1ページで変ったもの
以前即興小説が閉鎖してしまった後に、個人的に書いていたものを短編としていくつか投稿します。文章はSSくらいです。
本作は、お題「ページ」 15分 で書いたものになります。
放課後、先輩と図書室で本を読むのが僕と彼女の日課だ。
だが、今日の先輩は本を机に置いたまま開かず、何か考え込んでいた。
「読まないんですか?」
「1ページって、どれくらいの時間を表現できると思う?」
不思議に思って問うと、さらに摩訶不思議な問が返ってきた。
「文章の内容に寄るんじゃないですか。つらつらとト書きを連ねれば1秒にもならないかもしれないし、一年が経ったって書けば一年経ちます」
「ふむ、身も蓋もない答えね」
先輩は面白くなさそうだ。
生憎と、僕は先輩を満足させられるだけのユーモアを持ち合わせていない。
「小説1ページに入る文章はだいたい1000文字だそうよ。一般的な小説はその半分と少しの、600から700文字くらい」
「はあ」
「これだけあれば、起承転結がついた立派なストーリーもできるかもしれないし、これしかなければ、ただ話していたら終わりなんてこともあり得そう」
「今の僕らの会話で、大体それくらいの文字数だったりして」
「そしたら、ほんの1分くらいね。200ページ繰り返したら200分。3時間と20分になる」
「そんな本、とても読みたくはないですけどね」
こんな起伏のない会話が200ページも続くなんて地獄でしかない。
「それで?なんでこんな質問を?」
「1ページに無限に時間が込められるなら、小説一冊にはどれほどの時間を込められるんだろうって考えたのよ」
「そりゃ、無限じゃないですか?」
「いいえ、有限よ」
先輩はきっぱりと言い切り、理由を語り出す。
「私達が感じられる時間は有限。小説を読めば、私達はその世界や登場人物の時間を追体験できる」
「けれど、小説は必ず読み終える。必ずどこかで終わるの」
「物語の時間は圧縮されていて、現実では数時間のうちに、何日、何ヶ月と過ごした気持ちになる」
「つまり、全てを知覚しているのではなく、圧縮された時間を切り取って知覚しているの」
「数時間くらいなら1ページの文章で情報を知覚できるだろうけど、年単位で間が飛ばされるとその間なにが起きたのか知覚するのは難しい。そう考えると、やはり有限だわ」
なるほど。読んでいる時間と作中の時間のズレの話だろうか。
確かに小説を読むとき、例えば主人公の体験した1日の内の重要なシーンだけを読んでいるとしても、しっかりと作中で1日過ごしたと感じるかもしれない。
しかし、『1年が経った』などと書かれればその間の記憶はダイジェストになり、実際に1年経ったようには体感できないだろう。
「なんとなく分かったような。それを考えてどうするんです?」
「この本はページが欠けてるの」
先輩は机に置いてあった小説を手に取った。
表紙が少し色あせている。どうやら古本のようだ。
「欠けているのはたった1ページ。でもこの1ページがないだけで、登場人物も、世界も、何もかも変わっている。どれだけの時間が経ったのかわからないのよ」
「なるほど……それで」
さっきまでの会話の意図がようやく腑に落ちた。
その欠けた1ページで経過した時間は、果たして1日か、1ヶ月か、はたまた無限に近い有限か。それとも──
ところで、僕は先日とある拾いものをしていた。
「僕、そのページ持ってますよ」
「えっ、先に言ってよ」
驚いてこちらを見る先輩を横目に、鞄から色あせた紙の入ったファイルを取り出す。
「まさかその本とは思わなかったんです。落ちてたのを保管してただけなんで」
「それで?そのページにはどれだけの時間が込められていたの?」
「残念ですが、答えは単純です」
「時間は0です。何せ、書いてあるのは次の話の『タイトル』だけですから」