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いざ魔王宅へ!

 しばらくの間、屋敷の中から響いていた何かを破壊するような音と、ヒステリックな叫び声。


 それが止んで間もなく、鋼鉄の門扉が、重々しい音を立てて内側から開かれた。


「……お待たせいたしました」


 現れたのは、燕尾服を着こなした白髪の老執事だった。

 その表情は能面のように無機質で、門の前に集まった群衆や、カメラを構えるフィエルを見ても眉一つ動かさない。

 ただ、その瞳の奥には隠しきれない軽蔑が滲んでいた。


「ガリウス様がお呼びです。どうぞ、中へ」


「キターーーッ! 潜入許可、降りました!」


 フィエルがガッツポーズを作り、スマホでの撮影を再開する。

 

「皆さん、見ましたか!? 私たちの熱意が、ついに魔王の固く閉ざされた心の扉(物理)をこじ開けたのです! これより、世界初公開! 魔王城ことベルンシュタイン邸への突撃リポートを開始します!」


「……罠に決まってるだろ」


 俺は呆れ半分、警戒半分で呟く。

 あれだけヒステリックに暴れていた人間が、急に殊勝に客を招き入れるわけがない。

 だが、この天使にそんな正論は通じないだろう。


「罠? 上等です! それこそがエンターテインメントのスパイス! ハラハラドキドキの展開こそ、視聴者が求めている画なのですから!」


 フィエルは俺の腕を強引に引くと、躊躇なく門の中へと足を踏み入れた。

 俺は深いため息をつきながら、ドレスの裾を翻してそれに続く。


 背後で、重い門が閉ざされる音がした。

 案内された屋敷の内部は、外観以上に豪奢で、そして静まり返っていた。


 磨き上げられた大理石の床。

 壁に飾られた名画の数々。

 天井からは巨大なシャンデリアが吊るされ、煌びやかな光を落としている。


 だが、その広大なロビーには、異様な殺気が満ちていた。


「よく来たな、薄汚いネズミ共」


 ロビーの正面、二階へと続く大階段の踊り場。

 そこに置かれた高級そうな椅子に一人の青年が深々と腰掛けていた。


 整った顔立ちだが、その目元には昨夜の夜更かし――というより、俺たちへの誹謗中傷活動――によるものと思われる濃い隈が刻まれている。


 ガリウス・フォン・ベルンシュタイン。

 ネット上で「魔王」を名乗り、数々のインフルエンサーを炎上させてきた男の正体だ。


「貴様らが……俺の平穏を乱す害虫か」


 その視線は、ネット上の書き込みと同様、一方的な悪意と特権意識に塗れている。


 だが、「そんなものはバズの前では些末な問題」と言わんばかりに、フィエルは嬉々としてナレーションを始めた。


「どうもー! 害虫呼ばわりは心外ですけど、プロデューサー天使のフィエルちゃんでーす! そしてこちらが、あなたがネットで散々『偽物』呼ばわりしていた、正真正銘の聖女ルカ様です!」


 フィエルは一通り自分たちを撮り終えると、ガリウスにカメラを向ける。


「記念すべき初対面ですね! 魔王様、今の率直なお気持ちを一言お願いします! リアルで会ったルカ様の感想は!? 画面越しに見るよりずっと可愛いでしょう!?」


「……黙れ」


 ガリウスのこめかみに青筋が浮かぶ。

 彼が指をパチンと鳴らすと、ロビーの四方にある扉が開き、武装した男たちが雪崩れ込んできた。


 その数、およそ三十。


 揃いの鎧に身を包み、手には剣や槍を持っている。

 ベルンシュタイン家が抱える私兵団だろう。


「ここは俺の城だ。俺のルールが絶対の場所だ。……ネット上のように調子に乗って良い場所ではないことを、その身に刻んでやろう」


 ガリウスが歪んだ笑みを浮かべる。


「静かにさせろ。二度と、その減らず口が利けなくなるようにな」


 命令一下。

 私兵たちが一斉に抜刀し、俺たちを取り囲む円を縮めてくる。


「おおっと! これは急展開! 話し合い(物理)の時間のようです! 魔王軍の奇襲攻撃! 多勢に無勢! か弱い美少女二人組、絶体絶命のピンチです!」


 フィエルは嬉々として実況を始めた。

 こいつにとって、目の前の刃物は脅威ではなく、バズるための素材でしかないらしい。


「ルカ! 出番ですよ! 『悪を討つ聖女』の姿を、あのアングルからこのアングルまで余すことなく撮影しますからね!」


「……はぁ」


 俺は深く、重く息を吐き出した。

 結局、こうなるのか。

 俺はドレスのスカートを軽く持ち上げ、一歩前に出る。


 俺は階段上のガリウスを見据えた。


「悪いが……手加減は期待するなよ」


「はんッ! 女が粋がるな! やれ!」


 ガリウスの号令と共に、最前列の兵士三人が同時に飛びかかってきた。


 突き出される槍。振り下ろされる剣。

 一般人なら恐怖で足がすくむ光景だろう。

 だが――遅い。


 俺の目には、彼らの動きがコマ送りのように見えていた。

 重心の移動、筋肉の収縮、視線の動き。

 それら全てが、次の攻撃の軌道を雄弁に語っている。


 俺は最小限の動きで半身になり、先頭の兵士が突き出した槍の柄を、素手で掴み取った。


「なっ……!?」


 兵士が目を見開く。

 俺はそのまま槍を引き寄せ、兵士の体勢を崩すと、がら空きになった鳩尾に掌底を叩き込んだ。


「がはっ……!」


 兵士は声にならない悲鳴を上げ、後方の二人を巻き込んで吹き飛んでいく。

 俺はその隙を見逃さず、瞬時に間合いを詰めた。


 かつて裏社会で培った暗殺術。

 それは、いかに効率よく、いかに確実に相手を無力化するかを追求した技術だ。


 加えて、この忌々しい着衣神装ゴッド・ドレスによる身体能力強化がある。

 今の俺にとって、この程度の私兵など、止まって見える案山子と変わらない。


「どりゃあああ!」


 背後から雄叫びを上げて斬りかかってきた兵士の剣を、振り返りざまにドレスのリボンが硬質化して弾く。


 「リボン・ガード」、相変わらず便利な機能だ。

 俺はその反動を利用して回転し、遠心力を乗せた回し蹴りを兵士の側頭部に見舞った。


 ドゴッ!


 鈍い音が響き、兵士が白目を剥いて崩れ落ちる。

 もちろん、殺してはいない。急所を微妙に外し、脳震盪を起こさせただけだ。


 ここで死体を作れば、後々面倒なことになる。

 あくまで自衛の範疇に留めなければならない。


「すっごーい! 見ましたか皆さん! 今の華麗なるターン! スカートが花のように開き、そこから繰り出される必殺の蹴り! まさに戦場に咲く一輪の銀薔薇! さすがルカ様、エモすぎます!」


 フィエルが俺の周りを飛び回りながら、ベストアングルを探してカメラを向けてくる。

 俺が兵士を投げるたび、蹴り飛ばすたびに、「ナイスアングルです!」「あ、今の表情いただきました!」と歓声を上げる。


「邪魔だ、どいてろ!」


「大丈夫です! 私、こう見えても、すばしっこいので!」


 言いながら、フィエルは流れ弾のように飛んできた兵士の体を、ひらりと紙一重で躱した。


 ……こいつも大概だな。


 戦闘開始から数分と経たず、ロビーの状況は一方的な蹂躙劇と化していた。

 三十人いた私兵たちは、次々と宙を舞い、床に沈んでいく。


「ひ、ひぃ……! な、なんだコイツは……!」

「ば、化け物……!」


 残った兵士たちが、恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。


「どうした。静かにさせるんじゃなかったのか?」


 俺はドレスの裾を払いながら、冷ややかな視線を向ける。


「キャーーーッ! 倒した敵の屍を越えて輝く聖女の御姿! 残酷なのに美しい! これぞ『背徳の美』です! サムネイル画像確定ですね!」


 俺は最後の一人――恐怖で腰を抜かしていた兵士の襟首を掴み、軽く放り投げた。

 兵士は情けない悲鳴を上げながら、仲間の山の上に落下した。


 これで、全員だ。

 ロビーには、うめき声と、フィエルの興奮した荒い息遣いだけが響いていた。


 俺はゆっくりと、大階段を見上げた。

 そこには、手にしたグラスを取り落とし、口を半開きにして固まっているガリウスの姿があった。


「な……な、な……」


 ガリウスは震える指で俺を指さし、言葉にならない音を漏らした。

 自分の絶対的な領域だと思っていた場所が、たった一人の少女によって蹂躙された現実が、受け入れられないのだろう。


「さて」


 俺は階段に足をかけ、一段、また一段と上っていく。

 コツ、コツ、と、静寂の中に足音が大きく響く。


「お前の自慢の兵隊は、全員脱落したみたいだぞ。……次はお前の番だ」


「く、来るな! 近寄るな! 俺はベルンシュタイン家の……!」


 ガリウスが椅子から転げ落ちるようにして後退る。

 その無様な姿を、フィエルのカメラが容赦なく捉えていた。


「皆さん! ごらんください! これが、ネットで粋がっていた『魔王』の、真の姿です! 安全圏がなくなった途端にこれですよ! ププッ、これぞまさにざまぁです!」


 フィエルの煽りが、ガリウスのプライドをずたずたに引き裂いていく。

 俺はガリウスの目の前まで歩み寄ると、その顔を覗き込んだ。


 ネット上での威勢の良さはどこへやら。

 目の前にいるのは、ただの怯えた子供だ。


「……つまらないな」


 俺は小さく呟いた。

 こんな奴のために、俺は異世界に呼ばれ、こんな格好をさせられていたのか。

 怒りを通り越して、虚しさすら感じる。


 だが、仕事は仕事だ。

 俺は逃げ腰の「魔王」の胸倉を掴み上げ、無理やり立たせた。


「さあ、カメラに向かって挨拶の時間だ。お前の大好きなネットの世界に、その顔を晒してやれ」


 俺の言葉に、ガリウスの顔色が土気色に変わった。

 フィエルが満面の笑みで、カメラをズームインさせる。


「はーい、チーズ☆」


 その軽薄な声と共に、ベルンシュタイン邸のロビーでの戦いは、俺たちの完全勝利という形で幕を下ろそうとしていた。

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