☆SNS戦☆
深夜のラピス・セレスティア、最上階の一室。
俺の手元には、女神ユーティから転送された「抹殺リスト」が表示されていた。
「……準備はいいか」
俺が声をかけると、向かいのソファに座るクロエが、優雅にティーカップを置き、不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、いつでも。わたくし、『ただの観測者』として、少々お行儀の悪いお客様にお灸をすえて差し上げますわ」
彼女の手元には、すでにゴッズ・グラムの投稿画面が開かれている。
フィエルは隣で固唾を飲んで見守っていた。彼女の瞳には不安の色が残っているが、同時に期待の光も宿っている。
俺は頷き、合図を送る。
クロエの細い指が、滑るように画面をタップした。
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ただの観測者:@魔王 こんばんは。夜分遅くに失礼いたします。少々お話がありますの。そこにお座りになって?
魔王:は? 誰だお前。ルカの信者がしゃしゃり出てくんな。
ただの観測者:わたくしが誰であるかは問題ではありません。問題なのは、あなたがルカ様を敵に回した上、まだ安全圏に居られると錯覚している、その認識の甘さです。
魔王:は? 何言ってんだこいつ。キモ。ブロックしよ。
ただの観測者:ブロックなさっても構いませんけれど、わたくしは今、あなたが王都中央区3番街の屋敷の2階、北西の角部屋にいらっしゃることを存じておりますの。窓から見える時計塔の明かりが綺麗でしょうね?
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タイムラインが一瞬、静まり返ったような錯覚を覚える。
数秒の沈黙の後、魔王からの返信があった。
魔王:……は? 何適当なこと言ってんの? デマ乙。俺はそんなとこ住んでねーし。
ただの観測者:あら、そうですか? では、今あなたが着ていらっしゃるのは、深紅のシルクのナイトローブではなくて? 右手にはワイングラス、左手には最新型のスマホ。あ、少しワインが零れましたわね。絨毯が汚れてしまいますわよ?
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画面の向こう側の動揺が、文字を通して伝わってくるようだった。
ユーティのリストにある情報は、現在進行形の監視データも含んでいる。
今の魔王の行動は、全て筒抜けなのだ。
魔王:な、なんで……お前、ストーカーかよ!? 通報した!
ただの観測者:通報? 構いませんわ。ですが、その前に少し昔話をいたしましょうか。一年前の夏、商会のパーティーでメイドに乱暴を働いて揉み消した件や、裏帳簿を使った脱税疑惑について。あ、それとも先月、匿名で騎士団への爆破予告を書き込んだ件の方がよろしいかしら?
魔王:や、やめろ……! デマだ! 全部捏造だ!
ただの観測者:捏造とおっしゃるなら、証拠を提示してもよろしいのですけれど? わたくし、あなたの端末の通信ログ、全て保存しておりますの。今ここで全世界に公開しても構いませんわよ?
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クロエの指先が止まることなく動き続ける。
その表情は、まるでピアノの鍵盤を叩くマエストロのように陶酔していた。
普段の可憐な少女の姿からは想像もつかない、冷徹な狩人の顔だ。
「ひぇ……クロエさん、怖いです……」
フィエルが小声で呟く。俺も同感だ。
だが、これは必要な儀式だった。
SNS上では、観衆たちがざわつき始めていた。
『何これ、ガチ?』
『観測者、何者なんだ……』
『魔王の反応、図星突かれた時のやつじゃん』
これまで魔王に扇動され、一緒になって叩いていた取り巻きたちが、一人、また一人と沈黙していく。
形勢は完全に逆転していた。
クロエは仕上げとばかりに、最後のメッセージを打ち込む。
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ただの観測者:最後に警告いたしますわ。わたくしは今ここであなたの「本名」を明かすことにためらいはありませんけれど、まだ謝罪の意思はございませんか?
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「本名」とリプに書かれた途端、決定的な沈黙が訪れた。
ベルンシュタイン家といえば、王都でも指折りの名門貴族だった。
その子息が、ネット上で誹謗中傷を繰り返していたとなれば、ただのスキャンダルでは済まない。
数秒後。
「このアカウントは存在しません」
魔王のアカウントが、ゴッズ・グラム上から消滅した。
逃亡だ。
アカウントを削除し、デジタルの闇へ逃げ込んだのだ。
「あら、逃げられてしまいましたわ」
クロエは心底残念そうに、しかし目だけは笑わずに呟いた。
「まあ、想定通りですが」
俺はリストを閉じる。
ここまでは計画通り。奴をSNSという安全圏から引きずり出し、孤立させる。
「さて、次は物理の出番だな」
俺の言葉に、今度はフィエルがビシッと立ち上がった。
「はい! 逃げた獲物を追い詰めるのは、エンターテインメントの基本です! カメラの準備は万端ですよ、ルカ!」
デジタルの包囲網は完成した。
次は、現実世界での「突撃」だ。




