☆元オーク将軍ゴルゾック☆
洞窟の奥から新たな咆哮が響き渡った。
地響きと共に、先ほどのオークたちとは比較にならないほどの巨大な影が姿を現す。
「グオオオオオ! 何奴ダ! 俺様ノ縄張リデ騒グノハ!」
現れたのは、身の丈3メートルはあろうかという巨大なオーク。
その顔には幾筋もの古傷が走り、両手には巨大な戦斧を握りしめている。
その威圧感は、まさしく巣の主。
「出ましたね、本日のメインターゲット! 視聴者の皆さん、お待たせしました! 彼こそ正しく、元オーク将軍ゴルゾック氏に違いありません! 対するは美少女バニーガールのお二人! まずは『物理言語』にて語り合ってもらいましょう!」
フィエルが興奮気味にスマホを構え直す。
ゴルゾック(?)は俺たち、特にバニー姿のジークと俺を値踏みするように見ると、下品な笑みを浮かべた。
「グヒヒ……ウサギノ女ガ二匹カ。今日ノ晩飯ハ豪華ニナリソウダ」
「インタビューの時間だ。元将軍ゴルゾック、貴様には言いたいことが山ほどある」
根が真面目なのかもしれない。
フィエルが思いつきで作ったであろう設定を、忠実に守ろうとするジーク。
彼女はゴルゾックの殺気に臆することなく、一歩前に出る。
その瞳は真剣そのものだ。
「まずは一つ、その下品な笑みをやめろ。万死に値する」
「アァ?」
「二つ、我々の『文化交流』の申し出を快く受け入れろ。拒否権はない」
ジークの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ゴルゾックの戦斧が凄まじい風切り音と共に振り下ろされた。
だが、ジークはそれを最小限の動きで回避。懐に飛び込むと、神速の剣を振り抜く。
ガキンッ!
鋭い金属音が響くが、ゴルゾックはよろめきこそすれ、倒れない。
「効カヌワ、小娘!」
ゴルゾックが吠え、もう片方の斧を横薙ぎに振るう。
ジークは後方へ跳んでそれを躱すが、彼女の頬を浅く切り裂き、赤い線が走った。
「ジーク!」
「くっ……。こんな靴では思うように踏み込めん……!」
続くゴルゾックの猛撃を剣で受けるジーク。
だがじりじりと追い詰められていく。
「これは……! ジーク団長、防戦一方です! 元オーク将軍ゴルゾック氏が下卑た笑みを浮かべます!」
上段からの斧の打ち下ろしを、剣でいなした瞬間。
ポキッ。と、ハイヒールのかかとから嫌な音が響いたかと思うと、ジークが大きく体勢を崩した。
「シネェ!」
ゴルゾックの巨斧が、無防備なジークめがけて振り下ろされる。
「おーっと! ジーク団長、絶体絶命! やはり女騎士はオークに勝てない運命なのでしょうか!」
……クソ。フィエルのふざけた実況のせいで調子が狂う。
敗色濃厚になるまで放っておくつもりはなかったのに。
俺は軸足を支点に、地を蹴る。
ジークとゴルゾックの間に滑り込むと、振り下ろされる斧の側面を、ハイヒールの踵で蹴り上げた。
ガギンッ!
「なっ!?」
けたたましい金属音と共に、巨大な斧の軌道がわずかに逸れ、ジークのすぐ横の地面を砕いた。
「な、なんですとーっ!? ルカ様、なんと将軍の斧を蹴りで受け止めました! いや、蹴り上げました! 皆さん、見ましたか今の足技! あの細いハイヒールにどれほどの力が込められているというのか!」
フィエルの興奮した実況を背に、俺はゴルゾックと対峙する。
「小賢シイ真似ヲ……!」
ゴルゾックが怒りに顔を歪ませ、二本の斧をがむしゃらに振り回す。
だが、その大振りな攻撃は俺の目にあまりにも遅く見えた。
「おおっと! 始まりました、ルカ様の独壇場! 見てください、この華麗な身のこなし! 敵の攻撃を紙一重でかわし、舞うように反撃する姿! バニースーツの伸縮性が彼女の身体能力を最大限に引き出しています! ぴっちりした衣装だからこそ映える肉体の躍動! 蹴り技の度に破れそうで破れない網タイツ! これぞ『映える』戦闘です!」
体をかがめて斧を避け、身を翻して回し蹴りを叩き込む。
網タイツに包まれた脚が、オークの分厚い装甲を的確にへこませていく。
「グッ……グガッ……!」
ゴルゾックが苦悶の声を上げる。
巨体を持て余し、俺のスピードに全くついてこられていない。
俺は一気に距離を詰めると、ゴルゾックの膝を踏み台にして高く跳躍した。
「おーっと! ルカ様、これはまさか幻の……!」
フィエルの絶叫が、合図だった。
俺の右足、そのハイヒールの踵に、眩い光がウサギの形となって集束していく。
無防備なゴルゾックの頭頂部めがけて、全体重を乗せたかかと落としを叩き込んだ。
「出ましたー! バニーコーデでしか出すことの出来ない必殺技! 着衣神装の幻の機能『バニーキック』が今、炸裂しました!」
ズガァァァンッ!
耳をつんざく轟音と共に、ゴルゾックの巨体は一瞬にして地面にめり込み、そのまま動かなくなった。
「き、決まったーーーっ! 必殺のバニーキック! これぞ究極の『物理言語』! 圧倒的勝利! 神回確定です! 皆さん、今の伝説の瞬間、切り抜き動画の準備はいいですか!?」
フィエルが端末を掲げながらおおはしゃぎしている。
一方、助けられたジークは、ただ呆然と俺の姿を見つめていた。
その視線は、俺の赤いバニースーツと、今しがたオークを沈めたハイヒールに注がれている。
「……ったく、うるさい実況だったな」
「ルカ……。今の蹴り技は……。その格好でしか使えぬ、のか……? ……恐るべき解釈一致だ」
疲労感と共に悪態をつく俺の耳に、ジークの震える声が届いた。
解釈一致。その言葉の意味は、やっぱり分からなかった。




