ガチ魔族が凸ってきたので返り討ちにします!
「要するに、お前を倒せば魔王は消えるってことだな」
俺は殺意を露わに、ヴァフラムを睨む。
こいつが元凶なら、こいつを排除すればいい。
俺の思考は、暗殺者時代のシンプルな結論へと回帰していた。
「短絡的ですねぇ。言ったでしょう? 私はあくまで下僕。魔王様は人々の負の感情そのもの。私を倒したところで、第二、第三の下僕が現れるだけ――」
「なら、現れるたびに潰すだけだ」
言葉よりも早く、俺は踏み込んでいた。
テーブルの上にあったシルバーのナイフをひっつかみ、ヴァフラムの眉間めがけて投擲する。
ヒュンッ!
風切り音と共に放たれた銀閃は、しかしヴァフラムの眼前で黒い霧に阻まれ、カランと虚しく床に落ちた。
「おっと、危ない危ない。野蛮ですねぇ」
ヴァフラムは余裕の笑みを崩さない。
だが、その赤い瞳の奥には微かな焦りが見えた。
「……チッ」
舌打ちと同時に、俺が次の一手を繰り出そうとした、その時だった。
「待ってくださいルカ! ストップ! ストーーップ!!」
悲鳴のような制止の声が、俺の動きを強制的に止める。
声の主は、フィエルだ。
「何だ、邪魔をするな」
「邪魔じゃありません! 演出です! 準備です! 今、この瞬間を配信せずにいつやるんですか!」
フィエルの瞳に、再びあの狂気じみた輝きが戻っていた。
「相手は本物の魔族! しかも魔王復活を目論む黒幕! こんな特大スクープ、世界中のメディアが束になっても勝てない最強のコンテンツですよ! タイトルはそうですね……『【緊急生放送】ガチ魔族が凸ってきたので返り討ちにします』……これで決まり!」
「お前な、命のやり取りをしてる最中に……」
「あら、フィエル様の言う通りですわよ、ルカ様」
呆れる俺に、今度はクロエが助け舟を出す。だが、その内容は俺を助けるものではなかった。
「先ほどの『魔王』アカウントの復活で、民衆は不安に陥っています。ここでルカ様が悪しき魔族を退ける姿をリアルタイムで見せつければ、不安は払拭され、聖女ルカ様のブランド価値は不動のものとなりますわ」
クロエは優雅に微笑みながらも、油断なくヴァフラムを見すえていた。
「ただし、ここはラピス・セレスティアの最高級スイートです。建物の破壊は最小限にお願いしますわね? 修理費は馬鹿になりませんから」
……こいつらは俺が勝てない可能性など微塵も考えてはいないらしい。
「正気とは思えませんねぇ」
これには流石のヴァフラムも、呆れと困惑がない交ぜになった声を漏らした。
無理もない。
魔族を前にして恐怖するどころか、配信のネタや宣伝材料として値踏みしているのだから。
「さあルカ! カメラ回りました! アクション!」
……もうどうにでもなれ。
「……うちのプロデューサーに正気を求めるのが間違いだ」
俺は覚悟を決め、再びヴァフラムを見すえる。
目の前のヴァフラムは、呆れを含んだ笑みを浮かべつつも、その体からはどす黒い霧が立ち上り始めていた。
「ふん、人間ごときの猿芝居に付き合うつもりはありませんが……まあいいでしょう。その配信が、貴女方の断末魔を世界に届けることになるのですから」
ヴァフラムが指を鳴らすと、背後の空間が歪み、鋭利な氷柱のような結晶が無数に出現した。その数、およそ二十。
「さようなら、愚かな人間」
無機質な宣告と共に、結晶が弾丸のような速度で射出される。
「ルカ! そこです! 華麗に回避してからの決めポーズをお願いします!」
フィエルの無茶な指示が飛ぶ。
氷の結晶が凄まじい速度で襲いかかる。
だが……目で追いきれない程ではない。
「今回ばかりは着衣神装に感謝するよ」
俺は最小限の動きで結晶を躱していく。
風圧が頬をかすめる。
ドレスの裾が翻り、リボンが舞う。
キンッ! キンッ!
避けきれない数本を、硬質化したドレスのリボンが弾き飛ばす。
俺は弾幕を縫うようにヴァフラムとの距離を詰める。
「なっ……!?」
ヴァフラムが驚愕に目を見開く。
「残念だよヴァフラム。俺がもしも生身だったら、いい勝負が出来たかもな」
俺は左足を軸に一歩踏み込む。
――それはかつてフィエルの無茶ぶりを受け、大勢の前で恥をかきたくない俺が苦し紛れに生み出した、技とも言えない代物――
静かに呼吸を整え、最も効率的な破壊の型を導き出す。
「おおーっと! ルカ様、これはまさか、あの時の……!」
刹那――俺は最短距離でヴァフラムの胴体へ蹴りを叩きこんだ。
ゴッ!!!
という鈍い音が、少し遅れてついてくる。
衝撃に黒い霧は霧散し、奴の体がロイヤルスイートの壁を突き破って夜空へと弾き飛ばされる。
「きゃあああ! 出ました! 速すぎて私の目には光の一線のようにしか見えませんでしたが、これはまさしく『ばにーきっく』です! しかしルカ様は今、バニー姿ではありませんので、僭越ながら私が命名しましょう! 天から降り注ぐ光の一線のごときハイヒールの一撃! 『ヘブンズ・ヒール』! これで決まりですね!」
フィエルが狂喜乱舞する横で、クロエが冷ややかな視線を壁の大穴に向けた。
「……修理費は最小限にと申し上げましたのに」
「知るか。請求はあいつに回せ」
俺は夜風が吹き込む大穴の縁に立ち、眼下に広がる王都の夜景の中に消えたヴァフラムの気配を探った。
まだ終わっていない。
奴の気配は消えるどころか、より強大に膨れ上がっていた。
「……来るぞ。第二ラウンドだ」
俺の言葉に応えるように、夜空の彼方から、怒りと殺意に満ちた絶叫が轟いた。
「貴様らァァァ……! 許さんぞ、人間風情がァァァ!!」




