第4話 一歩一歩
琥珀
「日用品…」
琥珀はノートに鉛筆でサラサラと適当に書いてみる。鉛筆であることは間違いないようだ。
琥珀
『モルグリットさん…?』
モルグリット
『はい。なんでしょう』
琥珀
『他のチート能力もこんな感じなのか?なんというか、戦闘には到底使えそうもないと言うか…』
モルグリット
『他のチート能力についてお聞きになりたいですか?』
琥珀
『あ、うん。教えてく、教えてください』
モルグリット
『そうですねー。強い能力ですとその場で雷雲を出現させたり鉄砲水を敵に向かって放ったりする自然災害を起こさせたり、剣をレーザーブレードに変えてあらゆる物を両断出来たり出来ますね』
琥珀
「…」
鉛筆を持つ。鉛筆を持つ手に力が入る。
琥珀
『この力で転生者と戦えって言うのかよ…! あんたは僕に死ねって言うのか!?』
モルグリット
『仕方ないじゃないですか。それが琥珀さんの能力なんですから。何とか利用して切り抜けてください?』
鉛筆がメキッ…! と音を立ててへし折れる。ふー、ふー、と息が荒くなるが何とか抑える。
琥珀
『曼荼羅は…1度出現させたら消せないのか…?』
モルグリット
『ええ。消せませんね』
琥珀
『僕はまだこの世界に詳しくはないんだけど、曼荼羅は隠して生活した方がいいんだろうか…』
モルグリット
『ああ、それは大事なことですね【転生者はかなり忌み嫌われています。】皆曼荼羅を隠して生活されています』
琥珀
『その理由は、なんでだ?』
モルグリット
『チート能力を利用して悪用する転生者が多いからですね。魔法とは違う異能ですから、対策が取りにくいのです。王都には勿論入れません。ということはその曼荼羅をクラヴィスさんにバレてしまっても不味いです』
琥珀
『…あんたは不利な条件を言う前に僕にチート能力を目覚めさせたのか!? 助けたいのか足を引っ張りたいのかどっちなんだっ!』
今しがたへし折った鉛筆を地面に叩きつけた。
モルグリット
『お怒りのところ申し訳ありませんが、チート能力を発現させなければ因果の回収は出来ません。ご存知でしたか?』
琥珀
『え…?』
モルグリット
『因果を回収する為には回収した因果を曼荼羅に刻まなければなりません。よってチート能力の発現は貴方の目的達成の為の必須事項と言えます。ご理解頂けましたでしょうか?』
琥珀は目から涙が出てくる。幼児である為感情の起伏に慣れていないのか、今まで堪えきれなかった鬱憤が限界に達したのか分からなかったが、あまりの理不尽さにポトポトと涙が零れた。
琥珀
「…ぐす、ぐす、クソっ…! クソォっ…! なんで僕ばっかりこんな目に…っ! チックショオッ!」
膝をついて地面を2、3度叩けば唇をぐっと噛み締める。怒りで琥珀の顔がしわくちゃになっている。
琥珀
「訳分からない世界に飛ばされて、理不尽な条件を無理矢理押し付けられてこれから人を簡単に殺せる相手とこんな鉛筆で戦えだなんて巫山戯てる…! クソだ…! こんな世界ドブクソ過ぎるっ…!」
嗚咽を吐きながら地面に涙と鼻水を垂らしながら琥珀は咽び泣いた。
モルグリット
『琥珀さん』
琥珀
「ぐず、えぐ、うぐ…」
悲しみに暮れ藍色の雰囲気を纏った琥珀はモルグリットの問いかけに気付かない。
モルグリット
『常磐琥珀ッ!』
琥珀
「…ッ!」
琥珀はドキリとした。
モルグリット
『直ちにその曼荼羅を隠した方がよろしいかと』
琥珀は慌てて自分から分泌された液体の混ざる土を曼荼羅に塗り付ける。
クラヴィス
「エルロック…? どうしたの?」
自分のチート能力で召喚したものを背後に隠す。
琥珀
「…え、母さんどうしたの? なんでもないよ…?」
クラヴィス
「…すごく悲しい気持ちが伝わってきたから様子を見に来たのよ。大丈夫…?」
琥珀
「…うん。僕大丈夫だよ。母さんに心配されるようなことは何もないよ…」
クラヴィス
「エルロックは子供なのに立派だね。汚れちゃったわね? 転んだの? 一緒にお風呂に入りましょ?」
琥珀
「…い、いや。大丈夫だよ。僕今日で4歳になったんだもん。もう1人でお風呂入れるよ」
クラヴィス
「…そう? でもまだ4歳なんだもん。まだまだ甘えていいのよ?」
琥珀
「これからはなんでも1人で出来るようにならなくちゃいけないんだ。早く騎士になって母さんを楽させてあげないとね…」
クラヴィス
「ふふ。逞しくて頼りになるわ。じゃあお風呂沸かしておくから今日から1人で入ってみましょうか」
琥珀
「うん。ありがとう母さん…」
クラヴィスはそういうと踵を返して家に戻って行った。
琥珀
『何故悲しい気持ちが伝わったんだろう…』
モルグリット
『魂で繋がっていますので。従属奴隷とはいえ親密な関係であることには変わりません。しかし反逆を企てれば直ぐに気付かれてしまいますので、謀反を起こす際はご注意を』
琥珀
『今どうあっても敵わない相手とことを構える気は無いよ…。それに僕が騎士になってクラヴィスを王都に招いたところで、僕に不利益を被る事は無いだろうし』
モルグリット
『そうですね。今のところは』
琥珀
「…?」
含みのある物言いに少し訝しむ。
琥珀
『モルグリットさん、僕が知っておかないと困る事を全部教えてよ…。後から教えられて苦労するより今の内に知っておいて対策しておきたいんだ』
モルグリット
『そうですね。特別知っておく必要があることは集めるべき因果の数と集め方、そしてチート能力位ですね。私もその世界の事に精通してる訳ではありませんので琥珀さん自身が情報を仕入れて順応するのが良いかと。一気に全部詰め込んでもきっと忘れてしまうと思われますので』
琥珀
『そんなことは無い。ほら、ノートだってあるんだし…』
モルグリット
『…そのノート、どうやって手に入れました?』
琥珀
『は、はぁ? チート能力でだよ』
モルグリット
『転生者とバレる可能性のある記述を、あろう事かこの異世界において異物であるノートに記述するのはどうかと思われますが』
琥珀
「…」
琥珀は今しがた召喚した物品を全て袋に詰める。
琥珀
『…済まない。頭にきて少し感情的になり過ぎていたようだ。あんたは悪くないのに、自分自身が不甲斐ないのをあんたに責任転嫁しようとしていた』
モルグリット
『直ぐに受け入れられない事実は多いと思います。その能力だって使いようによっては意外な使い道があるかもしれません。現状を悲観するより前向きに進んでいきましょう。ほら、一歩一歩です』
琥珀は何処かで見ているであろうモルグリットを想い辛気臭そうに顔を顰める。
モルグリット
『それにこれは貴方が始めた人生です。だから途中で投げ出さず責任をもって全うしてください。どんなに時間がかかってもいいので焦らず頑張りましょう』
琥珀
「…はぁ」
土で汚れた曼荼羅を見つめる。利用されるために拾われ、逆らえない契約を無理矢理結ばされ、有用性の見い出せない能力に目覚めさせられ、1度へし折れてしまった魂を再構築させる為の人生に身を投じる。これから起こるであろう命を懸けた戦いを想いながら、重い足取りで家へ戻っていく。
琥珀
「…一歩一歩か」




