第19話 ダイスの暴走
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それからすぐに新しいパン屋が再開され、毎日忙しくレジ打ちをこなすダイスはその一員として馴染んでいた。
ここでの一日は、朝から夕方までは店頭、夕方からは脳波コントロールの為の精神鍛錬、夜は朱里が請け負う改造オペの手伝い、夜中からは明日のパンの仕込み。
これが大体の流れで、睡眠は合間合間に取る程度のかなりハードなものだった。
お陰でレジ打ちの速さはスマの卓越した技術すらをも脅かす程で、しばしばスマと競ってはどっちが速いだのと言い争っていた。
前のアジトは、噂では、ダイス達が出た直後にアーキノイドがやってきて、散々調査らしき事をした後、破壊され更地になったらしい。
その後、新しい店にはガンマの追手も現れない為、ひとまずは追跡を巻くことができたようだ。
「ダイスよぉ、お前もともと脳波コントロール出来てたんじゃねーの?
一ヶ月足らずでコツが掴めるなんて聞いたことないぞ。
俺等は『ノーネーム』っつー強改造者の卵を半殺しにすることを生き甲斐にしてる鍛錬専門のふざけたオッサンにみっちりと絞られて、速いやつでも一年で何とかってとこだ」
「ノーネーム? 誰それ?」
「ああ、まぁ、お前もその内送り込まれるだろうから首洗って楽しみにしとけよ、へへっ!
とりあえず、まだまだ脳波コントロールが安定しないみたいだけど一発解除してみるか?」
「んー、俺も前から出来てたんじゃないかって、我ながらそう思ってた。
やりやすい脳波はベータだな、他は上手くいかないや。
解除してみたいけど、リミット出来なかったらヤバいんだよね?」
「あー、オーバーシュートして廃人行きだ。
でも大丈夫だって、こう、カチッとね、カチッて感じで頭で止まれってやるだけだから。
朱里さんはまだまだ早いって言ってるけど、お前ならいけると思うんだよな」
絶対に雰囲気だけしか伝わらないスマの説明には不安が募るばかりだ。
ダイスはスマから脳波コントロールの為の精神鍛錬方法を一ヶ月にわたり教わっていた。
基本は深い瞑想だ。
極限まで集中を高め自分の内面にある潜在意識を見つける。
そして脳波を操る。
普通の瞑想であれば目を閉じて微動だにしないイメージだろうが、強改造者として力を開放する為には、その研ぎ澄まされた状態をアウェイカーの機能に頼ることなく、如何なる時でもキープ出来るようにならなければいけない。
その為、寝ている時はもちろん、起きて活動している時も常に脳波をコントロールし続ける。
これが強改造者が行う瞑想の鍛錬であり、そうそう出来るものではない。
通常一年以上かかるこの鍛錬をダイスはものの一ヶ月で習得した。
後はリミッター解除と、その逆のリミットが思うように出来ればよいのだがこれにもコツがいる。
その為、初めのうちはオーバーシュートに備えて外から強制リミットが出来る強改造者が付き添うことがほとんどだ。
ちなみにスマは強制リミットを習得していない。
「へぇー、カチッて感じね、カチって。
なんか行ける気がする」
スマの危ない説明で何を理解したのか知らないがダイスは自信を見せた。
やはりダイスは朱里に次いで極端に楽観的なようだ。
「よしっ! じゃあやってみる。見ててくれよ」
ダイスはそう言って目を閉じた。
オペ室には自分とスマの気配。
少し肌寒い室温、自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえてきた。
その音だけに意識を集中してみる。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、血液が体を巡る。体の細胞一つ一つがその役割を全うして活動しているのが分かる………
意識の一番深いところにある無意識の入口を探す。
………見つけた。
「解除」
カチッという音と共にダイスの目から赤く淡い光が漏れる。
それと同時に一瞬、胸の真ん中がメタリックな黒に鋼化すると、それはまるで水面の波紋のごとくズズズッと体表に滑り広がって消えた。
力が溢れ出して止まらない。
「おっ、上手くいったみたいだな。
試しにこれ投げるからキャッチしてみろよ」
オペ室に持ってきていたマグカップを投げるという。
「オッケー、じゃ少し離れ………」
まだ話しているにも関わらずスマは本気で振りかぶって投げてきた。
しかも距離を取らず手の届く近さでだ。
咄嗟に避けようとしたダイスだったが有り得ない状況を目の当たりにしていた。
マグカップが宙に浮いて止まっているのだ。
スマも投げた体制のまま不自然に動かない。
『なっ!? 止まってる。
時間が停止したのか!? 俺だけ動けるのか?
いや、カップもスマも少しづつ動いているぞ。
と、とりあえずキャッチだ』
ダイスは止まっているように見えるマグカップを掴んだ。
スマも動き出す。
「おー!上出来、上出来。どーよ調子は?」
「止まってた! カップもスマも止まって見えたよ」
ダイスは興奮気味に答えた。
「最初はショッキングだよな、俺も初めての時は時間を操る能力が発動したかと思ったね。
でもそうじゃなくてさ、リミッターが解除されて五感が研ぎ澄まされた訳だな。
ついでに身体能力も尋常じゃないからな。
よしダイス、とりあえずリミットしよう。
慣れてないからすぐオーバーシュートまでいっちまうだろうから。」
「おーー、力がみなぎるよ。
俺の中のアイロニックも感じる。
アイロニックを手に集中させてみる」
ダイスは体の中にあるアイロニックデバイスが右手に集まるよう意識した。
右手がメタリックな黒に変色しながら鋼化していく。
「凄いっ! 鋼化した。
これ全身いけるのかな………
やってみるか」
「ダイスっ! おいっ、もうやめろっ!
リミットだ。
今すぐリミットしろっ!
安定してない今のお前だとすぐ限界になっちまう。リミットするんだっ!」
自分の変化に興奮していたダイスだったがスマの剣幕に我を取り戻した。
「そうだ、リミットだ。
よしっリミットするぞ。
カチッ…… カチッ!」
「おいおい、カチじゃないって、口で言ったってダメだぞ、ヤバいヤバい、クソッ!」
案の定リミット出来そうもない。
この間にもリミッターの機能によって意識の鮮明化、すなわち集中が一方通行で高まり続けていく。
「ダメだ、朱里さん呼んでくるからジッとして待ってろよ。
クソーッ!」
スマが階段に走り寄るが、途中で諦めたのか走るのをやめてしまった。
『スマ何で止まったんだ?
早く呼んできてくれ。
あれ? もしかしてさっきと同じ状況かも………
いや、少し違う。
動きがスローじゃなくて止まったままだぞ』
オーバーシュートしてしまったのだ。
スマが止まったのではなくダイスの意識がその一点のタイミングに留まり捉え続けているのだ。
『ヤバい、周りが全部止まったまま動かない。
おかしいぞっ! もしかしてこれがオーバーシュート!? リミットだ、リミット。あー、出来ない、マズいぞ』
ダイスがオーバーシュートして意識の内側で葛藤している時、体は意思に関係なく暴走しだした。
実際には、階段を駆け上がろうとしたスマをダイスが後ろから掴んで床に叩きつけていた。
「おぁ、痛え………
ダイス、戻ってこいっ!」
ダイスの虚ろな目は宙を見ている。
スマの声は全く届いていないようだ。
このままでは暴走したダイスにスマは殺されてしまう。
「目がやべぇよ、怖いんだけどお前、クソッ、解除っ!」
危険と判断したスマがリミッター解除した瞬間、ダイスに額を鷲掴みにされそのままコンクリートの壁にめり込むほどにぶちつけられた。
ドコンッと物凄い音が響いた。
「なかなかの馬鹿力だな、でもそんなんじゃ俺は殺れないぞ」
ギリギリ解除して耐えることができたが、間に合わなかったら危なかった。
スマの頭を掴んでいるダイスの手がズズズッと黒く変色していく。
アイロニックで鋼化しているのだ。
鋼化した部分はパワーも極端に上がる。
頭を潰す気だ。
「おっと、そうはいかねーよ」
スマはダイスの両腕を捻り上げ、床に向かって背負い投げをかました。
ダイスは床にめり込んだが、すぐに立ち上がる。
「あったまにきたぜっ!! 先輩に盾突くたぁどういうことよっ!! もう容赦しねぇ」
二人が互いの隙を伺う………
………同時に反応して突っ込んだ。
その時、二人の速さより更に上を行く速さで誰かが割って入り両者に平手打ちを食らわした。
「そこまで」
朱里だ。
目から赤い光が漏れている。
「朱里さん………
あー、スンマセン、俺が悪いんです。」
スマは我に返って平謝りした。
「ぐがー!」
朱里に首根っこを掴まれたままジタバタして唸るダイスはいよいよ危なくなってきた。
錯乱が終わればプツリと糸が切れて廃人となってしまう。
「ったく、世話が焼ける奴らだなぁ。
スマ、ダイスは解除してからどのくらいだ?」
「五分くらいです。」
「五分か、初めての解除で五分は上出来だな。」
そう言ってダイスに思い切り頭突きした。
「ふんっ!」
一瞬パリパリッと二人に電気が走ったかと思うとダイスは気を失った。
強制リミット。
脳波、すなわち微弱な電気信号を極限まで活性化させ、それを相手に直接流し込んで強制的にリミットする。
脳波コントロールが非常に難しく、ある程度の実力がないとリミット出来なかったり、相手のアウェイカーを破壊してしまう。
「いくら素質があると言っても、事を急ぐとろくなことにならんぞ。
ダイスが起きたらお前ら説教だ、楽しみにしておけよ!
壁も床も直しとけ、ウハハハっ!」
「説教っすか?
また半日くらい続くありがたいお言葉………
くっ、仕方ないっすね。
でも助かりました、ありがとうございました」
「おう、そんで近いうち町へ行くぞ。
面倒くせーけどパンの材料仕入ねーとな。
それとついでにアームドの情報もな。
いよいよ連中が動き出したらしいからな」
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