ガチ魔族が凸ってきたので返り討ちにします3
前世の俺にとって、殺しは日常だった。
両親は知らない。物心ついた頃から、育ての親の言う通りに人を殺す技術を磨いた。
俺の育った家は教会で、育ての親は神父。
親のような情を持った人ではなかったけど、人を殺す技術に秀でた俺を可愛がってくれた。
神父に褒められるのが嬉しくて、人を殺すたびに褒めてくれて、幼い頃の俺にとってはそれだけで良かったのだ。
俺の本当の名は知らない。あるいは最初から無かったのかもしれない。
ただ、この時の俺を定義する言葉が二つだけあった。
トーマス・ニコル。
それが神父の名だ。
その苗字の「ニコル」と、神父が俺にくれた呼び名「奏多」。
幼い頃の俺は、その二つを繋ぎ合わせ、ニコル・奏多と名乗っていた。
だが、成長するにつれ、カタカナと漢字の混ざり合ったその名前が、どうにもちぐはぐに感じられて、表記をすべてカタカナに変えることにした。
ニコル・カナタ。
それが、俺が自分で選んだ、最初の自分らしさだった――。
――俺はヴァフラムの顔面を目がけ、もう何度目になるか分からない拳を叩きこむ。
「ガハッ……そんな、馬鹿な……魔族であるこの私が、たかが人間風情にここまで……」
ヴァフラムの顔が屈辱に歪む。
「ルカ! ゴッズ・グラムのタイムラインが凄いことになってます! 『聖女強すぎワロタ』『物理言語の前に魔族もひれ伏す』『魔族よりクロエさん怖え』とルカを応援するコメントで溢れています!」
「最後おかしなの混じってなかったか」
「確かに、私の実況に対する称賛がないのはおかしいですね〜!」
……違う、そこじゃない。
心の中でツッコミを入れつつ、目の前で息も絶え絶えに苦悶を浮かべるヴァフラムに目を向ける。
「本当に頑丈なやつだな。ターゲットをあまり苦しませるのは俺の流儀に反するんだが」
「ふん、確かに貴様は強い。だがそれだけだ。そんな攻撃いくら繰り返したところでこの私は倒せん」
強がってはいるが、どこか怯えた表情のヴァフラム。
その様子を見ながら、俺は初めて人を殺した時のことを、思い出していた。
――生まれて初めてのターゲットは、慈善事業家を装った典型的なクズだった。
表向きは孤児院の運営資金を集める聖人のような顔をしていたが、トーマスから見せられた資料には、吐き気を催すような所業の数々が記されていた。
人の善意を食い物にし、弱者を踏みつけにして肥え太る、ドロドロとした欲望の権化のような男。
当時の俺はまだ十歳。
その年齢を最大限に活かし、ターゲットに近づいた。
孤児院のすぐ近くの路地裏にうずくまり、汚れた服を着て震えるふりをする。
奴が通りかかった瞬間、俺は奴の袖を引いた。
「おじさん、お腹が空いたよ……助けて」と。
世間体を気にしてか、奴は下卑た笑みを隠して俺の頭を撫でようとした。
奴が油断して屈んだところを狙う。
懐に隠し持ったナイフを抜き、至近距離から突き立てる。
左胸、心臓のある位置だ。
肋骨の隙間を通し、胸板を貫通させる。
簡単な技術ではないが、暗殺術においては初歩だ。
奴が苦悶の声を上げて膝から崩れ落ちる。
だが、狙いが甘く僅かに心臓を逸れたようだ。
虫の息ほどの、微かな呼吸が聞こえる。
……いけない、このままでは必要以上に苦しませてしまう。
こんなクズでも人だ。
出来れば人が苦しむところは見たくなかった。
ターゲットと目が合う。
先ほどの温和な表情とは打って変わり、浮かぶのは驚愕……そして、怯え――。
――あの後は結局どうしたんだったか。
俺は地に伏すヴァフラムの姿を見下ろしながら、おぼろげな記憶を手繰り寄せる。
確か教会へ戻った後、トーマスに酷く怒られたんだ。
その時に言われた言葉だけは、今も耳にはっきりと残っている。
『ターゲットに情けをかけるな』
あの時のクズと、目の前のヴァフラムの姿が重なる。
……そうだ、俺はあの時……奴にトドメを刺せずに逃げ出したんだ。
思い出したくもない、黒歴史にも似た過去の記憶。
右の拳に、うっすらと光が灯る。
「ルカ……」
フィエルが配信を切り、心配そうに俺の顔を覗きこんで来る。
「何か嫌な事でもあったのですか?」
「なんだよ、急に」
「ルカが悲しんでいるの、分かるんです。いつもルカを見ていますから」
「別に悲しんでるわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「こんな奴でも、苦しむ姿を見るのは嫌な気分だって、それだけだ」
右の拳に宿った光が、だんだんと強さを増していく。
その光から、温かな意思が伝わってくる。
「ルカ、その光が何なのか、分かりますか」
「さぁな。だが不思議と悪いものには感じない」
「それは着衣神装が主の想いに応えようとしているのです。信じてあげてください。きっと着衣神装は、ルカの想いを形にしてくれるはずです」
「想い……?」
俺の呟きに、フィエルは翡翠色の瞳を細め、柔らかく微笑んだ 。
「はい。次の一撃で終わらせましょう」
言い終わると同時、俺の拳が夜空を切り裂くほどにまばゆく光り輝く。
意思が伝わる。
これをどう扱えばいいのか、自然と理解できる。その結果、何が起こるのかまで。
「良いですか、ルカ。配信を再開しますよ。……最後は派手に決めちゃってください!」
配信再開と同時に、フィエルがスマホを構える。
「皆さん! すこーしばかりカメラにトラブルが起きて配信が中断されていましたが、ご安心ください! 今が正にクライマックス! あの憎き魔族、ヴァフラムに、ルカ様がついにトドメを刺そうとしています!」
俺はゆっくりと、ヴァフラムに近づいた。
「や……やめろ、来るな、私に近寄るな……!」
もう何度目になるか分からない、肉体の再生を終えたヴァフラム。
しかし起き上がったその表情には、明らかな恐怖が浮かんでいた。
「おおーっと、トドメを刺そうと歩み寄るルカ様に、ヴァフラムは完全にビビってる模様! 物理では倒せない魔族を相手に、物理でここまで追い詰めるルカ様、強すぎます!」
ヴァフラムが空へと逃げ出す。
が……遅すぎる。
俺は地を蹴り、翼をはためかせると、瞬く間にヴァフラムの前方に躍り出る。
着衣神装の意思が伝わる。
俺はそのまま距離を詰めると、静かに光り輝く拳を振るった。
その瞬間、ヴァフラムの姿がまばゆい光の中に溶ける。
「出ましたー! 聖女ルカ様の審判! 名づけて『セイント・ジャッジメント』! その憐れむような瞳で敵を粉砕する姿! 慈悲と破壊のアンビバレンス! この美しさは言葉で表現しきれません! ちなみに余談ですが、セイントには聖女という意味も含まれます!」
光が収束し、夜の闇が再び戻ってくる。
目の前には、ヴァフラムの姿はもうない。
拳に残る熱を感じながら、俺は静かに息を吐いた。
「……終わったか」
「お見事でした! ルカ様!」
クロエがバルコニーから身を乗り出し、優雅に拍手を送ってくる。
「ルカ! 最高です! 同接数が過去最高を記録しましたよ! コメント欄も『神々しい』『これが聖女の力か』って大絶賛の嵐です!」
フィエルが興奮気味に駆け寄ってくる。
その瞳は、いつものように「バズ」への執着で輝いていたが、今はそれ以上に、どこか誇らしさが混じっているように見えた。
「……柄じゃないな」
俺は小さく呟き、夜空を見上げた。
トドメを刺すのが怖くなって逃げ出したあの日から、俺は少しは成長できただろうか。
「なぁ……トーマス」
誰にも聞こえない程の、小声でつぶやく。
「さぁ、ルカ! 勝利の決めポーズをお願いします! ファンの皆さんが待ってますよ!」
フィエルがカメラを向けてくる。
……やれやれ、余韻に浸る暇もないらしい。
俺は仕方なく、カメラに向かってぎこちなく手を振った。




