第2話 裏の顔
ここは『サンドラ』。
強力な電気を操るアーキノイド達が支配する10あるコロニーの一つだ。コロニーの中でもひときわ大きく、人間による反乱やアーキノイドの過剰な統治もないため比較的落ち着いている。
繁華街も充実しており、生活に必要な物はほとんど手に入る。
「いらっしゃいっ、らっしゃいっ! 今日もうめーパン売ってやるからドンドン買っていけよっ!!」
乱暴な掛け声で客に圧をかけているのは、繁華街からはかなり外れた場所にあるパン屋の店主、大柄で髭面の朱里 昴だ。
こんな調子だが味に定評があり、はるばる足を運ぶ者が多い人気店だ。
今日も客で賑わっている。
「ホント、いつものことだけど接客能力ゼロっすよねー朱里さん。
そのガタイとイカつい髭面からパンが量産されてるなんて、にわかに信じられないっすよ。よくそんなんで客が来るよなー。」
ブツブツ言いながら大昔のレジで客のパンを袋詰めしている若者は、ここで居候して働く堂寺 須磨。
スマは、幼いころに起きた淘汰戦争で家族を失い、生き抜く為とはいえ悪さばかりして荒れていた。
そんなある日に朱里と出会い、無理矢理改心させられた挙げ句に働かされている。
しかし、悪党時代に比べて衣食住も確保できるし、本人もまんざらではないようだ。
スマのボヤキを聞いた朱里が客の様子を全く気にも留めずにでかい声を張り上げる。
「ガハハハッ! パンと同じで、みんな俺の味わい深い魅力に取り憑かれてんだろうな。なぁお客さんよっ!」
唐突に客に同意を求めたが、皆、目を反らして聞いてない振りをした。
その様子を見て朱里は満足した。
「なっ! ほらなっ! スマも早く俺みたいになれよ。ウハハッ、無理か!」
「いやいや、どこをどう間違えてんすか? 朱里さん受け取り方に問題ありっすよ。」
「何言ってんだか若造めが。まぁいー、レイッ! レーイッ! パン無くなったぞ、さっさと持って来いっ!」
そう言って一人娘のレイを呼んだ。
誰にでも好かれそうな笑顔が印象的な天真爛漫な娘だ。お世辞にも朱里には似ても似つかない。
スマがここに居付いている大きな理由の一つでもある。
「レイならさっき『ダムド』とコロニーの外に出かけたみたいっすよ、夢で見たとか聞こえたとか、何かスピリチュアルなこと言ってたっけ?」
スマの相棒の『ダムド』はバイクタイプのアーキノイド。
現代のアーキノイドは、ほぼ全てガンマが支配するネットワークに繋がっているが、ダムドはそのネットワークに干渉されない数少ないスタンドアロンのアーキノイドだ。
昔はスマの父親が乗っていたらしいが、父親が亡くなってからはずっとスマと一緒にいる。
「何だとぉーーー!? またか、、、 あれほど行くなと言ってるのにどうして分からないんだ、まったく。コロニーの外でアーキノイドに見つかりゃ問答無用で攻撃されるってのに。
アイツがずっと探してる『エクスクルーダー』な、見つかるならとっくにガンマ共が見つけてるに決まってるだろ。
最終兵器エクスクルーダー、知りてーだろ? もういっぺん話してやるからよーく聞いとけよ!」
「ハイハイ、お願いしまーす。朱里さんが話したいだけっすよね。言ってもやめないんで何度でも聞きますよ。つーか俺もその瞬間よく覚えてるし。」
「おう! 何度でも話してやる、今日の客どももラッキーだったな、聞いてけっ! ウハハハッ!
時は淘汰戦争末期だ。アーキノイド共との泥沼試合。馬鹿な政府の奴らがてめーらの保身の為だけに核を使いやがった。おかげで地球はこの通りよ。
生き物もほとんどが死滅した。アーキノイドも、自滅とも思える一撃を食らって大打撃を受けた。人間がこれほど愚かだとは思わなかっただろうな。
だが、多少の打撃を受けただけで戦況はひっくり返らなかったのよ。
むしろ人間サイドは戦える奴がほとんど居なくなっちまった。
生き残った人間が絶望したその時だった。
一陣の風が吹いたと思ったら全世界のアーキノイド共が一斉に停止した。
どんな兵器だったのか誰が使ったのかすら分かってない代物よ。
これが最終兵器『エクスクルーダー』 べべんっ!!
これで人間の勝利かと思いきや、アーキノイドの親分ガンマが生き残っていて人間の逆転負け。
しぶといやろーだせまったく、、、
しかしこっから絶対に人間が挽回するはずだ!
絶対そうなる。
いいか、それまで頑張って今日もパンを売るぞ! 買ってけコノヤロー!」
「何だかんだ言って朱里さんもエクスクルーダーが何だか突き止めたいんすよね。
時々夜中に出て行って探してるの知ってますよ。
まぁそれがあればまた人間の時代が復活できるかもしれませんしね。」
「おー、バレてたか、まぁお前らよりは色々知ってるけどな。
逆にガンマが手に入れたらエライこっちゃ。
奴ら当時を知ってそうな『改造屋』の連中を片っ端から見つけ出してはとっ捕まえてるが、皆知らないだろうから殺され損だ。」
『改造屋』とは、アーキノイドとの戦いに耐えうる体にするための改造手術を施す店のことだ。
もちろんアーキノイドに見つかれば、店は潰され、そこにいた技術者も処刑されてしまう。
そのため、表向きは普通の飲食店や雑貨屋を装っている。
「うちもいずれ見つかるんすかね? 本業が改造屋ってバレたら連れてかれるのは朱里さんだけっすよね?」
スマが小声で薄情なことを朱里に聞いた。
そう、この美味しいパン屋で通っている朱里の店も実は改造屋。朱里は技術者であり自身も強改造者だ。
ちなみに、改造屋や技術者によって改造手術を受けたとしても全員が強改造者になれる訳ではない。『ノーマルズ』と『強改造者』の2パターンがある。
どちらも改造手術を施し『デバイス』と呼ばれる戦闘用の機械と融合する、いわゆる体のデバイス化をしている。
その点においては同じだが、大きな違いは脳波をコントロールして潜在能力を覚醒できるか否かである。それが出来ない者がノーマルズ。
それでも、デバイス化によりアーキノイドと戦えるレベルの能力を得る。
一方、訓練によって脳波コントロールを習得した一握りの者たちが強改造者。
覚醒により超人的な身体能力を発揮する上に、デバイス機能を限界まで引き出すことができる。
前者を遥かに凌駕した存在となる。
強改造者は改造時にアウェイカー(目覚めさせるもの)と呼ばれるチップを埋め込んでいて、彼らがコントロールして発現させた脳波の状態をこのアウェイカーが維持し、身体と精神とデバイスのバランスを制御する役目を担う。
また改造を受けた者は老いの進行が遅くなり寿命がおよそ3倍ほど延びる。
ノーマルズと強改造者、いずれにせよ、デバイス化した者は、アーキノイドの抹殺対象だ。
なお、脳波の種類は
『α(アルファ)波』
『β(ベータ)波』
『θ(シータ)波』
『δ(デルタ)波』
『γ(ガンマ)波』
があり、融合するデバイスにもパワー系や回復系など様々な系列がある。
ちなみに朱里の得意とする脳波はβ。デバイスの系列はパワー系だ。
スマの心配をよそに朱里が答えた。
「大丈夫だって。お前らも一緒に仲良く連行だ。寂しくないだろっ! 本業がパン屋だから大丈夫だよっ! ガハハハッ!」
朱里の楽観的な性格について行けないスマはうなだれてしまった。
「あー、心配だ。自分の身は自分で守らないとだな。」
「それはそうとレイのやつ! ダムドがいればひとまず安心だが帰ったら説教だな。
スマっ! お前もダムドにもう行くなってしっかり言っとけよ。
レイに頼まれてもダメだぞ。
次行かせたらクビだからな、覚えとけよっ!」
「分かりましたよー。」
スマはパンを棚に出しながら気のない返事をした。
今回の後書きでは、強改造者が操る脳波や頭に埋め込むチップについて説明します。
【脳波】
『α(アルファ)波』
リラックスしている状態の時に脳内で優勢になる脳波。5種類の脳波の中でニュートラルな状態。
このα波を発現させることが得意な強改造者の特徴は、冷静な分析や正確な動作が大幅に向上し、的確な攻防が可能となる。
『β(ベータ)波』
精神的・肉体的にストレスがかかった時に脳内で優勢になる脳波。
このβ波を発現させることが得意な強改造者の特徴は、アドレナリンなどホルモン分泌の調整が可能で、すなわち心拍や血圧を操ることができる。そのため身体能力のパフォーマンスが突出して高く好戦的だ。
『θ(シータ)波』
深い瞑想状態に入ると脳内で優勢になる脳波。
このθ波を発現させることが得意な強改造者の特徴は、新奇な閃きが起きやすく予測不可能な戦い方が出来る。また、治癒の能力を有することが多い。θ波を扱える者はごく僅かな希少な存在。
『δ(デルタ)波』
通常は深い睡眠時に脳内で優勢になる脳波。
このδ波を発現させることが得意な強改造者は、意識を他の媒体(主に機械のボディー)に移すなど意識の転送ができる。習得が難しく、一歩間違えるとδ波から戻れなくなるため。
『γ(ガンマ)波』
極度の集中状態になると脳内で優勢になる脳波。
このγ波を発現させることが得意な強改造者は今のところいない。謎の多い脳波で、直感が極端に研ぎ澄まされることが分かっている。
不自然な脳波の動きは、一般的には病的な状態とされるが、頭に埋め込まれているチップがこれを制御することで病的ではなく能力の覚醒というプラスのベクトルに向けることが出来るのだ。
【チップ】
チップは3種類あり、それぞれ特徴がある。
『ガンマチップ』
今の時代の人間は皆このガンマチップを埋め込まれていてアーキノイドに支配されている。目から入った情報や思考は常にアーキノイドに参照されていて自由がない。
『アドバンス』
脳波コントロールや、それに伴う潜在能力の解放が出来ないノーマルズと呼ばれる者達が装備するもの。改造オペによって融合したデバイスをコントロールする機能がある。潜在能力の解放をしないのでリミッターは付いていない。
『アウェイカー』
強改造者が装備する。リミッターが付いていて、それを解除することで強改造者がコントロールした脳波を維持・増幅し、更に意識の鮮明化を累積的に促進する。時間を追うごとに集中力が増し続け、精神が研ぎ澄まされていくということだ。その効果で潜在能力が覚醒され超人的な身体能力が発揮される。そしてデバイスの能力も最大限の出力を出せる。
ただし、一定の時間を超えてしまうと、暴走して見境がなくなる。その後、一瞬が無限に感じられるような感覚があり自分の内に閉じ込められてしまって廃人化してしまう。これをオーバーシュートという。従って自分の限界となる前にリミット(制限)をかけなければならない。
アウェイカーもアドバンス同様、改造オペ時にガンマチップと入れ替える。