火葬場にて
三題噺もどき―にひゃくきゅうじゅうなな。
外に出ると、ヒグラシの声が聞こえた。
耳を叩くその音は、夏の始まりを告げている。
また本格的な夏が、始まってしまうようだ。
今年は、もう既に30度以上を記録しているところがあるようだから、これ以上となると、もう。生きづらそうで仕方ないな。
―いっそ死んだほうがましだ。
「……」
とは言え、ホントに死んでしまっては、何もできないから、そういうわけにもいかないのだけど。
―その上、そんな弱気なことを言っていたら、亡くなった祖父に笑われてしまう。
暑すぎて死ぬなんてこたぁない、あの戦争に比べたら―と。
いつもそうやって、笑い飛ばして、昔語りをする祖父に。
「……」
今は、その祖父の葬式を終え、火葬場に来ていた。
田舎の小さな火葬場。
この辺では、唯一の火葬場だから、きっとここの住民は、ここから空へと昇っていくのだろう。
山の上の方にあるから、きっとすぐ、迷うことなくたどり着ける。
「……」
あぁ、でも。
あの祖父は、誰よりも好奇心と、冒険心を持っていたから、ちょっと寄り道をしたりしそうだ。今回ばかりは、迷わず進んでいってほしいところだけど。
まぁ、祖母がきっと手を伸ばしてくれているだろうから、大丈夫か。
「……」
ふと、火葬場の煙突を見やる。
まだ煙は上がっていない。
まぁ、まだ時間はかかるだろう。
その間、参列者や親戚一同は近くの待機所で待たされる。
その待機所から出てきた。
「……」
中では、おじい様方が、缶コーヒー片手に何やら語り合っている。
正直言うと、ほとんどが知らない顔だから、こう、対応が難しい。
しかも、みんなして訛りがひどい。田舎から離れて暮らしていたこの身では、理解ができない。
「……」
あと、ああいう賑やかな場所は少々苦手なのだ。
特にこういう時は。
1人静かにしたいと言うわけでもないのだけど、遠くで聞こえる喧騒に耳を傾けるぐらいの位置にいたい。
―単純に、おじい様方の相手をするのが面倒くさいと言うのが一番だが。
「―――!」
「ん?」
しかし、田舎の夏は暑いなぁ……なんてことを思いながら、ぼぅっとしていると、後ろから声が聞こえた。
見やると、母の弟、私の叔父が立っていた。
両手にそれぞれ、煙草と何かの缶ジュースをもって。
「のむやろ」
「ありがと」
こちらへと寄ってきた叔父に、ひょいと渡されたのは、ラムネと書かれた少々小さめの感ジュース。
水色の涼し気な感のデザインと、氷水にでもつけられていたのか、水滴がついていたラムネ。
それは、ほんのすこしだけ、私に涼をくれた。
セミと太陽は、熱しかくれないからなぁ……。
丁度喉も乾いていたし、ありがたく頂戴しようと。
缶のプルタブをこちら側に引く―
「わ!!」
と、勢いよく中身があふれてきた。
ブシュー!という、音と共に、ラムネが指の上に流れ出す。べたべたとした気持ち悪さがそこに居残る。間一髪、靴が濡れるのだけは阻止した。
……このじじぃ。
「……ふった?」
「ん?ふっは」
煙草を咥えながら、にやりと笑いながら答える。
この叔父さん、確か私の15歳程上のはずなのだが、どこまでもこの子供らしさが抜けない人だ。
会うと、毎回こうして、何かしらを仕掛けてくる。
……まぁ、今回はちょっと気も紛れたし良しとしよう。
「スーツで拭くぞ」
「やめろww」
この人は叔父さんというより、友達感が強いせいで、つい、こんな話し方をしてしまう。
……こういう時は、父でも母でもなく。この叔父さんが絶対に来てくれる。
やんちゃでガキ大将のようで、子供っぽいのに、1人でいると寄ってくる。
ちょっとしたことで、気を紛らわしてくれて。
いつの間にか、ほんの少しだけ気持ちが軽くなっている。
「うま……」
こくりと、残り少なくなったラムネと口に入れる。
程よい炭酸の刺激と、まとわりつくような甘さが、口内を満たしていく。
叔父さんのおかげで、量は減ったが、丁度いい量だった。
「ガキww」
「うるさい、おじさんもラムネやろ」
「うるせ」
「ぅわ!!」
がば―!!と、勢いよく頭をかき回される。
短い私の髪は簡単に乱れる。
ぐしゃぐしゃと頭が揺れる。
されるがままになっている私は、無駄な抵抗を試みつつ、心の中で感謝を告げる。
「――ぁ」
「なに?」
突然動きをとめた叔父。
何かと思い、顔を上げると、火葬場の煙突の方を見ていた。
「あ……」
そこには、静かに、真っすぐに伸びる煙と。
堂々と立ち上がる入道雲がみえた。
お題:ラムネ・入道雲・ヒグラシ