侍女メツィアの数奇なる運命
侍女メツィアの数奇なる人生
メツィアは、ラングレー伯爵家の長女として生まれた。
上に兄が二人、下に妹と弟という子沢山の家系で、乳母や家庭教師に世話をされながら、淑女として育ったのである。
母は社交に勤しみ、父は領地を兄弟に任せて王城へ出仕していた。
家には兄弟姉妹がいて寂しくはなかったが、親の愛に飢えていたのは皆同じだったように思う。
最初の不幸は何だったか。
大きな不幸と言えば、幼い頃から婚約していた伯爵令息からの婚約解消の申し出だったかもしれない。
彼は、著名な魔道具開発者として今も活躍している。
当時も研究の為に他国に渡りたいから、と弟に家督を譲ることにしたのだ。
メツィアは彼の魔道具に懸ける情熱を知っていたから、止めなかった。
けれど、他国へ付いて行くかと問われれば、否と言うしかない。
父が許さないのは分かり切っていたからだ。
伯爵としての父は貴族同士の結婚に拘っていたし、兄と弟にもしっかり婿入り先を決めてくるくらい固執していた。
故に、許さぬだろう、という予想は当たり、彼との婚約は少しばかりの慰謝料を戴く形で解消されている。
けれど、時期が悪かった。
学園も卒業しようという段階での申し出だったために、良縁はほとんど残っていない。
貴族とはいえ、性格や態度に難ありの人物や、そもそも結婚をまだ考えていないという人々ばかり。
躍起になった父が持ってきたのは、前者である。
性に奔放な侯爵令息のフーリガン・モルスであった。
彼は既に、不貞を理由に婚約が解消になった前科があり、それ以来婚約者を持っていなかったのだ。
まだ遊び足りないから、などと嘯いて、玉の輿を夢見る低位貴族の令嬢や、平民の女性達に手を出しては泣かせていた。
さすがに侯爵も、今回の縁は纏めたいらしく、厳しくフーリガンを叱ったという。
「そろそろ私も年貢の納め時という奴かも知れんな」
「左様でございますか」
軽薄そうにそう言うフーリガンに、嫌悪しか涌かずに、ただ相槌を打つ事しかメツィアには出来なかった。
ふん、と鼻を鳴らしてつまらなそうに横を向く姿も大人気ない。
メツィアは勿論気が進まなかったが、だからと言って断れる縁ではなかった。
この話から逃れたとしても、もっと別の腐った縁を押し付けてくるのも明らかだ。
子供の幸せを願ってなどと言う父は、その実子供の幸せなんて考えていない。
子供という駒を有効活用する事しか考えていないからだ。
目の前の男、フーリガンは確かに見目は良い。
金に近い明るい茶の髪に、優し気な緑の瞳は少し垂れていて。
笑うと人懐こい風に見えるのが、甘い顔と評されている。
羨ましい、などと言う人もいたが、それは見た目だけの話で、結婚生活は不幸になるだろうなという予想はついていた。
遠回しな嫌味である。
仲の良い友人達は心配してくれたが、メツィアは父に逆らう事など考えられなかったのだ。
女官や侍女になって、王宮へ上がって一人で暮らしていく方もいるのよ、などと教えられもしたが、父の庇護下にあっては許されない事だったのである。
それに、家の利を考えると、事業提携などなくても、貴族家同士の縁を結んだ方が良いという理由も有る。
婚約をしてから、卒業まで半年。
その間にフーリガンは侯爵家の教育を厳しく行われた。
不貞をして婚約解消になどなったら、今度こそ廃嫡だと侯爵に言われて、渋々従ったのである。
時を同じくして、メツィアも侯爵夫人から次期夫人としての振る舞いや采配について学ぶ。
厳しくても、メツィアにとって実りある時間を得て、次第に侯爵夫人とも打ち解けていった。
兄に嫁いできた義理の姉や、妹と離れるのは寂しかったが、父と母に対する別れの寂しさはない。
結婚式は晴れやかな気持ち、とはいかなかったが、義父母は良い方達なのだから恵まれている方だ。
薄化粧を施されたメツィアを、フーリガンは満足そうに見遣った。
奔放に遊んできてからの、半年の禁欲が漸く解放されるのが嬉しいのだろう。
メツィアは一人になった途端溜息を抑えきれなかった。
「妻は夫の遊びに目を瞑るものだ」
「突然何を仰るの」
無事に結婚式を終え、宴を終え、夫婦の寝室での一言目がそれか、とメツィアは呆れた目を向けた。
「君も妻になったのだから、今後は私の遊びに口を出すなと言っている」
「左様でございますか。では、わたくしに子を授けて頂きましたら、閨のお相手はその御方達にお譲り致しますね」
暗に、遊びを認める代わりに自分に触れるなと言っているのだ。
まさか、そんな事を言われると思っていなかったフーリガンは一瞬固まった。
「そう強がるな。後から抱いてほしくなるかもしれないんだからな」
「強がりではなく、自衛でございますわ。貴方がどなたかに病気を貰って移されるのは嫌でございますもの。子を授けるまでは遊びはお控えください。でなければ、お義父様に本日の宣言ごとお伝えいたします」
侯爵である父に言いつけられたら困るフーリガンは不承不承頷いた。
つまらぬ妻一人に縛られるよりは、子供を授けて他所で遊んだ方が良いと思ったのだろう。
三月も経たずに、子供を授かった事を知り、メツィアは侯爵家の侍医にかかり確認した。
義両親とフーリガンは歓び、祝いの席も設けられたのである。
兄弟姉妹や親も招待され、結婚式よりも幸せだったかもしれない。
フーリガンの事は愛していなかったし、これからも愛せる自信はなかったが、お腹に宿る子は違う。
沢山愛して傍にいよう、とメツィアは柔らかく微笑んだ。
そして早速、フーリガンはその日の夜に訊ねて来た。
「お前の要望通り子は授けた。これで私が遊んでも文句は言うまい」
「ええ、勿論でございますわ、旦那様。けれど、お義父様とお義母様の目も御座いますから、あからさまな朝帰りなどして注意を受けるのは自己責任でお願い致しますね」
「可愛げのない女だ。泣いて縋れば良いものを」
吐き捨てるように苛々と言うフーリガンの目に憎しみが宿っている。
求められて当然、愛されて当然という傲慢さから、フーリガンが幾ら冷たく杜撰に扱おうとも、女は自分を求めるのだと思い込んでいるのだ。
だから、靡かないメツィアが許せない。
メツィアもそんな事の為に心を砕くのは嫌だった。
矜持ではなく、今はそんな事よりも子供と家の事に集中したいのだ。
夫の世話をしてくれる女性がいるのなら、閨の相手をせずに済む分有難い。
「可愛げのある女性は沢山おりますから、どうぞ楽しんでいらしてくださいませ」
フーリガンは怒りを隠さぬ表情のまま、荒い足音を立てて寝室を出て行った。
こうなると、夫婦の寝室はもう必要が無く、生まれてくる赤ん坊と自分が穏やかに過ごせる部屋が必要だわ、とメツィアは思い浮かべた。
それは大変ながらも楽しい日々になるだろう。
第二子はどうするか分からないが、それはその時がきたらまた考えればいいのだ。
翌日から、侯爵夫人に許可をとり、余っている部屋を一つ貰い改装を始める。
待望の孫を宿すメツィアを、侯爵夫妻はとても大切に扱った。
過ごしやすいように部屋を整えるよう、二人からも資金を貰って。
夫であるフーリガンが不在でも、何も言われることは無く、それが逆に癇に障ったのかもしれない。
彼は派手に遊び始めた。
それがどんな噂を生むかも知らずに。
大変な出産を終え、メツィアは満ち足りた日々を過ごしていた。
侯爵夫妻は何くれとなく母子の様子を見に来ては、赤子をあやしたり、眺めたりしている。
乳母は付けられていたが、出来るだけメツィアは手ずから育てたいと言い、乳母はその補助として側に控えていた。
メツィアは我が子をとても愛していた。
義父がつけた名はローガン。
赤子特有の膨らんだ頬は柔らかくて、小さい手も可愛らしくて。
あの男の子供とは思えない程愛らしくて。
メツィアは目にするたびに心が溶かされてしまうようだった。
夫のフーリガンは子供に興味がない様子で、ごくたまに顔を見に来るが、それだけ。
でも、それで良かった。
だが或る日、侯爵夫妻が領地へ旅立った後で、大事な書類を忘れたから王城へ届けるよう言われて、メツィア以外の人間に預ける訳には行かないと指名され、仕方なくメツィアは書類を持って王城へ向かった。
ローガンから離れたくはなかったが、乳母に後を任せて。
そして、その後悲劇が起きた。
帰ったら、乳母が真っ青な顔で待っていて、こう言った。
「お坊ちゃまが、息を、しておりません」
「何故!……だってさっきまであんなに元気に、……どうして!」
メツィアが半狂乱になって叫ぶも、乳母は分かりませんとくりかえすばかり。
我が子はまるで寝ているかのようで……でも息をしていない。
抱き上げても、あの小さな太陽のような熱は無いのだ。
メツィアはそのまま涙を流して抱き続けた。
王城へ出された遣いは、そのままフーリガンを伴って帰って来たが、蒼い顔をしていた夫は何も言わずに立ち尽くしている。
漸くかけた言葉は、あり得ないものだった。
「また、作ればいいじゃないか」
肩に置かれた手のぬくもりさえ厭わしくて、メツィアはその手を振り払った。
作る事しか興味が無い癖に、この子はもう戻っては来ないのに。
錯乱していたメツィアは確かそんな事を口走った、としか記憶していない。
その後、フーリガンに殴打されたからだ。
赤子を抱えたままのメツィアを殴ったフーリガンを、執事と従僕が慌てて止めに入った。
髪を乱し、口から血を流しながらも、メツィアはフーリガンを睨む。
「お前が殺したんだ!お前がちゃんとしないから死んだ!お前が母親だったから、嫌だったんだろう!!」
今一番聞きたくない言葉を言われ、メツィアは赤子に視線を落として涙を零した。
「ごめんね、坊や、ごめんね……」
流石の酷い言葉に、執事は押し殺した声でフーリガンに言った。
「この事は旦那様に報告させて頂きます」
「勝手にしろっ!」
領地から帰った夫妻は、腫らして変色した頬の嫁と、安らかな顔で死んでいる孫に涙して、小さな墓をたてて静かな葬式を執り行った。
療養という名目で実家に返されたメツィアは、兄と義姉に見守られながらぼんやりと過ごす。
侯爵から提示されたのは、フーリガン有責での離婚で、慰謝料も払われるという事だった。
妻であっても酷い怪我を負わせたこと、子供の死は偶然で、メツィアに罪はない事を理由に。
メツィアはそれを受け入れた。
侯爵夫妻は実の両親よりも好きだったが、フーリガンと同じ屋根の下で暮らすのは無理だ。
だが一月もしない内に、また父から縁談を勧められるに至って、メツィアが実家を出ようと思っていた。
その矢先に、訪問者があったのである。
メツィアの不在時に赤子と居た乳母だった。
申し訳なさそうに太い身体を縮こまらせた乳母は、話し始める。
「実は、あの日、あたしも少しだけ席を外したんです。廊下に居た侍女さんに頼んで、お坊ちゃまのお気に入りのお飲み物を取りに……でも侍女さんは廊下に居たままで、部屋から出てきたのは小間使いだったんです。彼女が新しい再婚相手だって聞いて、あたし……黙ってたらいけないって……」
「男爵令嬢の、ルーシー・ハザンかしら……?」
「ええそうです、そして部屋に戻ったら、もう……あたしが悪いんです、奥様は何も悪くないのに、言えなくて……仕事が来なくなってしまったらと思うと……でも、あたしが今言わなきゃ、もっと悪い事になるって……」
泣きながら言う乳母は、とてつもなく勇気がいっただろう。
黙っていれば、もう掘り返される事のない罪だ。
でもその隠し事は、彼女の良心を蝕む病となる。
「よく言ってくれましたね。もし、裁判になったりしたら、証言をしてくださる?」
「はい。何処にでも、誰にでも胸を張って言えます」
「貴方の為に、なるべく手を借りないで済む決着をつけますわ。有難う」
侯爵家からは慰謝料の他に見舞金も戴いていた。
全てが終わったら、乳母にも報酬を与えようと思いながら、メツィアは復讐を決意したのである。
リンドワース王国には、魔女がいる。
幾千年も生きるという魔女は、魔法と呪いの使い手だ。
メツィアは馬車を乗り継いで、十日もかけて辺境の森へと辿り着いた。
生きる気力すら失くしていたというのに、復讐というものはその活力を与えるのだから不思議である。
黒羊の森と呼ばれる、魔女の住む森に足を踏み入り、暫く歩くとふわふわと光る虫のようなものが宙に彷徨っていた。
案内をするようなそれに続いて歩いて行くと、開けた場所に一軒の家が建っている。
扉を叩くと、中から落ち着いた女性の声がした。
「お入り」
「偉大なる北の魔女様。本日はお願いがあって罷り越しました」
「長くなりそうだね、座ると良い」
そして、メツィアは北の魔女と契約を結んだのである。
とある夜会、再婚をしたフーリガンとルーシーは派手な出で立ちで賑やかに過ごしていた。
高位貴族達には相手にされない集団である。
妻の妊娠中にも遊び歩いていた男が、最後に捕まえたのが低位貴族の令嬢とあって、侯爵夫妻も苦い顔を隠さない。
そこに、黒い衣装を喪服のように纏ったメツィアが現れた。
銀の髪は結い上げ、深い森の様な緑の瞳を輝かせたメツィアは、楚々としながらも美しい。
思わず、フーリガンも一瞬その姿に見惚れる程だった。
学生時代は夜会に出ることも無く、結婚してからも出産と子育てに追われ、衣装姿を見たのは花嫁衣裳くらいだったのだ。
「何だ、あいつ。隠してやがったのか」
「お前は別れたんだろ、俺が口説くよ」
「いいな。上玉じゃないか」
下品だが、元妻を誉める言葉にフーリガンはいい気分になる。
望むのならまた、子種をくれてやってもいい、と。
メツィアは侯爵夫妻に何ごとかを話し、侯爵夫妻は殺しそうな目をフーリガンに向けた。
それが何なのかは分からないが、やがてメツィアが静かに微笑みを湛えたまま、ルーシーとフーリガンの元へと歩いてくる。
ルーシーはメツィアよりも年下で、豊満な身体を惜しげもなく晒す赤い衣装を着ていた。
下品だと揶揄されても、男の本能を擽るその姿はフーリガンの好みである。
だが、今宵はメツィアの隠された美しさの方が何故か眩しく感じた。
「何だ?俺はもう再婚したぞ。抱いてやらんことも無いけどな」
「ちょっと、何言ってるのよ。私が妻でしょう」
「怒るなよ。お前は妻なんだから、どんと構えてりゃいいんだ。男は浮気するものだ」
相変わらずの暴論に、メツィアの視線は冷たくなる。
が、話はその事ではない。
「わたくしの子を殺して得た座はそんなに座り心地が宜しいですか?」
メツィアの言葉に、小さく騒めいていた会場が水を打ったように静かになった。
「何を言い出すんだ、メツィア…」
慌てた様に、蒼い顔でフーリガンが止めに入る。
だが、メツィアは一瞥もせずに、ルーシーを見つめていた。
「色々な方に話を聞きましたの。坊やが死ぬ直前に部屋から貴女が出て来たと、聞きましたわ」
「はっ。それは私が出て来た後、死んだだけでしょう?殺したって証拠はあるの?」
「ございませんわ」
「なら、冤罪よ、冤罪、言いがかりだわ!」
証拠はないと言った途端、強気に応じたルーシーにフーリガンが安堵した様子になるのを見て、メツィアはにこりと微笑んで続けた。
「冤罪かどうか、この先何年もかけて証明してくださいませね」
「……は?どういう事よ」
「魔女様に呪をかけて頂いたの。もし貴女が赤子を手に掛けるような冷酷な殺人鬼だとしたら、貴方の元に生まれてくる子供が可哀想でしょう?だから、罪を犯していたら子が生まれないように、呪をかけてもらったのです」
冤罪かどうか、水掛け論にしないために打った手である。
状況証拠は犯罪だと示していても、それだけで罪には問えないのだ。
でもそれが防ぎようのない呪なら、話は別。
「……え、……そんなの……魔女なんて嘘に決まってるじゃない。お伽噺でしょ?」
「いいえ。そう思いたいのなら、どうぞ」
「石女だったら、離婚だな」
まるで他人事のようにルーシーに言ったフーリガンに向けて、メツィアは続けて言った。
「あの日、何故か私を指名して用事を言いつけましたわね?もし、貴方も我が子を殺す事に加担したのなら、同じように呪にかかっておりますわ。良かったですわね。これで幾らでも他の畑に種を蒔いても、芽は出ませんもの。自由に遊ぶ事が出来ましてよ」
途端にフーリガンはみるみる蒼くなった。
「俺は知らなかったんだ!……いや、違う、用事は、本当に用事で……」
それは本当かもしれないけれど、知らぬ間に片棒を担いでいたのだ。
それなのに、自分の罪悪感を消したいがために、メツィアが殺したと詰ったのである。
「わたくしが殺した、と仰いましたわね?殺したのは貴方がた二人ではないですか。お二人に御子が出来たら、わたくしもあれは、自然死だったと、偶然だと知れて安心いたしますわ。せいぜい頑張ってくださいませ」
未だに怒りが抑えきれない。
もっと酷い方法で自らの手を汚して、殺したくなる。
でも、それは許されない。
魔女との契約に縛られているからだ。
それに、殺してしまっては一瞬で罰が終わってしまう。
子が持てないことを知れば、渇望するのがこの手の人間だ。
絶対に得られないと知りながら、朽ちていく方が良い。
「では、御機嫌よう」
メツィアは蒼い顔をして呆けたままの二人に背を向けて会場から歩き去って行く。
家を出ようと思っていたメツィアにとって、魔女との契約は渡りに船であった。
荷物を準備していると、父が慌てて現れて言う。
「何処へ行く。縁談をまとめてきたというのに」
「お父様、お父様の見つけて下さった縁のお陰でわたくしはローガンという可愛い坊やに出会えたことを感謝しておりますの。でも、あの子は殺されましたわ。子を作るだけ作って、縁談に向かわせる事しか興味のないお父様にはこの苦しみは分かりませんか」
感謝されているとばかり思っていた伯爵は呆然とメツィアを見た。
もう、一度結婚した身であり、自由になった娘の正直な言葉だ。
「結婚の際にも言いましたが、他人に預けっ放しとはいえ、育てて頂いた恩はございます。恩はもう返せたと思うので、今後はご心配なく」
赤子のローガンが殺された事も知らなかったし、傷つけられた娘の頬を目の当たりにして、衝撃は受けた。
だからこそ、良縁をと探してきたのだが、やる気を失っていた娘はもう自分の道を決めた様な目をして家を出る準備をしている。
「……そうか、済まなかった。困った事があったら、帰ってくると良い。兄も義姉もそう言うだろう」
「……わたくしも言葉が過ぎたようでございます。どうぞ、お父様もお元気で」
父の言葉を聞いて、メツィアは言い過ぎた事を謝った。
利の為だけだったなら、出て行く事も許さなかっただろうし、二度と帰るなと言ったに違いない。
彼は彼なりに、子供達の幸せを考えていたのだと、今更ながらに知ったのだ。
それが子供の意に染まぬ結婚だとしても。
悪意を持って子を殺すような人間と比べてはいけないのだが、彼らの様な人間に比べれば父も母も悪い親とは言い切れない。
準備を終えると、兄や義姉にも挨拶をして屋敷を出る。
屋敷の前庭には、公爵家の迎えの馬車が停まっていた。
魔女がメツィアに要求した対価は、彼女が護りたいと思う赤子の世話だ。
一生をかけて、守り抜く事。
自分の子供をもう持ちたくなかった。
結婚ももうしたくないメツィアにとって、素晴らしい条件だったのだ。
ハルヴィア公爵家に嫁いだ、アマリリスはメツィアの友人の一人でもある。
ヘイルワース王国の侯爵家の出である彼女は、幼い頃に出会ったハルヴィア公爵の元へと嫁いだ。
婚約期間から、リンドワース王国に移り住んで、学園にも通っていたのである。
生まれた子はリリアヴェルと名付けられた、桃色の髪に金の瞳の美しい赤子だった。
自分の子はあの子一人でいい、と思っていても、やはり幼い子の熱と重さを腕に感じると涙が零れる。
懐かしさと、申し訳なさと、愛しさと、綯い交ぜになった感情が涙になって、滴り落ちた。
「わたくしで宜しかったのですか?アマリリス様」
「魔女様に伝えられた時は驚いたけれど、ええ、貴女が良いわ。乳母が不要になったら侍女になって、リリをずっと見守って貰えるかしら」
「ええ、喜んで」
それから、ずっと。
成長するリリアヴェルを見て、メツィアは幸せに過ごした。
リリアヴェルを杜撰に扱う糞王子に殺意が涌くようになるのは、大分先の事である。
本来なら番外編にしたいところですが、全然テイストが違うので短編として投稿しました。
ちなみにフーリガン夫妻は、この後すぐ廃嫡されて侯爵家から追い出されて平民になります。二人は喧嘩しながら自滅していくことでしょう。侯爵夫妻は新たな次期当主を血筋から迎えました。
メツィアは坊やの事を時々思い出しつつ、リリアヴェルの幸せのために献身しながら生きていきます。




