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あっあっゴッズ・グラムが燃えてます

 オークの巣窟と化した洞窟は、主を失い静まり返っていた。

 俺たちは後処理もそこそこに、忌々しい場所から撤退する。


 森を抜け、街の明かりが見えてきたところで、ジークが足を止めた。


「……完敗だった」


 夕闇に染まる横顔で、彼女はぽつりと呟く。


「私は王国最強などと呼ばれ、少し自惚れていたようだ。ルカ、貴様のあの蹴り技……見事だった」


 悔しさと、それ以上の何か清々しいものが入り混じったような表情。

 彼女はそれだけ言うと、俺たちに背を向けて騎士団の詰め所がある方角へと歩き去っていった。


「ツンデレ女騎士との友情フラグ、バッチリ撮れてますよ」などと茶化してくるかと思ったが、隣を飛ぶフィエルは驚くほど静かだった。


 宿への帰り道、そして部屋に戻ってからも、フィエルの口数は不自然なほどに少ない。

 いつもなら目を輝かせながら、「ルカ、ルカ、見てください!」と嬉しそうにはしゃぐものだが……。


 別にそれが見れないから寂しいとかではないんだが、何か物足りないような……。


 そんなことを考えていると、ベッドの端に腰掛けたフィエルが、ふいに口を開いた。


「ルカ……」


 か細く震えた、今にも泣きだしそうなほど儚い声だった。


「どうした。らしくないな」


「ごめんなさい……。これを見てください……」


 しょんぼりと肩を落としたフィエルが、そっとスマホの画面を俺に見せる。

 そこには、いつも通り大量のコメントが届いていた。


 だが、その雰囲気は明らかにいつもと違っていた。

 それは『【悲報】~』といったネタ交じりの賞賛や、好意的な投げ銭の通知ではなかった。


『ただの目立ちたがり屋かよ』

『ジーク団長を利用して売名とか最低だな』

『ジーク様に恥かかせんな。こんなのが女神の使徒? 笑わせる』

『バニー姿で戦うとか頭おかしいんじゃないの? ましてジーク様にまで強制させるなんて何様のつもり? 不愉快。死んでどうぞ』


 意味が分かりにくいどころか、あまりにも分かりやすい、剥き出しの悪意に満ちた言葉の刃。


「炎上したか」


「ごめんなさい……! 私が調子に乗ってジークとのコラボなんて企画したせいです。そのせいでルカが……!」


「気にするな。SNSなんだから、炎上なんて日常茶飯事だろ」


「でも……!」


 フィエルは次々と届くアンチコメントを、悲しみに満ちた瞳で見つめている。

 その小さな背中が、小刻みに震えていた。


「もう画面を見るな」


 俺はフィエルの手から、そっとスマホを奪い取る。

 彼女は画面の消えた指先を、ただ呆然と見つめるだけだった。


「これまでの人生、俺はずっと孤独に生きてきた。だから、こういう時にどうすれば良いのか、正直よく分からない。だが……」


 俺は言葉を区切り、小刻みに揺れるフィエルの隣に腰を下ろす。


「お前がそんな顔をしてるのは、見たくない」


 そっと、震える背中をさすってやる。

 肩甲骨の辺りから生えた小さな翼が、指先にふわふわと触れた。


「……どうして、怒らないんですか。私のせいで、ルカがこんなに悪く言われてるんですよ」


「怒る理由がない。フィエルはバズらせようとしただけで、炎上させたかったわけじゃないだろ」


 俺は淡々と続ける。


「それに、俺は見ず知らずの他人にどう思われようと、別に構わん」


 俺はただカメラの向こうで戦ったり、ポーズを撮っているだけで、動画へのコメントも、フィエルが見せてこない限り見ることもない。


 だが、応援コメントが届くたびに目をキラキラと輝かせていたこの天使が、あの悪意に満ちたコメントを見てどう感じたのかは、想像に難くなかった。


 しばらく無言で背中をさすっていると、フィエルがこてん、と俺の肩に頭を預けてきた。


「ルカ……。今日は少しだけ、甘えても良いですか」


「まるでいつもは甘えてないみたいな言い方だな」


「む……! 私がいつルカに甘えましたか」


 弱々しいながらも、いつもの調子で抗議してくる。

 ぷくっと膨らんだ頬を、俺は指で軽くつねった。


「いつも甘えてるだろ」


「甘えてません。いつものは、じゃれてるだけです」


「じゃあ、甘えるとどうなるんだ」


 するとフィエルは、俺の体にぎゅっと腕を回してきた。


「ルカが、ぬいぐるみの気持ちを理解できるに違いありません」


 月明かりが窓から差し込む。

 その光の中で、俺は少し戸惑いながらも、その小さな温もりを静かに受け止めていた。

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