冷えてるよ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こう、夏場になると機械のファンの音が身近に感じられないかい?
フオオ~、と音を立てて、発生する熱を必死に逃がそうと頑張ってくれている姿、まさに労働力のアピールといえるだろう。
閉じ切った空間の中、集中力を乱さないための静音性が重視される場面も多々あるが、粛々と仕事をしたところで、それを評価してくれるやつなんか限られている。
結局は声の大きい、口のまわる奴らが手柄なり、中心意見なりを主張して、いいように上の印象を動かしてしまうものさ。
はでに騒ぎ立てる力っていうのも、大事なときは大事なんだねえ。気に食わないところがあるのも確かだけどさ。内向きにも外向きにも、正しい力が宿らないと、望ましい向きに物事は起こらないもんだ。
だがら、僕たちも聴覚には気を配っておかなきゃいけない。その鼓膜を揺らしてくるものが、どのような意味を持っているか、警戒を厳にしておかないとまずい。
僕の昔の話なんだけど、聞いてみないか?
耳鳴りがするところには、霊がいる。
そう聞いたことがある人、それなりにいるんじゃないかな? 霊がスピリチュアルなメッセージを伝えようとして、受信する側の人間がいまひとつの調子だと、耳鳴りとなってあらわれる。
他のものに集中してしまえば、たちどころに感知できなくなってしまうほど、か弱いもの。それらを無視して過ごしていても、支障はないという人も多くいるだろう。
僕自身も、一時期まではそうだと思ってはいたのだけど、あれは小5の夏ごろだったなあ。
学校のプールからの帰り。友達と二人で、自転車を飛ばしていたところ、とあるトンネルの入り口へ差し掛かったんだ。
このトンネルは、学区同士の境目あたりに位置するのだけど、ゴミの不法投棄が多いことが少し問題になった。
内外を問わず、家電類を中心に捨てていく人が多いんだよ。具体的な理由については分からないが、夏場が近くなると古くなったエアコンや冷蔵庫を、遠慮なくぽいぽい転がされているのをよく見た。
車とかがトンネル内で事故りかねないから、定期的に回収されているのだけど、なかなかなくならない。汚部屋製造人を自認、もしくは一緒に暮らした経験のある人なら共感できるかもしれない、いつの間にか部屋の踏み場がなくなっていく、あの感触だ。
その日もトンネル入り口脇に、粗大ごみが捨てられている。
今回は大物で、僕たち子供がすっぽり中へ入れてしまうほどの冷蔵庫。
寝かされたその巨体は、捨て置かれてからまだ日が浅いのか。さほど汚れのない白いボディを惜しげもなくさらしていたよ。
自転車で脇を抜けるなら、あっという間のすれ違い。
なのにその短い間で、僕の聴覚はたちまち甲高い音に支配される。
これまで耳にした、どのような耳鳴りよりも耳奥へ響いた。そして、痛かった。
勢いついていた自転車のハンドル操作を誤って、うっかり転びそうになるのを、無理やし足ついて、止めにかかってしまうくらい。
追従していた友達も、僕がゆく手を遮る形で停まったからブレーキをかけてしまった。
僕が耳鳴りを感じるのは、よくあることと知られていたからね。とがめよりも、心配する言葉のほうが先に来た。
正直、このときの記憶を、僕はぼんやりとしか覚えていない。なので、友達の証言も踏まえて、起きただろうことを伝える音。
僕自身、この耳鳴りはいままで聞いたそれと違い、ただ聞こえ続けるのみならず、痛みを増し続けるものだった。
耳の穴から頭蓋骨へ、錐を突っ込まれてコリコリ回されているかのようで、ぎゅっと目をつむって耐えていたような記憶があるんだ。
ところが、友達の言とは食い違う。
確かに僕は耳をおさえながらうずくまり、なんとか痛みをこらえているような姿勢をとっていた。
それが、しばらく経つと耳をおさえたままで、すくっと立ち上がったかと思うと、トンネル入り口へかけ出していったというんだ。
友達が驚いて後を追うと、僕はぶつぶつと言葉をつぶやきはじめた。
「冷えてるよ……冷えてるよ……」
手足も胴体も、ぶらぶらと脱力したままな奇妙な走りを展開。目線は上向いたままの僕がかの冷蔵庫脇まで寄っていく様子に、友達は鳥肌が立ちかけたらしい。
そして冷蔵庫近くまでいった友達もまた、耳鳴りを聞いたそうだ。先ほど僕が聞いたタイミングからだいぶ遅れてはいるけれど、同時に鼓膜を揺らすものがある。
コンコン……トントン……。
ノック音だった。
聞こえてくるのは、あの冷蔵庫からだ。
家の中ならば、聞こえてきてもまたおかしい話じゃない。中の温度調整をしているダンパーサーモが仕事していると、このたぐいの音がするためだ。
しかし、ここは外。電源など、確保できるはずがないトンネル脇の草の上。
それがなぜ、こうも駆動音を響かせているのか……。
「冷えてるよ……冷えてるよ……」
相変わらずの僕の言葉は、きっと的外れではなかったのだろう。
このノックに似た音がある限り、冷蔵庫は仕事をしているのだから。中の温度を冷たく保ち続ける、という。
そしてついに僕は、横倒しになっている庫の大きな扉に手をかけた。
一瞬、吹き飛ばされるかと思う熱風が、友達を襲った。
思わず身体をかばってしまう友達をよそに、それよりずっと近く、この真ん前に立っていた僕はびくともしなかったそうだ。
その背後の草むらが、風に遅れて踏みにじられていく。
50センチほどの幅で、草むらはまあるく踏まれ、元へ戻っていった。ちょうど、大きいボールがぽんぽんと、弾んでいくように。
けれども、そこには何もない。
僕の記憶も、ここからははっきりしている。
いつの間にか冷蔵庫前に立っていた僕は、体中をぐっしょり濡らしていたんだ。
プール上がりだとか、汗っかきだとか、そんなちゃちなもんじゃない。
だって服のえりとか裾から、霜がつららみたいになって引っ付いているんだよ? それどころか身体から生える毛の一本一本が凍り付いて、肌もまたほとんど真っ赤になっていた。
僕はもともと、あまり日焼けをするタチじゃないから違うとは思ったけれど、そもそも痛さが鈍い。やけどの一種たる日焼けなら、もっとひりつく感触のはずだ。
結果的に、僕は凍傷になりかけだったという結論になる。
僕は意識をどこかにやっちゃうくらい、あの冷蔵庫の中身に呼ばれていたんだろうかね。
友達から聞いたあの見えないボールらしきものは、どこへ、何をしにいったのだろう。