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ラピス・セレスティアpresents

「ルカ、ルカ、ルカーーーっ! ついに、ついにこの日が来ましたよ! 待ちに待ったお祭りの日です! その名も! 『ラピス・セレスティアpresents 聖女ルカ様 感謝祭』! どうです、この壮大でキャッチーで、もう聞くだけでバズりそうなネーミング! 私のセンスが光ってますよね!?」


 ホテルが誇る最大の宴会場「天上の間」は、開演前から凄まじい熱気に包まれていた。

 俺はクリスタルのシャンデリアが放つ無数の光を目に映しながら、聖女とはいったい何だったかという、哲学的な自問をしていた。


「どうしたのです、ルカ。浮かない顔をして」


「聖女がどんな存在を指す言葉なのか詳しく知らないが、少なくともこんな派手な舞台でプロデュースされるような存在じゃないと思うんだが」


「素晴らしい着眼点です! そうです。そのギャップです! 本来控えめに教会で祈りでも捧げていそうな聖女がこのような表舞台に立つことのギャップ! それがファンの心を掴んで離さないギャップ萌えに繋がるのです!」


「承認欲求丸出しの聖女なんてものが存在したら、俺は嫌だけどな」


「細かいことは気にしない! 要はバズれば良いんですよ! もうゴッズ・グラムは大変なことになってますよ! チケットは即日どころか瞬殺で完売! 『行きたかった』って阿鼻叫喚のリプライで私の端末、通知が爆発して煙が出そうです! 会場の外には入れなかったファンの方たちが巨大スクリーン目当てに集まって、もうそれだけで一つの街みたいになってるんですよ!?  これ全部、ルカへの愛です! バズの波動が集まっています!」


 ……バズの波動ってなんだよ。

 フィエルの謎の造語に内心でツッコミを入れつつ、俺はステージ裏の控室で、巨大な姿見に映る自分を睨みつける。


「……何度見ても落ち着かない格好だな」


 俺が着ているのは、クロエが「ルカ様のために」とデザインしたという新しい衣装だった。


 純白を基調としながら、随所に銀糸の刺繍と淡い青の差し色が施されている。

 体のラインを美しく見せるタイトなシルエットと、深めにスリットの入ったスカートが、俺の頭痛の種を増やしていた。


 もちろん、その下には忌々しい呪いの装備着衣神装(ゴッド・ドレス)が健在だ。

 だが、何故かこいつは俺の心を読み取り――本当に読み取っているのかは怪しいが――新しい衣装に着替えようとすると、途端にその面積を大きく減らし、今は下着として俺の体にぴったりと張り付いていた。


「めちゃくちゃ似合ってますよ、ルカ! 今のルカは最高に可憐です! さぁ、準備はいいですか! 世界中が、ルカの新たな伝説が始まる瞬間を待ってます!  私が必ず、歴史に残る最高の『いいね』とリポストの嵐を巻き起こしてみせますからね! 合言葉は、バズこそ正義です!」


 俺の隣で、フィエルがぴょんぴょん跳ねながら拳を握りしめている。

 その目には、すでに「バズ」の二文字しか見えていない。


「ええ、完璧ですわ、ルカ様。そのお姿なら真の聖女としてのブランドを確立できます」


 ……聖女ってなんだっけ。


 俺の心のツッコミを他所に、クロエは腕を組んで満足げに頷いている。

 彼女の視線は、衣装の出来栄えからステージの進行、果ては警備体制に至るまで、すべてをチェックしているようだった。


 やがて、会場の照明が落ち、割れんばかりの歓声が控室にまで響いてくる。


「さあ、ルカ様! あなたの伝説を、世界に見せつけてやりましょう!」


「行きますよ、ルカ! 最高の『いいね』をいただきに参りましょう!」


 若干方向性の違う檄を飛ばす二人に背中を押され、俺は重い足取りで眩い光の中へと歩み出した。


 ステージに上がった瞬間、歓声の津波が俺の全身を叩いた。

 無数のゴッズ・グラム端末が、一斉にこちらに向けられる。


「ルカ様ー!」


「こっち向いてー!」


 その熱狂ぶりに気圧されながらも、俺はステージ中央まで進み、ぎこちなく一礼した。


「皆様、本日は『聖女ルカ様 感謝祭』にお越しいただき、誠にありがとうございます!」


 司会進行役を務めるフィエルが完璧な営業スマイルで場を盛り上げる。


「それでは早速、最初の企画に参りましょう! フィエルP渾身の目玉企画、『聖なるバニーキック講座』です!」


 いきなりそれかよ!


 俺の内心のツッコミなどお構いなしに、ステージには巨大な魔物のハリボテが運び込まれる。

 以前、俺が披露した「バニーキック」をファンにも伝授しようという、あまりにも正気とは思えない企画だった。

 ……というかあれはバニーコーデでないと出せないはずじゃ。


「では、お手本をお願いします、ルカ様!」


「……っ」


 無茶ぶりに目眩がする。

 だが、ここで拒否すれば、それはそれで別の形で「バズる」だろう。

 それだけは避けたかった。

 俺は覚悟を決め、ハリボテの前に立つ。


 ファンサービスとしての「可愛いキック」など、俺にできるはずもない。

 ならば――。


 俺は静かに呼吸を整える。

 元暗殺者としての経験が、最も効率的な破壊の型を導き出す。


 それに加え、ゴッドドレスによる加速があれば、ファンたちの目を欺ける。


 次の瞬間――俺は最短距離でハリボテの胴体へ蹴りを叩き込んだ。


 ゴッ!!!

 という鈍い音が、少し遅れてついてくる。


「……ばにーきっく」


 完全に棒読みのセリフの後……

 巨大なハリボテはくの字に折れ曲がり、はるか後方の壁まで吹っ飛んで激突し、木っ端微塵になった。


「…………」

「…………」


 会場が、水を打ったように静まり返る。

 フィエルでさえ、マイクを握ったまま固まっていた。


 やがて、一人のファンがぽつりと呟いた。


「……か、神技……!」


 その一言を皮切りに、静寂は爆発的な歓声へと変わった。


「すげえええええ!」

「何だ今の!」


 ゴッズ・グラムの通知音が、会場のあちこちで鳴り響いている。


「見ましたか、皆さん! 残念ながら私には速すぎて見えませんでしたけど、後でカメラのスローモーションを確認してみましょう! いやはやルカ様、速すぎます! 速すぎて見えない! でもそこが凄い!」


 フィエルは満面の笑みでガッツポーズを作り、俺に向けて片目を瞑って見せる。


「素晴らしい威力でしたわ……! ですが、ルカ様の魅力はそれだけではございません」


 すかさずクロエがマイクを奪い、流れを修正する。


「続きまして、この方にご登場いただきましょう。王国騎士団長、ジーク様です!」


 クロエの紹介と共に、凛々しい甲冑に身を包んだジークがステージに現れると、会場は再びどよめきに包まれた。

 ジークとのコラボ動画が炎上してまだ日が浅い。ファンたちの記憶にもまだあの時の炎上が鮮明に残っているはずだ。


「ルカ殿。本日はお招きいただき、光栄の至りだ」


 ジークは俺に向かって騎士の礼をすると、民衆に向き直った。


「皆も知っての通り、私は先日、ルカ殿と剣を交えた。その圧倒的な実力は、我が騎士団が保証しよう。彼女こそ、この国を、ひいては世界を救う真の聖女であると!」


 騎士団長による、公式の「お墨付き」。


 これは、フィエルが狙う一過性のバズとは質の違う、重みのある価値を生み出す。クロエの狙い通り、会場の空気は熱狂から、聖女を讃える荘厳なものへと変化していた。


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