第11話 タウラスの頼み
「どうしたんですかー神馬博士、早くスイッチ押してくださいよっ!」
黒須博士は血だらけでニコニコしながら言った。
「うぅー、く、黒須博士、そのナイフ。
君がやったんだな?
動きが見えなかった。
どうなってるんだ………」
「どうもこうもないですよ、僕も満身創痍になっちゃいましたよ。
やっぱりほぼ人間の体じゃ、少し早く動いただけで筋組織が破壊されるなぁ。
痛ててて」
「っ!?………
まさか自分を改造したのか?
ガンマの破壊はどうする?
何を考えているんだ?」
黒須博士の目つきがスッと冷淡に変化して、雰囲気が一変した。
「自分で改造を?
んー、そこがちょっと違うかな。
……… 『改造された』、が正解だ。
ンフフフフ………」
黒須博士の若い口調が威圧的になり、笑い方がガンマそっくりになった。
「デルタに落とす? 破壊だと!?
ンフフフフ、させる訳なかろう、お前達の負けだ」
「くっ、ガンマっ………」
「何が起きているか知りたそうだな、
いいだろう、冥土の土産だ。
アルファがこの転送オペを思い付いた後、間もなくお互いの意識が独立して共有されなくなった。
私は悟られずにオペの対策を計画出来たよ。
ほどなくして私の意識が出現出来るようになったが、記憶が飛んでいる事に奴は気付いた。
だから、私が出現している時は辻褄の合う映像を見せてやっていた訳だ。
全く脳天気な奴だよ。
私がアルファの真似事をしながら、若く有望、そして野心家の黒須博士に強改造の話を持ちかけると、違法と知りながら黒須博士は承諾した。
黒須博士に施した強改造は頭にチップではなく、アーキノイドのコアを埋め込んで身体能力を向上させるだけの基本的なものだけだ。
あまり派手に体を弄るとすぐバレてしまうからな。それでも彼は興奮していたよ、人間にもコアが適応できるならば、この技術は広く利用されるべきだとか言っていたな。
私の器になるとも知らずにね。
もう君には分かるだろう?
そのコアは今回の転送オペのスイッチが押されると意識の転送先になるようにセットしておいた。
オペは大成功だよ。
これが顛末だ、スッキリしたかな?
教えてやったそばから殺すのは全くもって笑いが込み上げるなぁ。
ンフフフフフフ………」
ガンマは話を終えると笑いながら神馬博士の心臓めがけてナイフを繰り出した。
ドスッ!
鈍い音とともに血しぶきが飛ぶ。
ガンマの白衣が更に真っ赤に染まっていく。
よろめき、膝を落としたのはガンマだった。
「がはっ………ぐぬぬぅー………
こ、この死に損ない……動けたのか………
がはっ………」
タウラスが最後の力を振り絞って飛ばしたネオメタルの指弾がガンマの胸に命中したのだ。
ガンマのダメージは深刻で通常の人間であれば即死だったろう。
強改造して治癒能力が向上しているとはいえこのままでは命を落とすのも時間の問題だ。
「どこまでも邪魔を………
ぐふっ、ゆ、許さんぞぉっ!」
ガンマは恐ろしい形相でそう言って、よろけながら出口に向かう。
タウラスがガンマに向かってズルズルと這って行くが追いつけない。
「……に、逃がす、ものか………」
今この場にガンマの逃亡を阻止できる者はいなかった。
…………ガンマに逃げられた。
― ― ― アルファが目を覚ました。
うずくまる神馬博士。
倒れ込んでいるタウラス。
居なくなった黒須博士。
自分の中にガンマの気配がない。
アルファは状況を理解した。
神馬博士の止血をし、すぐにタウラスの再生に取り掛かる。
その間、誰も口を開かなかった。
アルファ自身も先程の戦いのダメージにより、自己再生が機能しなくなり、限界を迎えようとしていた。
ガンマを逃がしてしまった事実、黒須博士を失ってしまった事実が空気を重くする………
今の人類ではアーキノイドに勝てない………
滅び………
後にいう『淘汰戦争』が迫っていた………
― ― ― ― ― ―
「長い自己紹介になってしまったが、これが今の時代を形作った一番始めの話だ。
その後、僕はガンマを追ったけど見つからなかった。
神馬博士は悪のアーキノイドを世に放って、人類を脅威にさらした者というレッテルを貼られ、そのせいで奥さんと兄妹が殺された…… 人間にね。
おかしな話だよ。
人類の脅威を回避しようとしたのに、出来なかったら攻撃される………
思い出したくもない」
タウラスはため息をついて少し間を取った後、仕切り直して続けた。
「で、君たちに任せたいものっていうのは神馬博士の息子、ダイスなんだ。
ここはいずれガンマに見つかると思っていたから別の場所に移したんだ」
「えっ!? 殺されたんじゃなかったの?」
「まぁそうなんだけど………」
その時、何かが部屋の中に入ってきた。
バサバサバサ………
ハトだった。
この最下層までどうやって来たのだろう。
「タウラス生存確認………」
ハトが喋った次の瞬間、タウラスがハトをグシヤリと踏み潰した。
アーキノイドの偵察だった。
−−−−−−−−人間もアーキノイドすらも知らない場所。
そこでタウラスを見つめる者がいた。
ガンマだ。
『タウラス…… 見つけたぞ……… 何を企んでいる………』
−−−−−−−−
「おっとー、バリアが剥がれたのもうバレたみたいだ、しかも僕も見つかっちゃったよね。
参ったな、ははっ。
いよいよ時間が無くなってきた。
そうそう、ダイス、ダイスの話」
タウラスは早口に話し出した。
「で、ダイスだけは死ぬ前に意識の保存を試みたんだ。
その時代、人間の意識の保存はタブーだったけど、神馬博士はどうしても諦めきれなかったんだ。
ただ、当時の技術ではまだ一か八かなところがあって、ダイスの意識保存オペも中途半端で終わってしまった。
保存は出来たはずなんだけど意識が目覚めないっていう。
ダイスが殺されかけた時、体は損傷がひどくて回復できなかったんだ。
だから本人の細胞を培養して作ったクローンを作った。
その体に意識がすぐなじまなかったのかもしれない
それでも神馬博士は希望を捨てずに色々なことを試した。
出来ることは全てやりつくした。
でも目覚めることはなかった。
神馬博士の心はとっくに壊れていたんだろうな。
僅かな希望だけで何とか正気を保っていたんだよ。そして淘汰戦争が始まり………」
ドゴゴンッ!! ゴゴゴゴゴッ!
タウラスの話が終わらないうちにもの凄い音と揺れが起こった。
「あーーー、まだまだ色々伝えたかったのに、ガンマの手下だな。
せっかちな連中だ。
さっきのハトポッポからものの数分だよ。
とにかく、君たちにダイスは任せたよ!
意識が目覚めたんだよ!!
早く行かないと本当に死んでしまう。
他の打倒アーキノイドの改造屋達には任せられないよ。
今から僕が道を切り開くから、君たちはダイスの所まで行って助け出してくれ」
「ちょっと待って、色々話が急すぎるわ!
ダイスの所って、ここにいないの!?
どこに行けばいいのよ?」
「大丈夫! これあげるから」
そう言ってタウラスは手のひらサイズの何の突起もないツルンとした球体をレイに渡した。
「この球体は発信機。
外に持っていけば、紫外線の反応して起動する。
そしたら、ダイスが眠っているポッドの場所を赤いレーザーで示してくれるから、その方向に進むんだ。
更にこれは優れもので、持ち主の半径一メートル以内を強力な電磁バリアで覆ってくれる。
いいかい、ここから三百キロ離れた断崖絶壁の先の海底にダイスのポッドを沈めている。
そこまで行けば自動的にポッドが反応して浮上してくる。
ダムド君なら十分もあれば到着できるだろ」
「いやいや、ていうか、そうじゃなくて、人なんて任せられても困るわっ!
私たちはエクスクルーダーを探しに来たのよ。
人を助けに来たわけじゃないの。
話の流れだとあなたが助けに行くのが一番いいと思うわ!」
「そうなんだよ、今にも飛び出して馳せ参じたい気持ちなんだ。
でも僕は全盛期のような高速再生も出来なくなったし、コロニーの長に捕まって情報を抜き取られるのが関の山さ。
残念でならない。
僕はダイスの世話役なんだ。
叶うならもう一度ダイスをこの手で抱きしめたかったな」
「………」
「アハハハ、まぁ暗くならないでよ。
ダイスが目を覚ましただけで僕は幸せだ。
タダでとは言わないよ、今しがた貴重な始まりの話も聞けたでしょ、それとエクスクルーダーもあげるよ」
「アハハじゃないわよ、あげる!?
どういう事? もう全部分からないわっ」
ドゴゴゴゴゴッ!
ダムドが話す。
「レイ、彼の言う通りなら我々はダイスの所へ行く選択肢が最善だろう。
アーキノイドが押し寄せるこの地下から脱出するには彼の力が必要だ。
そしてエクスクルーダーはここにはなく、おそらくダイスと共にあると考えられる。
そうなんだろう? タウラス」
タウラスはニコッとしながら頷いた。
「あー、もう、分かったわよ!」
「よしっ! 決まりだね、ありがとう、感謝するよ。
ここから外へは、史上最強と謳われたタウラス様が責任を持って送り届けよう。
じゃ、シートベルトは締めたかい?
僕の後ろにしっかりついてきてよっ!」
次号、タウラス達は地下から脱出し、無事ダイスを救出できるのかっ!?
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