第26話・おかし
ショウ「ZZZ」
ハン「【バァン!】……」
ショウ「ZZZ」
ハン「……ふんぬ!」
ショウ「【ゲシッ】あ痛ッ!え?え!?」
ハン「……姉上」
ショウ「え、なんで蹴った!?」
ハン「……言いましたよね?『シンリテキカシ』の部屋は『心理的』な『貸し』だから実在しないって」
ショウ「あ?」
ハン「実在してたんスよ、部屋が!」
ショウ「何言ってんだお前」
ハン「もう忘れたんスか!?無責任な!前回、姉上が自信満々に『シンリテキカシの部屋は実在しない』って言い切るから信じて不動産屋にカチコミしたのに!!店中に聞こえるように、デカい声で正々堂々と言ってやったんスよ!?『存在しない部屋に払う金はねぇ!』って!で、店員が呆気に取られたんで、すかさず問い詰めてやったっス。『存在しない部屋を客に勧めるとは何事じゃい!』って。そしたら店員、『何言ってんだお前』みたいな顔になったかと思えば、失笑を堪えながら内見を勧めてきやがったっス。『見せられるなら見せてもらおうじゃないか』ってことで、車で移動すること10分。案内された先にはなんと、紛うことなき本物の部屋があった……。とんだ赤っ恥っスよ!これじゃオイラ、悪徳業者に啖呵切る正義の味方どころか、勘違いで難癖つけただけのモンスタークレーマーじゃないっスか!!」
ショウ「ほーん」
ハン「もうね、人間不信になりそうっス!信じてた身内に裏切られるのがどれだけ辛いか、姉上にわかりますか!?裏切った側は軽い気持ちだったとしても、裏切られた側は深く傷つくんスよ!?そういう心の傷が純粋な少年少女を非行に走らせるんスよ!?」
ショウ「あー、悪かった悪かった。あん時は寝起きでボケてたんだ。だからデタラメ口走っちゃったんだよ」
ハン「……で?」
ショウ「え?」
ハン「『シンリテキカシ』の真の意味は?」
ショウ「あ……ああ、『シンリテキカシ』ね。そりゃもう……えーっと……ほら、アレよアレ」
ハン「本当は知らないんでしょ?」
ショウ「バッ……お前、お姉ちゃんが信用できないってのか!?」
ハン「……」
ショウ(絶対疑ってる!顔が怖い!!詭弁でもなんでも使って今はこの場を凌がないと……)
ショウ「『シンリテキカシ』ってのは……あー……『心理的』な……『菓子』よ!洋菓子とか和菓子の『菓子』ね。お菓子を通じて相手への誠意を示すってこと」
ハン「誠意?」
ショウ「そうね、例えば……こう考えよう。お前が会社の重役だと仮定します。長い付き合いのある取引先の担当者が定年退職間近ということで、在職のうちに挨拶に伺うことになりました。長年お世話になってきた人へ感謝の意を伝えるにあたり、手ぶらなのは些かはばかられます。はい、そんな時何を持ってくでしょうか?」
ハン「……菓子折り?」
ショウ「そう、お菓子。カネが人間を動かすこの資本主義社会、ビジネスライクな人付き合いがいかに増えようとも、最後に物を言うのはやっぱり義理と人情。地道なコミュニケーションを重ねてきた人間こそが有事の際に手を差し伸べてもらえて、最後には生き残れるもんだ。そして、そのコミュニケーションの潤滑剤になるのがお菓子。祝い事、お礼、お詫び、エトセトラ。人それぞれ事情はあれど、多種多様なシチュエーションにおいて相手への誠意を形で示せる万能アイテムがお菓子なのね」
ハン「はあ」
ショウ「企業間の形式ばった関係に限らず、企業と個人客のライトなやり取りでもお菓子が使われるケースは多々ある。保険の資料請求とか車の試乗会で店舗に行くと、粗品に加えて飴だのクッキーだの貰えることがあるよね。あとは何故か会計後に小学生以下限定で子供に駄菓子あげてる理髪店なんかもあったりして。そこまで高いコストはかけられないけど、できることなら『ご来店感謝』の意は形で示したい……そういう時にお菓子はぴったりなんだ。ま、ぶっちゃけ打算的な客寄せとも言えるんだけどね」
ハン「ふーん。じゃ、その理屈だと不動産屋の場合は成約後に何かしらのお菓子が貰えたりするんスかね?」
ショウ「いや、多分貰えないと思う」
ハン「え?だって『シンリテキカシ』ってのは『誠意の心理を形で示すためにお菓子を贈る』ってことでしょ?まさか客の方が誠意をもって不動産屋とか大家にお菓子を差し出さなきゃ部屋を借りれないっていうオチっスか?」
ショウ「あー、違う違う。例えが悪かった。いいか?『シンリテキカシ』は『お菓子を贈りたい程に誠意を感じている心理』であって『お菓子を贈ること』じゃないんだ」
ハン「???」
ショウ「お菓子を贈るという行為自体は昔から行われているし悪いことではないけど、今のご時世、どこに落とし穴が潜んでるかわからない。アレルギーや持病がある人にお菓子を勧めて、体調崩されたら問題になるだろ?善意による行動が意味をなさなかったり、むしろ相手の不利益になるなんてことは割とよくある。下手したら訴えられる可能性すらある。体質的な問題以外にも、宗教だとかダイエット目的の糖質制限だとか、いろんな理由で口にするものを選んでる人は少なくない。以前はポンポン気軽にお菓子を渡してた店も時代の変化に合わせて、食のトラブルを未然に防ぐべくお菓子を渡さない選択肢を取るようになったってわけ。ただ、ブツを貰えるのと貰えないのとではどうしても受け取り手の印象も変わってくるから、お菓子を渡す代わりに『シンリテキカシ』なる用語を使って『本来はお菓子を差し上げたいくらい誠意がありますよ』っていう暗黙の意思表示をしてるんだ」
ハン「なんじゃそりゃ」
ショウ「だから今回の『シンリテキカシ』を不動産屋の立場から噛み砕いて説明するなら、『成約してもらえたらお菓子をプレゼントして感謝の意を示したいけど、諸事情で現物を渡すのは控えて、心の中でお菓子を贈るにとどめておきます』的な意味になるかな」
ハン「それってケチ臭さの正当化というか、理屈こねてサービスの低下を誤魔化してるだけじゃないんスか?」
ショウ「まあコストカット目的ってのもなくはないだろうね。最近は不景気だし、お菓子も値上がりしてるし」
ハン「結局行き着く先はセコい利益追求っスか!やはり資本主義は滅さねば!!」
ショウ「おい、なんでそうなる?」
ハン「リニューアルと称して値上げ、消費者に黙って内容量を減らしてステルス値上げ!いずれ庶民は甘いお菓子にありつけなくなって、ブルジョワだけが甘い汁を啜る世の中になるっス!!ヤツらを野放しにしておけば、際限なくつけ上がってどこまでも汚い商売に走り続けるっス!!!」
ショウ「話がとんでもない方向に転がってないか!?」
ハン「お菓子がなければパンをくれればいいじゃない!!!」
ショウ「何言ってんだお前!?」
ハン「こうなりゃあんパンのひとつでもサービスさせてやらなきゃ気が済まないっス!待ってろ不動産屋!!うおおおおぉぉぉぉ!!!【バァン!】」
ショウ「あ、ちょっと待てよ!」
ショウ「……」
ショウ(ヤバいな……またその場しのぎの嘘で妹を焚き付けてしまった。あんな適当すぎる出まかせじゃ数時間ともたないだろうし、次に帰ってきた時には刺されるかもしれない。……どうしよ?)
***
ナレーション3「『座礁連峰』、通常『座礁山』。北部地区の中でも特に北の方に位置する山脈である。起伏のバリエーションに富み、場所によっては登山道やスキー場の開発に適した様相を呈している……のだが、僻地かつ気候が厳しい北部地区では戦後の混乱期に観光資源を気にかける程の余裕がなく、まだまだ未開の山地となっている。その点、温暖かつ平地である中央地区と比較すると北部地区は地理的条件で大きなディスアドバンテージを抱えているとされており、住みやすさや経済活動のしやすさといった格差が問題視されている。そんな辺境・北部地区のド辺境にある座礁山であるが、さらにその奥地、全くと言ってよい程に人の気配がない標高4000メートル級の山の中腹でメガネは寝そべっていた。踊る雪ウサギ隊を眺めながら」
ハツ「サァンダンバラフエタ・フエタ・フエタ・サァンダンバラフエタ・ヨンダンバラ」
メガネ「……なんですかソレ?」
ハツ「『サンダンバラフエタ』。歌いながら輪になって踊る子供の遊びなんだけど、知らない?」
ナレーション3「『サンダンバラフエタ』。新聞紙を丸めて作った人形に火を灯し、その周囲を歌いながら周る遊びである」
メガネ「ちょっとウチは知らんですね……いやいや、そういうことちゃうくて。なんの目的があって踊ってるんかって話です」
ハツ「寝る前の習慣というか、安眠のおまじないってとこかしら。これをやると夜中にお化けが逃げてくって言われてるのよん。少人数より大人数で賑やかに踊る方が効果があるらしいから普段は隊のメンバー全員でやってるんだけど、今日はもう夜も遅いし、おつかいに行ってる2人は帰ってきそうにないから、あたしとブレンだけでやっちゃってるってわけ」
メガネ「はあ」
メガネ(どうも頭がおかしい連中に関わってもうたかもしれん。こんな寒い雪山でバニーガールの格好しとるし、ヘンテコな歌恥ずかしげもなく歌うし……)
ハツ「そっか~、知らないか~。結構有名な童謡だって聞いたんだけどそうでもないのかしら?」
メガネ「いや、『ロンドン橋落ちた』なら知っとりますよ?メロディ一緒やし。でも『サンダンバラフエタ』ってのは……」
ハツ「地域差かしら?訛りでフレーズ変化したのかも」
メガネ(いやいや、訛りで『ロンドン橋』が『サンダンバラ』になることあるか!?)
メガネ「……その『サンダンバラフエタ』ってのは、ハツさんは誰から教わったんですか?」
ハツ「軍にいた頃、ランブっていう人にお世話になってたんだけど、その人が教えてくれたのよね」
メガネ「軍じゃこんなのが流行っとるんですか?」
ハツ「正確に言うなら『アンチY染色体協会』かしら。今の軍の前身にあたる組織があって、子供の保護なんかをやってたんだけど、そこで保護した子供の面倒を見てたランブさんが子供と一緒に『サンダンバラオチタ』で寝る前に遊んでたのよん」
メガネ(……んん?協会が……子供の保護をしてた!?)
ハツ「環境が変わると眠れない子供はどうしても一定数いるから、子供を安心させるために
ブレン「……」
ハツ「あら、そろそろ燃え尽きそうね。話の続きはまた別の機会にして、寝ましょうか」
ナレーション3「火が消えかかった人形の始末を済ませ、メガネの左右に横たわるハツとブレン。女3人が川の字に並ぶ」
メガネ「え?え?」
ハツ「今夜は冷えるわね。もうちょっとしっかりくっつきましょうか。【ギュッ】どう、あったかい?」
ナレーション3「隙間がなくなるように、ハツとブレンがメガネに密着する。さながら未亡人とその若い娘の間でメガネが板挟みになったような構図である。三角関係の始まりを匂わせる雰囲気であったが、メガネの脳裏に浮かんだ深刻な問題にアバンチュール濃厚な気配はかき消され、ドラマチックな事態に至ることはなかった」
メガネ「いや、野宿するんですか!?」
ハツ「あ、もしかしてメガネウラさん、野宿ダメな人?」
メガネ「野宿は別にダメとちゃいますけど、こんな雪の上で寝たらアカンでしょ!?流石にテント使うとか、せめて遮蔽物並べて簡易的なシェルター作るとかせぇへんのですか!?寝袋もなしに!?」
ハツ「ダンボールがあるじゃない」
メガネ「いやいや、こんなんじゃ全然防寒にならんですって!凍死しますよ!!」
ハツ「それなら大丈夫よん。あたしたち、寒さに強いから」
メガネ「そっちが平気でもウチが死ぬんですわ!!!」
ハツ「大丈夫だって。ほら、2人がかりで温めてあげるから【ギューッ】」
ブレン「……【ギューッ】」
メガネ「いやいやいやそんなZZZ
ナレーション3「反論しかけるも、じんわりと体温の上昇を感じるや否や強い眠気に襲われ、抵抗する間もなく眠りに落ちるメガネ。危険を承知しながら氷点下の雪山で眠ってしまうというまさかまさかの失態をおかした彼女は、無事朝を迎えられるのだろうか!?ってなところで今回の『コウノトリの野望』はここまで!次回もお楽しみに!」




