第34話 絶体絶命
「ふー、ふー、消えやがったな………」
血だらけの氷雨はニヤッと笑みを浮かべ、フロストヴェールを解いて、その凍気を右腕に集中させると足を踏み込んでトロールアームを振り抜いた。
バグシャンッ!!
貫地が操るアーキノイドの頭がコアごと粉々に吹っ飛んだ。
アーキノイドは両膝をついて腕をだらりと垂れたまま動かなくなった。
陽がその隙に拳を繰り出すが先程までと違い、氷雨はヒラリとかわしながら電磁バリアの上から重い連打を陽に叩き込む。
そして、耐えきれずに倒れそうになった陽の首を掴んでそのまま地面に叩きつけ抑え込んだ。辺りの冷気が一段と強くなった。
バリアの上から強引に凍結させるつもりだ。
「残念だったな。ふんっ!」
バキキキッ!
電磁バリアがバチバチと音を立てながら陽が凍っていく。
その時、急に凍結が止まった。
氷雨の左胸から円錐状の赤く高熱を帯びた大きなトゲが突き出した。
首のない貫地が後ろから氷雨を羽交い締めにしている。
トゲは貫地の胸から出現したものだった。氷雨が青い血を吐いた。
「ゴハッ! なぜ………!? 頭ごとコアを吹っ飛ばしたのに………そう、か、ただのアーキノイドじゃなかったか………こいつは転送系。さっき破壊したのはダミーのコアか………」
氷雨が言うとおり転送系の貫地に操られたアーキノイドはコアを持たない。
そのため、頭を破壊されようといつまでも動かせるのだ。
さっき停止したのはわざとだった。
氷雨は膝をつきながらもアーキノイドの両腕を掴むと引きちぎり、倒れ込んだアーキノイドに手刀を入れた。
バキキキッと音を立ててアーキノイドが凍結し、手刀を抜くと同時に粉々に崩れさった。
「グハッ! ぐぐっ、クソがぁっ!」
氷雨がまた血を吐く。地面に片手をついて苦しそうに呼吸をしながら自己再生にデバイス機能を全振りしているようだ。
しかし、今回は桁違いの自己再生はせず、まだ動ける状態ではない。
おそらく心臓にダメージが及んだのだろう。
仕留めるには今しかない。
電磁バリアもほとんど昨日しなくなり、倒れたまま半分以上凍っている陽は、震える手で腰のポケットから小さなカプセル錠剤を取り出して飲み込んだ。
『ブースター』だ。
ブースターとは、言ってみれば中毒性の非常に高いドーピングのことだ。
通常、ブースターを使用すると限界以上の力を得る引き換えに肉体の損傷と激しい依存症状を伴う。これは誰も逃れることはできず破滅の道を辿る。
しかし、陽が飲み込んだブースターは、引き出される力こそ半減するものの、これら副作用をギリギリまで抑えられるよう改良したものだ。
ただし、これですら二度使えば命の保証はない。
飲み込むとすぐにあぶら汗がどっと溢れ出し、全身がガクガクと激しく震えだす。
「ぐぬぬぅーおおおおああーっ!!」
立ち上がった陽の体から赤黒い湯気が立ち昇る。
体表の毛細血管が破れて噴出しているのだ。
抑えきれない力に飲み込まれまいと、ギリリッと歯を食いしばる。
陽の両手の上では、ギュルルルッ! と音を立てて高圧縮バリアが作られていく。
さっき飛ばしていたものより遥かに小さく極限まで圧縮されている。
ブースト状態だからこそ成し得る技だ。
物理的に地球上でこの高圧縮バリアに耐えられる物質はない。
− − −氷雨の胸に開いた穴が閉じた。
間に合うか………
陽は飛び出し、両手の高圧縮電磁バリアを氷雨に叩き込む。
スパンッ!!
切断音と共に何かが中を舞った………
陽の両手だ………
間に合わなかった………
動ける程度に再生した氷雨の方が一手早かった。
陽の電磁バリアが届く前に、氷で腕を鋭利な手刀に変え、陽の両手を切断したのだ。
更にそのまま陽の胸を貫くと凍結が始まった。
「ガフッ………おおおーっ!!」
ブースト状態で活性化している陽はそれでも抗う。血を吐きながらも胸に刺さった氷雨の手刀を手首のない腕で叩き折って薙ぎ払った。
しかしダメージはおおきく、今度は陽が両膝をついた。
「勝負有りだな……… 弱っちーのに俺をここまで追い込むとは」
「ガフッ………ヘヘッ、お前は確かに強い。だがその強さ故に常に油断があるようだな………」
「あんっ? 何が言いたい?」
「俺達の勝ちだってことさ。高圧縮電磁バリアの音を聞き漏らしてるだろ………」
氷雨はハッとその音に気付くと身構えた。
「もう遅い。
両手を切られて失敗した訳じゃない。
むしろ大成功なんだよ。
この技は二つのバリアが対になって距離を取ると、お互いが引力を発して引き寄せ合い、衝突して爆発を引き起こす。
対になっているバリアの中心にいる対象物は光の速さにも匹敵するこの攻撃を避けることはできないのさ」
氷雨がその場を飛び退こうとした瞬間、閃光が走り、電磁的な爆発音と共に煙が広がった。
バヂュンッ!
一瞬だった。
煙が晴れるとそこには右半身が吹き飛んだ氷雨が倒れていた。
「貫地には悪いが殺さないようになんて加減ができる相手じゃなかった……グフッ………俺も自己再生しないと………」
じゃりっ………
砂をかく音………
氷雨は生きていた。
「くっ……… これでも生きているとは、これがオーバーズ………」
氷雨の体が再生していく。
この状態でも陽の再生よりも速い。
もう打つ手はない………
終わりだ………
そう思った時、ダイスが陽の切れた手を持ってきた。
「陽さん、俺がやるよ。
手が繋がっても神経が再生するまで時間がかかり過ぎる。
俺が代わりに氷雨のガンマチップを破壊するから小型電磁パルスを渡してくれっ!」
「ダイス………貫地がさっきの話を俺に話す時、お前達のアウェイカーにも共有していたんだな。
しかし、危険すぎる、あんな状態でもまだ玄が解けていない。
に、逃げろ………
お前達では返り討ち………」
ダイスが遮った。
「逃げられやしない。
やらなければどっちにしろ全滅だ。
やるしかないんだっ!」
「むぅ………俺の腰に付いているケースの中だ。
すまない、頼んだぞっ」
ダイスは小型電磁パルスを取り出すと頷いて、すぐさま全力疾走した。
氷雨の吹き飛んだ体は驚異的な自己再生で形をほぼ戻したが、まだグジグジとして安定していない。
『今ならいけるっ!』
ダイスが氷雨のこめかみに小型電磁パルスを押し当てようとした瞬間、氷雨はガバっと状態を起こしダイスの腕を掴んだ。
バキキキッ!
あっという間に凍結していく。
その時、ズギャンッと風を切る音がして何かが飛んできた。
それは氷雨の腕を弾きダイスを解放した。
飛んできたのはスマの前腕だった。
見るとスマは前後に足を開いて態勢を低くし、その足は地面に食い込んでいる。
そして左手でもう片方の腕を支えてこちらに向けていた。
さながら台座に鎮座した大砲のようだった。
「ロケットパンチ。
まんま古いロボットヒーローみたいで好きな技じゃないけど破壊力は抜群だ。
ダイスっ! 凍ってないで気合い入れてけっ!」
半分以上凍っていたダイスはスマの声に反応し動き出した。
「おおおおおっーーー!」
氷雨はスマに氷で生成したクサビを飛ばした。
スマは足を食い込ませて体を固定していたため避けられず、胸にクサビを受けて倒れた。
氷雨は間髪入れずダイスに手刀を突き刺そうとする。
ダイスが氷雨のこめかみに手を伸ばす。
小型電磁パルスがパチンッと音を立てて光った………
その瞬間、ダイスの脳裏に幼い二人の兄弟の姿がフラッシュバックした。『誰だ!?』真一文字に口を結んだ兄は、泣いている弟を力強く抱き締めていた……
氷雨の記憶………?
………勝敗が決まった。
ダイスの方が一瞬だけ速く氷雨のガンマチップを破壊した。
手刀は届くことなく、氷雨の目から遂に青い光がフッと消え、ピタリと動かなくなった。
ダイスも倒れ込んだ。
誰も動かなくなった………
沈黙が流れる………
ほんの少しの時間が長く感じられる………
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