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「真理の探究者」

 ラピス・セレスティアの最上階、夜風が吹き抜けるバルコニー。

 眼下には王都の煌びやかな夜景が広がっているが、俺の心はようやく訪れた静寂に安堵していた。


 「魔王城」ことベルンシュタイン邸への突撃は、これ以上ないほどの成功――いや、フィエルの言葉を借りれば「大バズり」で幕を閉じた。


 ネットと現実の両面から追い詰められた「魔王」は社会的制裁を受け、俺たちの勝利は確定したはずだった。


「ルカ様、温かいハーブティーはいかがです?」


「ああ、もらう」


 クロエが差し出したカップを受け取る。


 フィエルはまだ興奮冷めやらぬ様子でゴッズ・グラムの集計データを眺めていた。


「すごい……すごいです! 関連動画の再生数が天井知らずです! これでルカの覇権は揺るぎないものになりましたよ!」


 平和だ。

 あまりにも騒がしく、そして疲れる日々だったが、これで一区切りつく。


 そう思った、その時だった。


「困りますねぇ、たかが人の分際で、この私の計画に水を差すような真似をされては」


 ――ゾクリ、と、背筋を氷柱で撫で上げられたような悪寒が走った。


 気配がなかった。

 元暗殺者である俺の感覚をすり抜け、いつの間にかバルコニーの手すりに腰掛けている男がいた。


 闇に溶けるような黒い礼服。病的なまでに白い肌。そして、赤い双眸。

 フィエルとクロエが息を呑む気配がする。


「……誰だ」


 俺が警戒を露わにすると、男は優雅に足を組み替え、侮蔑と興味が入り混じったような眼差しで俺を見下ろす。


「ひとまず、『真実の探求者』と名乗ればお分かりいただけるでしょうか」


 「真実の探求者」、それは「魔王」と共にゴッズ・グラムのリプ欄を荒らしまわっていたアカウントの一つだ。

 たしか「抹殺リスト」の情報によれば……大手魔導具商会の副会長。


「ガリウスの仲間か」


「仲間……? 勘違いされては困りますねぇ」


 パチン――と男が指を鳴らすと、周囲の空間が歪み、異様な圧力が場を支配した。


 肌を刺すような異質な圧迫感。

 元暗殺者としての直感が告げている。

 この男は、これまで俺が相手にしてきた敵とは次元が違う。


 いつもなら「バズる!」と能天気にスマホを向けるはずのフィエルの様子も、一変していた。


 彼女はスマホを構えることすら忘れ、ただ油断なく男を見据えている。

 その表情からは笑みが消え、張り詰めた緊張感が漂っていた。


「その禍々しい気配……あなたは人間じゃない。……魔族ですね?」


 確信に満ちたフィエルの指摘に、男は感心したように目を細める。

 そして、月明かりの下で芝居がかった仕草を見せ、恭しく一礼した。


「ほう……。ただの賑やかしの道化かと思っていましたが、その鼻は利くようだ。如何にも、私は魔族。偉大なる魔王様に仕える卑小な下僕、ヴァフラムと申します」


 ヴァフラムと名乗った魔族は、嘲るような笑みを浮かべたまま続ける。


「先ほどの『魔王』のアカウント……ガリウスと言いましたか。あの愚かな貴族の坊やに、ほんの少し知恵と力を貸してやったのは私です。彼は私の囁きに耳を傾け、踊ってくれた。実に扱いやすい操り人形でしたよ。本来なら、彼が流すデマと憎悪が国中に広がり、その負の感情が我が主の糧となるはずだった。……それを、貴女たちが台無しにしたのです」


 ヴァフラムは芝居がかった仕草で両手を広げ、恍惚とした表情を浮かべた 。


「ですがご安心を。『魔王』は不滅ですので」


 その言葉を合図にしたかのように。


 フィエルのスマホが、ブブブブッ、と不快な振動音を立てた 。


 続いて、クロエの端末、そして俺のポケットの中の端末までもが、次々と通知音を奏で始める。


 それは、先ほどまでの「勝利の余韻」を告げる通知ではない。

 もっと禍々しく、粘着質な何かの到来を告げる音だった。


「……な、んですって……?」


 フィエルが視線だけをスマホの画面に走らせる。

 そこには、信じられないものが映し出されていた。


『【新アカウント作成】我は魔王。愚かな人類に告ぐ』


 さきほど消滅したはずの「魔王」のアカウント。

 それが、IDを変え、姿を変え、再びタイムラインの最上位に君臨していたのだ。


「そんなバカな……! あの状況からガリウスが復活するはずがありません! ネット上に何もかも曝け出して社会的に抹殺したのに!」


 フィエルの悲鳴に近い叫びに、ヴァフラムは愉悦に肩を震わせる。


「ガリウス? ああ、あの依代のことですか。彼が潰れたのなら、代わりなどいくらでもいますよ。嫉妬に狂う貴族、生活に疲れた商人、あるいは英雄に憧れて挫折した若者……」


 ヴァフラムの赤い瞳が、闇の中で怪しく輝く。


「ゴッズ・グラムという海がある限り、『魔王』は何度でも蘇り、何度でも増殖する! そしてゴッズ・グラムを『魔王』が支配すれば、我が主の封印もめでたく解けることでしょう!」


 考えが甘かった。

 俺たちが戦っていたのは、特定の個人ではなかったのだ。


「さあ、第二幕の始まりです。今度の『魔王』は、先ほどよりも少しだけ凶悪かもしれませんよ?」

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