☆シークレット・デート☆
謁見という名の行列も残りわずか数名。
だが、その最後尾に、ひときわ目を引く奇妙な姿があった。
煌びやかなドレスやタキシードに身を包んだ資産家たちの中で、その人物だけが明らかに浮いている。
薄紅色のローブを纏い、フードを目深にかぶったその姿は、まるで路地裏の怪しげな占星術師だ。
今にも懐から水晶玉を取り出しそうな、神秘的というよりは胡散臭い出で立ち。
周囲の資産家たちも、その異質な存在に気づいてはいるものの、関わり合いになりたくないのか、遠巻きにひそひそと囁き合っている。
やがて、その「占星術師」の順番が回ってくる。
「……初めまして。随分と個性的な格好だな」
俺が警戒しつつ声をかけると、フードの奥から聞き覚えのある、含み笑いが漏れた。
「ふふふ……ルカ。先ほど落札された『聖なる壁』……いえ、聖遺物がその後どうなるのか、興味はありませんか?」
その声、その芝居がかった口調。
俺の脳裏に、ある天使の顔が浮かぶ。
「お前……まさか」
俺が言いかけると同時に、「占星術師」はバッとフードを取り払った。
現れたのは、美しいブロンドのショートヘアと、翡翠色の瞳。
自称プロデューサー天使、フィエルだった。
「そのまさかです! と言うことで! ただいまより、『【密着】オークションで落札された聖遺物の行方を追ってみた!』企画を始めます!」
フィエルが高らかに宣言すると、会場がどよめきに包まれる。
俺の隣で、優雅な微笑みを浮かべていたクロエが眉をピクりと動かす。
「……フィエル様?」
クロエの声は鈴を転がすように美しいが、その温度は絶対零度だった。
「本日、ルカ様はわたくしの『独占』のはずですわ。ファンクラブ会員限定のイベントに、部外者の立ち入りはご遠慮願っておりますの」
にっこりと、しかし目は笑わずに告げるクロエ。
だが、フィエルも負けてはいなかった。
「部外者とは心外ですね! そもそも、ルカをこんな場に連れ出すなんて聞いてませんよ!」
絶対零度の視線に物怖じした様子もなく、つかつかとクロエに詰め寄る。
「大体、ルカの顔を売るならどうしてプロデューサーの私を通さないのですか! 独占と言っても最低限のマナーは守っていただかないと困ります! 私にはルカを守る義務があるんです!」
「あら、スポンサーであるわたくしが、出資者の皆様にルカ様をご紹介して何が悪いのです? これは今後の活動資金を集めるための、高尚なビジネスですわ」
「勝手に話を進められては困ります! ビジネスだろうとなんだろうと、カメラの回っていないところでルカを安売りするのはプロデューサーとして看過できません!」
火花を散らす二人。
サロンの空気は、熱狂から一転してピリついたものに変わる。
資産家たちは、この少女たちの突然の修羅場に、呆気にとられていた。
――しばらく睨み合っていた二人だが、先に折れたのはクロエの方だった。
彼女はふぅ、と小さく溜息をつくと、扇子を開いて口元を隠す。
「……仕方がありませんわね。これ以上騒ぎ立てては、ルカ様の品位に関わりますので、ファンサービスはここまでにいたしますわ。ただし……」
ローブの中からすかさずスマホを取り出そうとするフィエルをひと睨み。
「会場内の撮影はご遠慮願います。ここには政財界の大物もいらっしゃってますので、万が一動画など撮影されては大問題となりますので」
その言葉に含まれた重みを察したのか、フィエルはびくりと肩を震わせた。
さしものフィエルも、こういった大人の事情には弱いらしい。
「も、もちろん、そんなことは分かってましたとも! 偶然にもゴッズ・グラムの通知が届いたので確認しようとしただけですから! あぁプロデューサーは忙しいですね!」
フィエルはわざとらしい声を上げながら、いそいそとスマホをローブの懐にしまった。
とりあえず、その場の暴走は食い止められたらしい。
――その後、騒ぎもなんとか落ち着き、残りの謁見もつつがなく終了した。
最後の客を見送ると、俺はどっと押し寄せる疲労感にその場へ座り込みそうになった。
「ルカ様、こちらへ」
クロエが優雅に手招きする。
促されるままに通されたのは、サロンの奥にある静かな控室だった。
そこには、先ほどオークションで競り落とされたばかりの「瓦礫」が置かれていた。
ただし、俺の部屋に転がっていた時とは、まるで扱いが違っていた。
ガラス張りのショーケースの中にはシルクのような光沢を放つクッションが置かれ、その上に「瓦礫」が恭しく鎮座していた。
隣には、仰々しい筆跡で書かれた「本物を証明するメッセージ」が添えられ、ショーケースの下部には流麗な細工で「Lapis Celestia」の文字が刻まれていた。
ここまでくると、ただのゴミも立派な芸術品に見えてくるから不思議だ。
「……あの商人、こんなものを落札していったいどうするつもりなんだ」
俺は呆れ半分でショーケースを覗き込んだ。
どこからどう見てもただの石ころだ。これに多額を投じる神経が理解できない。
「あら、彼は商人ですのよ? どうにでもしますわ。これは世界に一つしかない『聖遺物』なのですから」
クロエは当然のことのように微笑む。
「一つ? 瓦礫なんて、あの部屋に行けばいくらでもあるだろうに」
「ええ、ですがわたくしども『ラピス・セレスティア』が本物と証明するのは、これ一つだけですので」
クロエは扇子の先で、ショーケースの隣の「本物を証明するメッセージ」を指し示す。
「彼が購入したのは『瓦礫』でも、『聖遺物』でもなく、『ルカ様のファンである証明』なのですから。これを所持することそのものに意味があるのですわ」
「難しくて良く分からない」
俺が眉をひそめると、クロエはクスクスと笑った。
「所持するだけで価値を生む、と思って頂ければ。……あまり綺麗な話ではございませんので、詳細は割愛いたしますわね」
要するに、聖女ルカの名前を使った錬金術というわけか。
クロエの商魂のたくましさには、元暗殺者の俺でさえ舌を巻く。
「さて……そろそろディナーには良い時間ですわね。またフィエル様が騒ぎ出す前に、こっそりと参りましょう」
いつもの少し冷たいイメージとは打って変わり、悪戯っぽい笑みを向けるクロエ。
唇の前に人差し指を立てる仕草に、思わずドキッとする。
「ご案内いたしますわ。さ、ルカ様、こちらへ……」
クロエに手を引かれ、裏口を出て路地裏へと足を踏み入れる。
建物から出た瞬間、肌を撫でる風が心地いい。
見上げれば、空は茜色と群青色が混じり合う、美しい夕暮れに染まっていた。
「ようやく一息つけるな」
ほっと、安堵の息を漏らすと、隣でクロエがこちらを見つめた。
「ええ。二人きりの『シークレット・デート』の始まりですわ」
「……デート?」
聞き捨てならない単語に眉をひそめると、クロエは楽しげに小首を傾げた。
「まだ今日という日は終わっておりませんわ……このまま、わたくしにお付き合いいただけますわよね、ルカ様?」
そう囁くと同時に、クロエが俺の腕に自身の腕を絡めてくる。
ぎゅっと押し付けられる、確かな熱と重み。
右腕に当たるその柔らかな感触に、元男である俺の意識はどうしても其処へと向いてしまう。
……意外と、あるな。
普段はゴシックロリータ特有の、何重にも重なったフリルやレースのせいで目立たないが、この密着度では誤魔化しようがない。
華奢に見えて、この少女は存外に女性らしい身体つきをしていた。
「どうされましたか、ルカ様。少し顔が赤いようですが」
至近距離から覗き込んでくる瞳に、俺は思わず動揺を見透かされそうになる。
「……いや、なんでもない。それよりもう少しだけ離れてくれないか」
俺が視線を逸らしながらそう告げると、クロエは離れるどころか、何故か更に身を寄せてきた。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、心臓が不覚にも跳ねる。
「嫌です。今日、ルカ様はわたくしの独占なのですから」
まるでそんな心を見透かしたかのように、クロエが目を細める。
「……そうだったな」
不思議なもので、先ほどまで感じていた疲労感は、気がつくとどこかへと消え去っていた。
俺はほんの少しだけ足取りを軽くしながら、クロエと共に大通りの人混みの中へと、紛れ込んだ。




