その後……
翌日、丁度俺が朝食として出されたパンにクリームを塗りたくっていた時のこと。
「昨夜はお楽しみでしたね」
対面に座るフィエルは何故かむくれている。
温度のない声で、じとーっとした目をずっとこちらに向けている。
「なんだ。俺の顔に何かついてるか」
触らぬ神に祟りなし。
機嫌の悪そうな時にわざわざ首を突っ込まないのが俺の流儀だが、こうも見られていては言葉をかけざるを得ない。
「昨夜はお楽しみでしたね」
尚も同じ言葉を発するフィエル。
ツンと顔をそむけ、何なら「ツーン」と口にしている。
「なんだ、何を怒っている」
「クロエさんとのデートの事ですよ!」
俺は昨日のことを思い返す。
確かあの後は、クロエと共に豪華なディナーを食べ、それから記念撮影と称して街の各地でツーショット写真を撮り、それから……
――宿への帰り道。
「夜道は危ないですから」
などとのたまうクロエに、宿に到着するまでずっと腕を組まれていたのだった。
そりゃもちろん、悪い気はしない。
女と腕を組んで街を歩くのを嫌がる男などいない。
……今の俺を男と称して良いものかは、分からないが。
途中、レンガ造りの綺麗な橋を通った。
水の流れる音を聞きながら、月の光を背にして、二人でポーズを取った。
再び歩く。景色が変わるたびに、ポーズを取る。
やがて宿の前にまでたどり着く。
別れ際、彼女は俺の耳元で、甘く囁く。スマホの画面を大切そうに両手で抱えながら。
「今日のルカ様は、誰が何と言おうとわたくしのものですわ」
――思い出した。
確かに、あれはまさにデートだ。
だがデートとはいえ、クロエの言葉を借りればシークレット・デート。
……まさか、フィエルはどこかから見ていたのか。
「思い出したようですね」
顔を上げると、フィエルがスマホの画面を突きつけてきていた。
そこには、昨夜の俺とクロエのツーショット写真がデカデカと表示されていた。
夜景をバックに、腕を組んで歩く俺たちの姿。
そして、挑発的な文字と共に投稿された、クロエのアカウントによるポスト。
更には……
「見てください、このハッシュタグ! 『#ルカ様と秘密のデート』『#公式カプは私』『#天使には負けません』……これ、完全に私への宣戦布告ですよね!?」
フィエルがバンバンとテーブルを叩く。
「大体、プロデューサーである私を差し置いて『独占』だなんて、抜け駆けが過ぎます! ルカはみんなのアイドルなんですよ!? 特定の個人とイチャイチャして、ガチ恋勢がアンチ化したらどう責任取るんですか! 炎上しますよ! 主に私の心が!」
「お前の心が炎上してどうする。それに見た目は女同士なんだ。ガチ恋勢も、てぇてぇだとか言って許してくれるさ」
「甘いです! ルカの考えは、そのパンに塗ったクリームより甘々です!」
フィエルは食い気味に反論してくる。
「確かに『尊い』は正義です。百合は世界を救います。ですが、それとこれとは話が別です! このハッシュタグの悪意が伝わりませんか!?」
彼女は再びスマホの画面を突きつけ、ブンブンと振ってみせる。
「『#天使には負けません』……これは明らかに私個人への挑発! 『#公式カプは私』……これはプロデューサーとしての私の地位を揺るがすクーデターです! もしこれを許して、ルカの正妻……じゃなかった、パートナー枠がスポンサーに乗っ取られたらどうするんですか!」
「お前、今どさくさに紛れて正妻とか言わなかったか」
「言ってません! とにかく! 昨日のような単独行動は今後一切禁止です。これからはトイレもお風呂も、この私が同行して厳重に管理させていただきますからね!」
「それは断固拒否する。俺にも人権というものがある」
「問答無用です! さあ、口の周りのクリームを拭いてください。今すぐ『公式』の格の違いを見せつけるための、朝のラブラブツーショットを撮りますよ! タイトルは『寝起きドッキリ☆ルカ様の無防備な朝』で決まりです!」
俺はクリームたっぷりのパンを口に押し込みながら、朝から騒がしいこの日常に、小さく溜息をついた。




