聖女の価値と壁の値段
ラピス・セレスティアの地下にひっそりと存在する特別サロン。
普段は国の要人クラスしか通されないらしいその場所に、今日は異様な熱気が渦巻いていた。
集まっているのは、煌びやかな衣装に身を包んだ男女。
その誰もが、一目で分かるほどの高級品を身につけている。
クロエによると、王都でも指折りの資産家、大商会の会頭、あるいは地方領主たちらしい。
「……なぁ、クロエ。これは何の集まりだ」
薄暗い部屋の中、俺は豪奢なふかふかの椅子に深々と座らされた。
隣に腰かけるクロエはいつものゴシックドレスではなく、ホテルの支配人としての威厳を感じさせるフォーマルな装いだ。
「ルカ様の『聖女活動』を支援したいという、篤志家の方々ですわ」
クロエが涼しい顔で答える。
「ルカ様が魔族葬り、ロイヤルスイートに大穴を空けた一件の後すぐに、わたくしの元には出資の申し出が殺到しましたの」
言葉尻に少しトゲがある気がした。
少し居心地が悪い気がして、俺はつい視線がさまよわせる。
「ルカ様、勘違いなさらないでくださいませ。わたくし、これっぽっちも怒っておりませんから。ほら、始まりますわよ、あちらをご覧になって」
クロエの指す先。
そこではクロエ同様、フォーマルな装いの女性が壇上で司会を務めていた。
司会の女性は、どうやらオークションを始めるようだ。
ガラガラガラ……と音を立てて、黒い布をかけられたワゴンが壇上へと運ばれる。
その中身が姿を現した瞬間、周囲の空気が一変した。
「こちらは昨日の『魔族襲撃事件』の際、ルカ様が滞在されていた部屋の壁の一部でございます」
司会役の女性が布を取り払うと、そこには何の変哲もない、瓦礫のような岩塊が鎮座していた。
だが、その岩の模様には見覚えがあった。
それはどうやら、先日俺がヴァフラムを蹴り飛ばした際に派手に壊れた壁の一部のようだった。
「聖女ルカ様が毎日寝起きし、その聖なる気を浴び続けた壁……。さらには、魔族を退けた際、ルカ様の『ヘブンズ・ヒール』の余波を受けた、聖なる力が宿る聖遺物でございます」
……ただの瓦礫だろ。何故それをオークションにかけようと思った?
つい心の中でツッコミを入れる。
だが、そんな俺の冷ややかなツッコミを他所に、会場からはどよめきが起こる。
「おお……なんと神々しい……!」
「あれが聖女様の部屋の壁……!」
壇上で司会の女性が値札を掲げると、どよめきは熱狂へと変わる。
「それでは、オークションを開始いたします。開始価格は金貨百枚から!」
「百五十!」
「二百!」
「三百枚だ!」
信じられない速度で値段が吊り上がっていく。
ただの石ころに、家が一軒買えるほどの値段がついていく光景は、狂気以外の何物でもなかった。
「……五百枚! 五百枚で落札です!」
木槌の音が響き渡り、恰幅の良い商人が勝ち誇ったように拳を突き上げる。
会場は拍手喝采に包まれた。
「……なぁ、クロエ」
俺はこめかみを指で押さえながら、恐る恐る隣に座るクロエに尋ねた。
「この世界には馬鹿しか居ないのか」
「馬鹿だなんて、とんでもありませんわ。非常に優れた慧眼をお持ちの方々です。彼らは『聖女ルカ・ファンクラブ』の上級会員ですのよ」
「ファンクラブ……?」
「わたくしが発足させましたの。本日は、会員様限定のシークレットイベントとして、『高額出資者にはルカ様への謁見権を与える』と告知していたのですわ」
謁見権。
その単語が出た瞬間、サロンに集まった資産家たちの視線が一斉に俺に突き刺さった。
まるで獲物を狙う猛獣のような、あるいは値踏みするかのような、強烈な眼差しだ。
「さあ、ルカ様。皆様がお待ちかねですわ」
オークションが終わり、クロエに促されるまま、俺は渋々壇上へと上がる。
スポットライトを浴びた瞬間、会場の空気が爆発する。
「おお、ルカ様……! 実物は画面越しに見るよりも遥かに美しい……!」
「是非とも我が商会の看板に!」
先ほど壁を落札した商人を筆頭に、煌びやかな装いの男女が列をなして壇上へと上がってくる。
「お初にお目にかかります、ルカ様。私は王都で宝石商を営んでおります、バルドと申します。以後、お見知りおきを……!」
「私は東部で織物問屋をしております……」
次々と繰り出される自己紹介と、恭しい挨拶。
俺は引きつりそうになる頬を必死に抑え、曖昧な笑みを浮かべて頷くことしかできなかった。
元暗殺者として裏社会の人間とは付き合いがあったが、こういう表社会の、それも金と熱意を持て余した連中の相手は専門外だ。
そんな俺の耳元で、クロエがひっそりと囁く。
「どうか顔と名前を憶えておかれますよう。皆、ルカ様に『認知』されたいのですわ。『自分の名前をルカ様の記憶の片隅に置いてほしい』……その一心で、会費を払ってくださるのですから」
認知。
その言葉の響きに、俺は背筋が寒くなるのを感じた。
クロエの言う「認知されたい」は、恐らくアイドルに対してファンが認知されたいのとは別種のもので、それはきっと推しではなく、聖女という肩書と人気に向けられたもので。
……気を抜くと勝手に、商会のイメージキャラクターにされかねないな。
無料より高いものはない。
ガキの頃、トーマスに言われた言葉が過ぎる。
修理費代わりにと、易々受け入れた一日独占権だったが、これは思ったよりも高くつくかもしれない。
目の前の行列を見て、俺は密かにため息をついた。




