表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/25

☆SNS戦☆

 深夜のラピス・セレスティア、最上階の一室。


 俺の手元には、女神ユーティから転送された「抹殺リスト」が表示されていた。


「……準備はいいか」


 俺が声をかけると、向かいのソファに座るクロエが、優雅にティーカップを置き、不敵な笑みを浮かべた。


「ええ、いつでも。わたくし、『ただの観測者』として、少々お行儀の悪いお客様にお灸をすえて差し上げますわ」


 彼女の手元には、すでにゴッズ・グラムの投稿画面が開かれている。


 フィエルは隣で固唾を飲んで見守っていた。彼女の瞳には不安の色が残っているが、同時に期待の光も宿っている。


 俺は頷き、合図を送る。


 クロエの細い指が、滑るように画面をタップした。



 ――――――――――――――――――



 ただの観測者:@魔王 こんばんは。夜分遅くに失礼いたします。少々お話がありますの。そこにお座りになって?



 魔王:は? 誰だお前。ルカの信者がしゃしゃり出てくんな。



 ただの観測者:わたくしが誰であるかは問題ではありません。問題なのは、あなたがルカ様を敵に回した上、まだ安全圏に居られると錯覚している、その認識の甘さです。



 魔王:は? 何言ってんだこいつ。キモ。ブロックしよ。



 ただの観測者:ブロックなさっても構いませんけれど、わたくしは今、あなたが王都中央区3番街の屋敷の2階、北西の角部屋にいらっしゃることを存じておりますの。窓から見える時計塔の明かりが綺麗でしょうね?



 ――――――――――――――――――



 タイムラインが一瞬、静まり返ったような錯覚を覚える。


 数秒の沈黙の後、魔王からの返信があった。



 魔王:……は? 何適当なこと言ってんの? デマ乙。俺はそんなとこ住んでねーし。



 ただの観測者:あら、そうですか? では、今あなたが着ていらっしゃるのは、深紅のシルクのナイトローブではなくて? 右手にはワイングラス、左手には最新型のスマホ。あ、少しワインが零れましたわね。絨毯が汚れてしまいますわよ?



 ――――――――――――――――――



 画面の向こう側の動揺が、文字を通して伝わってくるようだった。


 ユーティのリストにある情報は、現在進行形の監視データも含んでいる。

 今の魔王の行動は、全て筒抜けなのだ。



 魔王:な、なんで……お前、ストーカーかよ!? 通報した!



 ただの観測者:通報? 構いませんわ。ですが、その前に少し昔話をいたしましょうか。一年前の夏、商会のパーティーでメイドに乱暴を働いて揉み消した件や、裏帳簿を使った脱税疑惑について。あ、それとも先月、匿名で騎士団への爆破予告を書き込んだ件の方がよろしいかしら?



 魔王:や、やめろ……! デマだ! 全部捏造だ!



 ただの観測者:捏造とおっしゃるなら、証拠を提示してもよろしいのですけれど? わたくし、あなたの端末の通信ログ、全て保存しておりますの。今ここで全世界に公開しても構いませんわよ?



 ――――――――――――――――――



 クロエの指先が止まることなく動き続ける。


 その表情は、まるでピアノの鍵盤を叩くマエストロのように陶酔していた。


 普段の可憐な少女の姿からは想像もつかない、冷徹な狩人の顔だ。



「ひぇ……クロエさん、怖いです……」


 フィエルが小声で呟く。俺も同感だ。

 だが、これは必要な儀式だった。


 SNS上では、観衆たちがざわつき始めていた。


『何これ、ガチ?』

『観測者、何者なんだ……』

『魔王の反応、図星突かれた時のやつじゃん』


 これまで魔王に扇動され、一緒になって叩いていた取り巻きたちが、一人、また一人と沈黙していく。


 形勢は完全に逆転していた。


 クロエは仕上げとばかりに、最後のメッセージを打ち込む。


 ――――――――――――――――――


 ただの観測者:最後に警告いたしますわ。わたくしは今ここであなたの「本名」を明かすことにためらいはありませんけれど、まだ謝罪の意思はございませんか?


 ――――――――――――――――――



 「本名」とリプに書かれた途端、決定的な沈黙が訪れた。


 ベルンシュタイン家といえば、王都でも指折りの名門貴族だった。

 その子息が、ネット上で誹謗中傷を繰り返していたとなれば、ただのスキャンダルでは済まない。


 数秒後。


 「このアカウントは存在しません」


 魔王のアカウントが、ゴッズ・グラム上から消滅した。


 逃亡だ。

 アカウントを削除し、デジタルの闇へ逃げ込んだのだ。


「あら、逃げられてしまいましたわ」


 クロエは心底残念そうに、しかし目だけは笑わずに呟いた。


「まあ、想定通りですが」


 俺はリストを閉じる。

 ここまでは計画通り。奴をSNSという安全圏から引きずり出し、孤立させる。


「さて、次は物理リアルの出番だな」


 俺の言葉に、今度はフィエルがビシッと立ち上がった。


「はい! 逃げた獲物を追い詰めるのは、エンターテインメントの基本です! カメラの準備は万端ですよ、ルカ!」


 デジタルの包囲網は完成した。


 次は、現実世界での「突撃」だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ