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ショートショート10月〜5回目

風邪は人にうつすと治る

作者: たかさば

 ……風邪をひくたびに、思い出す。


 俺の爺さんの、おかしな持論。


 …うちには代々、「風邪は移して治す」という、風習のようなものがあった。

 爺さんと親父が風邪をひいて熱を出した時、まず向かうのは…混みあう場所だった。

 二人にとって、病院は第一選択で向かう場所ではなかったのだ。


 昔どこかの研究施設で働いていたという爺さんは、頭が良すぎて…おかしな事になってしまったらしい。


 病原体には使命がある、より多く己の子孫を残すことが目的なのだ、役目を果たした病原体は次代に託して消滅する、だから一刻も早く他人にうつさなければならない…。

 薬など人体には不要である、自己免疫力があれば病気にかかっても打ち勝てるものだ、もし戦いに敗れ罹患に至った場合は病原体の本懐を遂行させよ、自身の体内で増殖させるのはばかげている、うつせる人間が近くにいないから病原菌は一か所で増殖し体力を奪いにかかるのだ…。

 病原体とは意思の疎通が可能である、他の者に必ずうつすからこの身体から撤退せよと伝えればみるみる体内から悪いものが移動しようと考える、病原体と効率よく共存することが一番賢く、身体にも負担が少ない…。


 もっともらしいような、胡散臭い…、おかしな理論。


 爺さんのもとで育った親父にも、その教えは受け継がれていた。婆さんが早くに亡くなっていたこともあり、誰もおかしなことを言っていると指摘するものがいなかったのだろう。

 おふくろと出会って多少は一般人に近づくことはできたようだが、風邪をひいてくしゃみでもしようものならすぐさま飛んできて、「誰かにうつせばすぐに治るぞ!」とのたまったものだ。


 おふくろはごく普通の人なので…、病気になれば病院に出向いたし、出された薬を飲んだ。ドラッグストアに行って胃腸薬や風邪薬などを買う事もあった。

 親父自身は病院に出向いたり薬を飲むことをしなかったが、おふくろや俺が薬を飲むのを否定したり病院に行くのを禁止することはなかった。ただただ、生活の知恵のひとつとして…、爺さんの持論を披露していたにすぎなかったのだ。


 ……爺さんが同居することになったあたりから、おかしな風習が嫌な感じに蔓延りはじめた。

 初めは部屋にこもっておとなしくしていたのに、だんだんとこなれて…図々しくなり、色んな事に口出しをするようになり、いつしか何を見ても文句ばかり言うようになり。


 朝の忙しい時間帯やテスト前で追い込まれている時に限って俺にちょっかいを出し、くどくどと昔の経験や信念を語っては気のすむまで持論をあびせてくるので…、たまったものではなかった。


 体を鍛えるという名目で薄着をし…風邪をひいては、お前は若いんだから病原体を引き取れだの、学校中にばらまいて来いだの言われて、目の前でゲホゲホやられた。

 高熱が出て頭がガンガンしているから寝ているのに、家の中で寝込むのは間違っていると叩き起こされ、無理やり連れだされて満員電車に乗せられた。

 受験の一週間前に目の前でゲホゲホやられて、バッチリうつされて熱が出て…、受かるはずだった第一希望の都会の大学に落ちた。


 地元の大学に入学することになった時、俺は…家を出たのだ。


 ……一人暮らしを始めて、もう…ずいぶん経つ。


 爺さんは、内定が出た頃に死んだ。

 咳が止まらなくなったから他人にうつしに行くと言って出かけて、通り雨に打たれて風邪をこじらせ、意識が無くなっているのを発見されて救急車で運ばれ…、点滴を三本も打ってもらったが回復しなかったのだ。


 親父は、俺が二度目の転勤の話を受けた頃に死んだ。

 風邪をうつしに行くと言って敬老会のイベントに顔を出し、ボランティアで来ていた学生からタチの悪い病気をうつされて…、入院することになり。立ち上がることもできなくなるほど悪化して…息を引き取ったのだ。


 おふくろは実家に戻った俺と共に元気に暮らしていたが、意思の疎通が難しくなったので…施設に入ることになった。


 俺しか住んでいない実家は、随分広くて…寒い。

 冷たい廊下を裸足で歩いていたせいか、背中が…ゾクゾクする。

 自分以外の熱がこの家のどこにも存在していないせいか、底冷えして凍えそうだ……。


 どうやら、風邪をひいてしまったらしい。


 薬を飲もうと思ったが、あいにくと買い置きが無くなっている。

 買いに行くべきか、それともおとなしく寝ているべきか。


 ……誰かにうつせば、治るだろうか。


 ………。


 ……うつせる誰かは、いない。


 うつせる人間がいないから、病原菌は逆ギレして…弱った俺の体の中で大増殖するに違いない。

 だとすれば、俺が今、すべきことは……。


「ゲホ、ゲホっ…、動けるようになったら、必ず…誰かに、うつしに行くから」


 高熱でもうろうとする中……、俺は、体内に蔓延る病原体に…、話しかけ。


「この身体を蝕んでも、ゴホ、ゴホッ…、繁栄が見込めなくなるだけだけど?ズズ、ズーッ…、せめてね、動けるよう…配慮してくれないと。共倒れになるよ?コン、コン…せっかくの、病原体の歴史が、ここで途切れることになるね?それでも…いいのかい?」


 ……は、はっくしゅん!!!

 ずず、ずびー!!


 ……少しでも、体力が回復してくれば、良いのだが。


 俺は、天井を、睨みつけながら。


 目を……、閉じた。


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― 新着の感想 ―
[一言] コ□ナが猛威を振るってた頃も同じ事を言っていた御年配の方々がいらしたそうで……  (。ŏ﹏ŏ)
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