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第20話・寿司(後編)

ナレーション2「『与野本町の怪人』こと『シャーリー』は接吻で人を殺す通り魔であった。正規軍と反乱兵の戦いの最中に突然現れ、戦場を大混乱に陥れる。味方だけでなく敵までもシャーリーの魔の手から守るべく、彼女の足止めを試みるミハラであったが、圧倒的なサイコパワーの前に力及ばない。それどころか、逃げるように伝えていたはずの反乱兵によって窮地から救い出され、猫車に乗せられて運ばれるのであった」


メガネ「ハァ、ハァ……」


ミハラ「せ、セミちゃん……降ろしてくれ。私はこの作戦の責任者なんだ。人命を預かっている以上、上官として最後まで戦場で戦う義務があるんだ」


ナレーション2「猫車を押しながら街道を走るメガネ。汗だくになりながらも、必死にミハラを運ぶ」


メガネ「ハァ、ハァ……降りたきゃ、力ずくで降りたらええでしょ?そんな力も残ってない人を置いてったところで、時間稼ぎにもならへんのとちゃいます?」


ミハラ「私を逃がすために若い子らが犠牲になることはないんだ。むしろ私が若い子のために戦わなきゃ示しがつかないんだ!」


メガネ「ハァ、ハァ……」


ナレーション2「メガネの走行ペースが落ちる。当然ながら、猫車は人を乗せて運ぶのには適していない。600メートル進んだあたりで走行は歩行に変わり、そこからさらに150メートルほど進んで停止してしまった」


メガネ「ハヒーッ」


ミハラ「言わんこっちゃない、やっぱり無理だよ。悪いことは言わないから、君1人で逃げるんだ」


メガネ「ハァ……ちょっと休憩、するだけです」


ナレーション2「縁石に腰を下ろすメガネ。猫車から身を乗り出すミハラ。少し遠くなったマンションの方から断続的に銃声が聞こえる」


ミハラ「……ところで、マンションにいた他の連中はどうなった?ちゃんと避難したのか?」


メガネ「……さあ、どうでしょうね?」


ミハラ「アイツには……シャーリーには誰も勝てない。絶対に戦っちゃダメだ。逃げるしかないんだよ……」


メガネ「……」


ナレーション2「ミハラの顔をまじまじと眺めるメガネ。しばらく何かを思索した末、静かに言葉を切り出した」


メガネ「ミハラさん……アンタもしかして……オサガリ兵長とちゃいますか?」


ミハラ「……!」


メガネ「……やっぱりそうなんですね?」


ミハラ「……どうしてわかった?」


ナレーション2「『オサガリ』。鸛下正規軍の最高司令官のひとりである。かつては大宮幕府陸軍に所属し、大宮戦争の折には大宮市の防衛にあたっていたが、アンチY染色体協会の誘いを受け、コウノトリ陣営に寝返った。彼女の手引きで暗黒のドーム内に転送装置が持ち込まれ、人類の敗北に繋がったのであった」


ミハラ改めオサガリ「……顔も声も弄って、完全に別人になったはずなんだけどな……。新ジパングに来てから何度か昔の仲間に会う機会はあったけど、そいつらにもバレることはなかったよ。なのに、なんで君は私のことがわかるんだ?元陸軍とはいえ、現役の時はお互い面識すらなかったろ?」


メガネ「……幕府の先輩から沢山聞かされたんです。アンタの話」


オサガリ「私の話?」


メガネ「1人や2人やなくて、10人はおりました。『オサガリ兵長はいい上司だ』って言う人」


オサガリ「……」


メガネ「楽しそうに話すんです。『飯屋で奢ってもらった時に、兵長は飯も食べずにコーヒーばかり飲んでた』とか、『背中を流せと言って部下を風呂屋に連れてくけど、むしろ兵長の方が延々と部下の背中を流してた』とか」


オサガリ「……」


メガネ「で、飯屋でも風呂屋でも決まって喋る持論があったらしいんです。女の子にとっての『幸福』とは何か。言葉に詰まりながら、噛み締めるように、丁寧に話しとったそうです」


オサガリ「……」


メガネ「……そういう『いい上司』の話を聞いて、一度会ってみたいと思ったからこそ、言動が似とるアンタがオサガリ兵長なんじゃないかと疑うようになって……まあ、事実、ビンゴだったって話ですわ」


オサガリ「……そうだったのか。……私の正体に勘付いていたということは、さっきマンションで反乱兵たちの拘束を解いたのも君の仕業か?……いや、そもそも正規軍がマンションに奇襲をかけるところから予測してたんじゃないのか?」


メガネ「ええ。ただ、どちらかと言えば、アンタの正体に気付くよりも先に、銃弾の細工から違和感を感じたってのが大きいですね」


オサガリ「銃弾?」


メガネ「マンションのB棟に保管してあったアサルトライフルの弾。あれ、火薬の量を減らして、殺傷力を落としとったでしょ?」


オサガリ「!……まさか、気付いていたのか?かなり微妙な変化だぞ!?」


メガネ「輜重兵やからわかるんです。箱を持った時、妙に軽い気がして。実際、薬莢を開けて調べてみれば火薬の量が少なかった」


オサガリ「そんなことが……」


メガネ「物資を調達したのがミハラさんとモモさんだと聞いて、そこから連合軍が組織ぐるみで正規軍の罠である可能性を疑って、個人的な備えをしとったんです」


オサガリ「……で、見事、奇襲を受けても拘束を解いて、反撃に出てみせたってわけか。具体的にどんな備えをしていたっていうんだ?」


メガネ「東部組織も正規軍の奇襲でやられたんで、それをもとに対処法を考えました。銃火器で応戦しようとすればクロスレンチの武器検知に引っかかってあっさり対処されますから、正面切って戦うんじゃなく、あえて拘束されて、敵が油断してるところに銃火器以外の反撃を入れるんです。さっきは毒ガス発生装置で敵兵を無力化させました」


オサガリ「ど、毒ガス!?」


メガネ「毒ガス発生装置と言っても、簡易的なもんですよ。ひとつの容器に酸性洗剤とアルカリ性洗剤を入れておいて、仕掛けひとつですぐに混ぜられるようにしておくんです。で、いざ洗剤が混ざってガスが発生したら敵兵に吸わせて倒しつつ、自分たちまで倒れないように窓際で新鮮な空気を確保する、と」


オサガリ「んな無茶な」


メガネ「後はそこからニッパーやらペンチやらを使って拘束具を破壊して、分解して隠しておいた武器を組み立てて、仲間に配って、いざ反撃開始って流れですね」


オサガリ「く、『組み立てた』って、そんな……」


メガネ「細かく分解しておけばクロスレンチの武器検知に引っかかりませんから」


オサガリ「問題はそこじゃない。マンションから抜け出した奴、それからマンション内部に残って戦っていた奴を思い返せば、拘束を抜け出した反乱兵は少なくとも10人……いや、20人はいたろ?1人1丁銃を持たせるとしても、正規軍側が異変を察知する前に20丁も組み立てる程の時間的余裕があるとは思えない」


メガネ「銃の組み立ては得意なんです。他の人が10分かかるところをウチなら1分でできます。輜重兵ですから」


オサガリ「いや、輜重兵だからってそんなことは……!」


ナレーション2「2人の会話がヒートアップする一方、マンションの付近は静まり返っていた。そのことに気付いたオサガリは我に返り、メガネを諭し始める」


オサガリ「おい、セミちゃん。マンションの方が静かになった。さっきの奴がやられちまったみたいだ。……随分善戦してたみたいだが。今からでも遅くない、私を置いて全力で逃げるんだ」


メガネ「拒否します。ウチはアンタの部下とちゃいますから」


オサガリ「この期に及んで()()()うか……わからず屋!いい加減にしろ!」


ショウ「真鯛一丁!」


ハン「へい!」


ナレーション2「上着のポケットからボイスレコーダーを取り出すメガネ。ボタンを押し、録音を始める」


オサガリ「ンガヒッ……ほひ、はひひへふ?……ゴクン」


メガネ「保険で持ってきました。このまま逃げ切れるかわからないんで、せめて記録に残しておこうと思って」


オサガリ「保険だかなんだか知らないが、私に構ってつまんない死に方をするんじゃない!全力で逃げて、自分が助かることを考えろ!」


メガネ「兵長……ウチは今まで反乱兵やってきて、アンタを憎んでる人にいっぱい会ってきました。みんなアンタを『売国奴』だの『戦犯』だの言って、そりゃもう罵詈雑言の嵐でした。……でも、アンタを知ってる幕府の人たちはアンタを庇うんです。『何か事情があったんじゃないか』、『協会に弱みを握られていたんじゃないか』って」


オサガリ「!」


メガネ「納得したいんです。多くの人に『いい上司』と()()()めたアンタが何故ジパングを裏切ったのか、聞かせてもらえませんか?」


ショウ「イワシ一丁!」


ハン「へい!」


オサガリ「……」


メガネ「ンガクック……モグモグ……ゴクン。……実はさっき、ウチらが逃げてきた時、マンションには正規軍と連合軍の有志が何人か残ってたんです。さっきまで銃声が鳴っとったけど、聞こえなくなったってことは……」


オサガリ「!……シャーリー相手に1人で随分善戦すると思っていたが、そういうことだったのか……」


メガネ「有志のみんなはアンタを死なせたくなくて、ウチにアンタを託したんです。でも、申し訳ないけど、逃げ切れるかわからんから……今ここで、アンタを信じてた人たちに向けて、アンタの言葉を残しておきたい。……ジパングを捨てた理由、喋ってくれへんでしょうか?」


オサガリ「……」


ナレーション「ボンヤリと虚空を見つめるオサガリ。少し下を向き、そして顔を上げ、意を決したように喋り始める」


オサガリ「……ジパングを捨てたのは……あの暗黒に包まれた埼玉では、未来が見えなかったからだ。暗黒のドームの中にいればコウノトリの攻撃を受けることはなかったが、ドームの外側で人類がいなくなった以上、内側の人類だけで高度なインフラを維持するのはいずれ限界が来る。衰弱する社会の中で人々を死なせるくらいなら、いっそ私が裏切り者の汚名を被ることになっても、新しい世界で人々を生かすべきだと思った。これが理由だ」


メガネ「……」


オサガリ「……ハハッ……なんでだろうな?建前はこんなにスラスラ言えるのに……本音を言おうとすると、いつも言葉に詰まるんだよな……」


メガネ「……今のは『建前』なんですね?『本音』があるんですね!?」


オサガリ「……本当は……国を裏切ってでも欲しい女がいたんだよ」


メガネ「……」


オサガリ「……セミちゃん、君は若いからまだわからないだろうけど……長いこと軍人やってると、とても惨めな思いをすることがあるんだ。……前線に駆り出されて、いつ敵襲を受けるかわからない緊張に晒され続けた。……夜もろくに眠れず、寝不足になって……硬い床の上に毛布1枚だけを羽織って寝たこともあったな。……飯も喉を通らないし……無理矢理食べても味なんてわからない……それでも、食べなきゃ飢える。……ずっと風呂に入れずに、同じ服を何日間も来た。……そんな状態が続けば髪も肌も荒れる。……戦場でひそ()()()()路を迎えた日……ふと鏡を見たら酷くやつれた自分がいて……とても惨めだった……!」


ショウ「かにみそ一丁!」


ハン「へい!」


メガネ「……」


オサガリ「ズミャ……ひふんへひはんひへふんひふーはひひははへははは、ほははははひひふんほへひひんへははふんはへほ……ゴクン……それでも……とても自分の人生を肯定できなかった……!」


メガネ「……」


オサガリ「……ただ、仲間も同じだったよ。……みんな疲弊して……若々しさが失われて……汚れにまみれていた。……だから、自分だけが不幸になっているという、孤独感みたいなものはなかったんだけど……仲間の中に1人、どういうわけか、綺麗な奴がいたんだ。……とても強くて、本当に美しかった。……どんな激戦の中に置かれても、常に髪や肌がツヤツヤで、不思議なことに、服も汚れひとつついてなかった。……常に穏やかで、近くに寄ればいいにおいがして、すごく安心した。……そいつと一緒にいると、荒んだ心が癒されたし、頑張ることができた。……そしていつからか……私はそいつが欲しいと思うようになっていたんだ」


メガネ「……」


オサガリ「……セミちゃん……きっと、人間ってのは()()()所が必要なんだよ!」


ショウ「サヨリ一丁!」


ハン「へい!」


オサガリ「ハフォッ……ほんはひほほひはふひへーほははへへひへほ、ひふんへひふんほほーへーへひはふはっはほひ、はひんひふはふひははふはふ……ゴクン。……そして、他人からの支えを得られなかった人間は……誰かの言()()()になって生き長らえるだけの存在に成り下がる」


ショウ「いなり一丁!」


ハン「へい!」


オサガリ「イナリッ……はんひはひへんほふはいほうはひほはんふーほふへはほひ、ふへほひはほ……ゴクン。……軍人をやめて……新しい世界で惚れた女とささやかな2人暮らしをするって夢さ。……でも結局、私は最後まで惚れた女に支えてもらうことが叶わなかったし……惚れた女の支えにもなれなかった……!」


メガネ「……」


オサガリ「……だからね、セミちゃん、君に私の夢を託すよ。もしも、君が惚れた女にまた会えた時は、君がその人を支えるんだ!」


メガネ「【ドキッ】えっ……惚れた女なんて……」


オサガリ「……惚れた女に正面から向き合って……生まれてきたことを祝福して……大袈裟なくらいに愛情を伝えて……目一杯寄り添ってあげてほしい」


メガネ「だ、だから、そんな人は


オサガリ「いいか!?人生を賭けて、惚れた女の拠り所になれ!それから、惚れた女に拠り所になってもらうんだ!私が犯した失敗を繰り返すんじゃない!」


メガネ「は、はい……」


オサガリ「……それができれば、君らは大丈夫だ。どんなに過酷な状況になっても、きっと、惨めさに負けることはない」


メガネ「……」


ナレーション2「マンションの方に目を向けるオサガリ。街道の先、街灯の下をうろつく巨大な人影が見えた」


メガネ「……あの、兵長。ウチが言うのもなんですが……さっきの理由、嫌いじゃないです」


オサガリ「……」


メガネ「なんというか……『人間くさい』ところがええと思います。国を裏切ったのはもちろん悪いことですけど、その理由が……こう、高尚な目的じゃなくて、俗っぽくて、人懐っこい


オサガリ「セミちゃん、残念だけどお喋りはここまでだ」


メガネ「え?」


オサガリ「ほら上見て、上」


ナレーション2「メガネが頭上を見上げると、何か大きなものが飛んでいた。暗闇の中、よく目を凝らすと、それはオサガリが呼び寄せたグランドクロスであった」


メガネ「うわっ!?」


ナレーション2「猫車のすぐ前方、約70センチの地点に着陸するグランドクロス。砲身に当たりそうになったメガネが慌てて後ずさりする」


メガネ「何するんですか!?危ないじゃないですか!」


ナレーション2「猫車から這い出るオサガリ。騒ぐメガネを横に、ガチャガチャとグランドクロスを弄り回す」


メガネ「ま、まさか、ここでドンパチやる気ですか!?せっかくうまいことわかり合えたと思ったのに!言っときますけど、今のウチは丸腰やで!?」


オサガリ「……セミちゃん、君は私の部下じゃないんだよね?」


メガネ「は、はい……だからボコボコにするってんですか!?」


オサガリ「今まで散々逃げろって言っても言うこと聞かなかったね?」


メガネ「ぶ、部下とちゃいますからね!命令される筋合いあらへんでしょ!?」


オサガリ「じゃ、敵だね。悪いけど、敵だから、今から追い払わせてもらうよ」


ナレーション2「サイコパワーを振り絞るオサガリ。テレキネシスでメガネを浮かせ、彼女をグランドクロスの砲身にすっぽりと仕舞い込んだ」


メガネ「ギャッ」


オサガリ「じゃあね、我が敵、セミちゃん!……ミッちゃんと仲良くやれよ!」


ナレーション2「自動操縦で空高く浮かび上がるグランドクロス。先に受けたダメージのせいか、些か挙動が不安定ではあるが、力強く砲身を回しながら、北へ向かって飛んでゆく」


メガネ「へ、兵長!ウチはアンタの部下とちゃいますけど、さっきの話、アンタの部下に聞かせてもきっと『いい上司』って言ってくれると思いますよ!」


オサガリ「!」


ナレーション2「暗闇に紛れて見えなくなったグランドクロスを見送るオサガリ。メガネが何か嬉しい言葉をかけてくれたような気がしたが、グランドクロスの回転の激しさにかき消され、オサガリの耳にはよく聞き取れない。後にはただ暗く()()しい空間が広がるばかりであった。次回『コウノトリの野望』第21話、乞うご期待!」


ショウ「サビ一丁!」


ハン「へい!」


ナレーション2「パックンチョ……ゲホーッ!ゲホッ!オエーッホ!……し……死ぬっ……!」

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