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☆突撃! 魔王の家に行ってみた☆

 王都中央区3番街。


 そこは古くからの名門貴族たちが屋敷を構える、一種の不可侵領域だ。


 石畳は一点の曇りもなく磨かれ、街路樹は完璧に剪定されている。

 空気に漂うのは優雅さと、排他的な静寂。


 そんな高級住宅街の一角に、ひときわ大きく、威圧的な鉄の門扉を構える屋敷があった。


 ベルンシュタイン邸。


 昨日までネット上で俺たちに粘着していた「魔王」こと、ガリウス・フォン・ベルンシュタインの実家だ。


「ここですね! ここが魔王城ですか! 想像してたよりずっと立派で、逆に引きます! 何が不満で魔王活動なんてしてたのか不思議でしょうがありませんね!」


 重厚な門の前で、フィエルの場違いに明るい声が響く。

 俺はため息をつきながら、その隣に立った。


「……本当にやるのか」


「もちろんです! 逃げた獲物を巣穴まで追いかける。これぞ狩りの鉄則であり、エンターテインメントの基本です!」


 フィエルは鼻息も荒く宣言すると、録画ボタンを押した。

 途端に、いつもの「配信者モード」のスイッチが入る。


「はーい! みなさんこんにちは! 聖女ルカ様のナレーター兼プロデューサーこと、天使のフィエルです! 今日はですねー、な、なんと! あのネットを騒がせた大物、『魔王』さんのお宅の前に来ています!」


 フィエルはいつの間にか用意した自撮り棒を使い、スマホのカメラに向かって満面の笑みで手を振る。

 背景には、荘厳なベルンシュタイン邸の門。


 そして、その横で死んだ魚のような目をしている、ドレス姿の俺。


「今回の企画タイトルはズバリ! 『ねぇねぇ、ユーはどうして魔王と名乗ってるの? 直接聞いてみた! スペシャル☆』です!」


 タイトルが長い。そして悪意に満ちている。

 フィエルは俺の腕をぐいと引っ張り、カメラのフレーム内に引きずり込んだ。


「主役はもちろんこの方! 被害者代表、聖女ルカ様です!」


「……帰りたい」


「だめです! ルカがいないと画が締まりません! さあ、早速凸しましょう!」


 フィエルは躊躇なくインターホン――ではなく、門番の詰め所に向かって歩き出した。


 詰め所からは、いかめしい顔をした初老の警備兵が出てくる。


 明らかに不審者を見る目だ。当然だろう。フリフリのドレスを着た少女と、背中に小さな羽が生えた少女が、スマホを構えて突撃してきているのだから。


「貴様ら、何用だ。ここはベルンシュタイン伯爵の御屋敷だぞ。関係者以外は立ち入り禁止だ」


 警備兵の鋭い声にも、フィエルは全く動じない。

 むしろ、その反応を待っていたかのように瞳を輝かせた。


「こんにちは! 私、こういう者です!」


 フィエルは名刺代わりとばかりに、スマホの画面を警備兵に見せつける。

 そこに映っているのは、彼女のSNSアカウントのプロフィール画面だ。


「ゴッズ・グラムで配信活動をしております、フィエルと申します! 本日はこちらの屋敷にお住まいの、ガリウス様……えっと、通称『魔王』様にお目通り願いたいのです!」


「……は? 魔王?」


 警備兵が眉をひそめる。


 無理もない。由緒正しき貴族の家門で「魔王」などと呼ばれている人間がいるとは、夢にも思わないだろう。


「はい! ネット上でブイブイ言わせていた魔王様です! 昨日急にアカウントを消して逃亡……じゃなくて、引退されてしまったので、ファンの皆様が心配しておりまして! ご本人の口から、謝罪……あ、いえ、真実の言葉を聞きたいなーって!」


 フィエルの言葉の端々に毒が混じる。

 警備兵の顔色が、困惑から怒りへと変わっていくのが分かった。


「ふざけるのもいい加減にしろ! ガリウス様はご病気で療養中だ! 貴様らのようなふざけた配信者の相手をしている暇はない!」


 病気で療養中。

 なるほど、そういうことにしているのか。

 昨夜まで元気に俺たちへの誹謗中傷を書き込んでいた奴が、随分と都合の良い病気にかかったものだ。


「えーっ! ご病気なんですか!? それは大変! どんなご病気ですか? 指が勝手に動いてクソリプを送ってしまう奇病とかですか!?」


「き、貴様ッ……! いい加減にしろ! 衛兵を呼ぶぞ!」


 警備兵が腰の剣に手をかける。

 実力行使に出るつもりだ。

 俺はフィエルの前に一歩出ようとしたが、彼女はそれを手で制した。


「ああっと! 暴力反対! 私たちはただ、お話がしたいだけなんですぅ~!」


 大げさに泣いたフリをするフィエル。

 腕で隠したその口元から、僅かに声が漏れる。


「ルカ、泣いてください!」


「は?」


「ここで可憐な美少女が涙を流せば、世論は完全にこちらに傾きます! さあ、嘘泣きでいいので!」


 無茶ぶりにも程がある。


 俺が呆れ果てていると、騒ぎを聞きつけたのか、あるいは最初から目立つ二人組に注目していたのか、周囲に人々が集まり始めていた。


「おい、あれ……」

「なんか撮影してるぞ?」

「あの銀髪の子……もしかして、ルカ様じゃね?」

「うそ、ルカ様!? 本物!?」


 ざわめきが波紋のように広がっていく。

 王城での一件や、先日の炎上騒動を経て、俺の知名度は自分が思っている以上に高まっていたらしい。


 集まった野次馬たちは、次々と懐からスマホを取り出し、俺たちにレンズを向け始める。


「あ、見て見て! 隣にいるの、あの天使プロデューサーじゃん!」

「ってことは、これ新作動画の撮影?」

「ベルンシュタイン邸の前で? 何やってんだ?」


 人だかりはみるみるうちに膨れ上がり、即席の撮影会のような様相を呈し始めた。

 フィエルはこの状況を待っていたのだ。

 彼女はくるりと野次馬たちの方を向き、アイドルのような笑顔を振りまいた。


「みなさーん! こんにちはー! いつも応援ありがとうございますっ! フィエルとルカでーす!」


「キャーッ! フィエルちゃーん! いつもノリノリのナレーション楽しみにしてます!」

「ルカ様ー! こっち向いてー!」


 黄色い歓声が上がる。

 警備兵は完全に気圧されているようだった。


 俺は内心、警備員に同情した。

 屋敷の前で騒ぎになれば、ベルンシュタイン家の面目に関わる。

 かといって、これだけの群衆の目前で、人気急上昇中の「聖女」に暴力を振るえば、それこそスキャンダルで炎上する。


 進退窮まった警備兵を尻目に、フィエルはカメラに向かって、そして集まった群衆に向かって語りかける。


「実はですねー、このお屋敷に住むガリウス様が、ネットで私たちにちょっかいを出していた『魔王』さんらしいのです! 昨日の夜、急にいなくなっちゃったから、心配でお見舞いに来たんですけど……」


 フィエルは言葉を切り、わざとらしく悲しげな表情を作った。


「門前払いされちゃいました……。私たち、ただお話の続きをしたかっただけなのに……」


「えっ、マジ?」

「ベルンシュタイン家の息子が魔王?」

「昨日のあのクソリプ野郎が?」

「うわー、引くわー」


 群衆のざわめきが、好奇心から非難の色へと変わっていく。

 彼らの手元の端末を通じて、この状況はリアルタイムで拡散されているはずだ。


「おのれ……! これ以上、我が主の名誉を傷つけるな!」


 警備兵が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 だが、その怒号さえも、フィエルにとっては演出の一つでしかなかった。


「ひどい! 皆さん聞きました!? 真実を確かめに来ただけの私たちを、力づくで追い返そうとしてます! これが貴族のやり方なんですかー!?」


「そうだそうだー!」

「ルカ様をいじめるなー!」

「説明しろー!」


 野次馬たちが呼応する。

 ネットの炎上が、現実世界に飛び火した瞬間だった。

 もう、ただの騒ぎではない。一種の暴動に近い熱気が、門前を支配しつつある。


 俺はフィエルの背中を見ながら、底知れない恐ろしさを感じていた。

 こいつは、民衆の心理を操る天才だ。

 正義感、好奇心、そして集団心理。それらを巧みに刺激し、自分の武器に変えてしまう。


 魔王が安全圏だと思っていた現実リアルの屋敷が、今や衆人環視の檻と化していた。


「……ルカ、準備はいいですか?」


 ふいに、フィエルがマイクをオフにしたような小声で囁いてきた。


「準備って、何の」


「ここまでお膳立てしました。あとは、主役の出番です」


 フィエルはニヤリと笑うと、再び群衆に向かって声を張り上げた。


「みなさーん! こうなったら、ルカの『お願い』で、魔王様の頑なな心を開いてもらうしかありません! ルカ、あそこに向かって呼びかけてください!」


 フィエルが指さしたのは、屋敷の二階。

 「抹殺リスト」の情報によれば、ガリウスの部屋がある場所だ。


 カーテンの隙間から、誰かがこちらを覗いている気配がする。


「……はぁ」


 俺は深く、深くため息をついた。

 だが、ここで拒否すれば、フィエルのことだ。もっと面倒な無茶ぶりをしてくるに違いない。


 俺は観念して、二階の窓を見上げた。

 一瞬、周囲の喧噪が遠のく。

 俺の声を聞き漏らすまいと、群衆が静まり返ったのだ。


「……ガリウス」


 俺は、あえて声を張り上げず、静かに、しかしよく通る声で呼びかけた。


「俺は逃げも隠れもしない。お前が投げた石は、全部受け止めてやる。だから……降りてきて、俺の目を見て同じことを言ってみろ」


 その言葉は、スマホのマイクを通じて、そして集まった人々の耳を通じて、拡散されていく。


 数秒の静寂。

 やがて、二階のカーテンが揺れた。


 だが、窓が開くことはなかった。

 代わりに聞こえてきたのは、屋敷の中から響くヒステリックな叫び声と、何かが壊れるような音だった。


「……どうやら、お話し合いできる精神状態ではないようですね」


 フィエルが残念そうに、しかしどこか満足げに肩をすくめる。

 その様子をカメラに収めながら、彼女は動画の締めくくりに入った。


「と、いうわけで! 残念ながら魔王様との対談は叶いませんでしたが、私たちはいつでもウェルカムです! ガリウス様、更生して戻ってくるのを待ってますよー! 以上、ベルンシュタイン邸前から、フィエルとルカがお届けしました! チャンネル登録と高評価、よろしくですっ!」


 フィエルがウインクと共に録画を停止する。

 その瞬間、周囲からは割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。


「いやー、バズりましたね! 間違いなくバズりました! 見てくださいルカ、この『神回確定』コメントの嵐!」


 フィエルは興奮冷めやらぬ様子で画面を見せてくる。

 そこには、俺たちの行動を称賛するコメントと、逃げ隠れしたガリウスへの嘲笑が溢れかえっていた。


 デジタルとリアル、双方からの包囲網。

 これで、ガリウス・フォン・ベルンシュタインの社会的生命は、完全に絶たれたと言っていいだろう。


「……お前ら、本当に容赦ないな」


 俺の呟きに、フィエルは天使の笑顔で答えた。


「ルカが言い出したんじゃないですか! それに、バズのためなら、私は悪魔にだってなりますよ?」


 その笑顔は、純粋すぎて、どこか狂気じみていた。

 俺は背筋に少し薄ら寒いものを感じながら、やはりこの天使には逆らわない方が身のためだと、改めて心に誓ったのだった。

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