第31話・しょっき
ナレーション4「中央レジスタンス連合の消滅により帰る場所を失い、雪ウサギ隊と寝食を共にするメガネ。雪山の環境は過酷を極めた。雨風を凌げる建物はなく、食事は毎回冷凍食品。居住スペースの周辺以外は急斜面で足場が悪く、岩肌で滑落しかけたり、深雪に足を奪われたり、度々生命の危機を感じた。天候の変化が激しく、雪が降ることもあった。空気も薄い。夜は氷点下まで気温が下がるため、とにかく寒さが身に染みた」
メガネ「ハ……」
ナレーション4「そんな厳しい環境であるにも関わらず、雪ウサギ隊は呑気に生きていた。食事、散策、筋トレ、昼寝、工作、ダンス、エトセトラ……。日々を享楽的に過ごす彼女たちに囲まれ、挟まれ、揉まれ、メガネはしばしの間反政府活動と距離を置くことになる」
メガネ「ハ……」
ナレーション4「俗世間の喧騒から離れ、気ままな隠遁生活を送るメガネ。与えられた役割への責任感や敵に遭遇するかもしれない緊張感など、連合軍時代から常態化していた重圧を山の大自然は軽減させてくれた。しかし、人間の悩みは尽きないものである。重圧が軽くなるのとは裏腹に、今度は別の気がかりがメガネの心にのしかかるようになった」
メガネ「ハクション!」
ハツ「みんな、メガネウラさんが寒がってるわ!もっと隙間がなくなるようにくっついて!!【ムギューッ】」
メガネ「うーん……く、苦しい……」
ナレーション4「時に気がかりは悪夢として牙を剥く」
***
ショウ「『フォークシンガー刑事・芦田』最終回」
ハン「【バチン!】吉田……もういっぺん言ってみろ!オラの音楽がなんだって!?」
ショウ「……アッさん……俺、もう耐えられないんスよ、アッさんが陰で笑い者にされてるの!」
ハン「……」
ショウ「……ぶたれるの覚悟で何度だって言います!アッさんがやってる音楽はフォークソングじゃない
ハン「【ガシッ】この野郎!ふざけたこと抜かすんじゃねェ!!今度は歯ァ折るど!!!」
ショウ「ア……アッさん……わかってください……」
ハン「いいか!?絶対にオラの音楽はフォークなんだど!誰が何と言おうとッ……ウッ……ウウッ……誰が……何と言おうと……」
ショウ「アッさん……」
ハン「ズビッ……本当はわがってたど……。オラがやってるのはフォークじゃねェって……」
ショウ「……」
ハン「……ガキの頃、オラの家は貧しくて、とてもフォークを買う余裕なんてねがった。けんども、オラは音楽で食ってく夢を捨て切れねぐて、高くて手が届かねェフォークの代わりに中古のみすぼらしいスプーンを買った。勿論、スプーン弾ぐヤツを募集するバンドなんざねェ。からかわれもした。そんでも、オラは試行錯誤を繰り返して、警官としてフォークソングを歌う道を見つけたんだど」
ショウ「……で、フォークソングで容疑者を説得する唯一無二のスタイルを確立したんスよね」
ハン「ああ。はたから見たら滑稽だども、オラにだってプライドがあったど。……オラの歌がフォークじゃねェならそんで構わねェ。けんども、スプーンでしか表現できねェ曲だってあるはずだ。最後まで匙を投げねがったヤツだけが作れる歌詞があるはずだ……って。結果的にオラの歌は検挙の役に立って、周りの人間にも認められた。だども、度々手柄を立てるうちにプライドは拗れて、こんだけ手柄立てられてるのはオラのフォークが本物だからだ……世の中のフォークの方が偽物だ……そんな傲慢な曲解に成り下がってたど。本気で自分の歌こそがフォークだと信じ込むようになってた……いや、そういう自己暗示をかけて悦に浸ってたんだど」
ショウ「……」
ハン「当然、誤りを真実だと言い張って傲慢な態度を取り続ければ、認めてくれてた人も離れる。陰でに笑い者されるのも、さもありなんだ。……だども、吉田。おめぇだけはこうして正々堂々とオラに向かって間違いを指摘してくれた。おめぇのお陰でまっすぐな初心を思い出せた。ありがとう。現職最後の日にして、ようやく目を覚ませたど……」
ショウ「アッさん……まだっス。話はまだ半分っス」
ハン「ん?半分?」
ショウ「……アッさん、16年前にあった事件を覚えてますか?」
ハン「16年前?」
ショウ「池袋の銀行強盗っス。小学生が人質に取られてた」
ハン「ああ、そんな事件もあったな」
ショウ「あの時の小学生、俺なんスよ」
ハン「!?」
ショウ「あの時、現場に駆け付けた警官の力強いフォークソングが犯人の良心に訴えかけて自首を促したお陰で俺は救われました」
ハン「……」
ショウ「その警官に憧れて、俺も警官になったんスよ」
ハン「……吉田」
ショウ「アッさん。あの日からずっと、恩人のあなたに言いたかったことがあるんス。聞いてくれますか?」
ハン「……ああ、聞かせてけろ!」
ショウ「フォークソングで弾くのは食器じゃなくて楽器っス」
ハン「ンナッ」
***
ハツ「……さん!メガネウラさん!!」
メガネ「はっ」
ハツ「大丈夫?うなされてたわよん」
メガネ「ゆ、夢か。……なんやろ……何か、ショッキングな夢を見とった気がする」
ハツ「怖い夢見ちゃったのね。でも心配しなくていいわ。今夜は一晩中あたしがギュッてしてあげる。みんなも一緒よ」
メガネ「い、いや、遠慮しとくわ。完全に目が覚めてもうた。ちょっと風に当たってくる」
ナレーション4「メガネの気がかり……それは相棒・ネクラのことだった。中央地区で別れて以来、南西地区へ向かった彼女の息災を気にかけていたものの、コンタクトを取れば寂しさに耐えれられなくなるとの懸念から意図的に連絡を絶っていた。当然、反乱軍制圧作戦の後の安否も知る由はない。雪ウサギ隊の面々に身の上を話した際も正規軍に情報が洩れるリスクを警戒し、存在を伏せていた。雪ウサギ隊のことはそれなりに信頼してはいるものの、万が一ということもある。相談はできない。人知れず想いを抱え込んだ」
メガネ(アイツ今、何しとるんやろな?……せめて生きとってくれたらええ。それ以上は望まへん)
ナレーション4「北の地に立ち、南の方角を向き、天を見上げる。曇っていた。続く」




