。諦めろ」


 俺は早々に諦めてフィエルを抱き寄せた。

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