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幼馴染から遺書をもらった

作者: 藤崎珠里

 幼馴染から遺書をもらった。

 俺が死んだら読んでね、と軽い口調で。


「…………え、ミク死ぬの? 病気? 余命何ヶ月? 入院いつから? 入院する前に全国回って美味いもの巡りするか。北海道から沖縄まで制覇する猶予ある?」

「あははっ、話飛びすぎだよ、死なないから」


 勢いすごいなぁ、とけらけら笑う未來人(みくと)――ミクをじっと睨みつける。

 確かに元気そうではあるが、こいつには四十度の高熱が出ているときにも平気な顔で動き回っていた前科があるのだ。しかも熱に無自覚だったの、マジでありえない。指摘したらさすがにぶっ倒れたけど。


「ミクなら気づいてないだけでなんかヤバいことになってるかもしれない。いい機会だし検査しとこ」

「えええ……やだ……っていうか余命いくばくかの人間を全国に連れ回そうとした子のセリフじゃなくない?」

「そりゃあ医者に余命宣告されたなら、あとはもうそれまでにどんだけQOL上げるかどうかじゃん。でもまだそこまでいってなくて、他にできることがあるならやるべき」

「それはそうかもだけど……とりあえずまあ、その話は置いといて」


 ミクは私の手にある手紙を指差した。


「今のところまだ死ぬ予定はないけど、なんとなく書いてみた。初遺書だよ!」

「ああ、そうだった。今読むね」

「あれぇ? 死んだら読んでねって言ったんだけどな……」


 首をかしげるミクのことは構わず、手紙の封をびりっと破る。シールならまだしも、のりづけされていたので想定以上にびりっびりになってしまった。

 遺書を目の前で読まれようとしているというのに、ミクは焦るそぶりも見せない。

 ほんとにいいのか? という意味を込めて視線をちらりと送る。にぱっと笑顔を返されただけだった。


「いやそうじゃないだろ」

「ええ? なにが? ももちゃん止めても止まんなくない?」

「ミクが本気で止めるなら私だって止まるし」

「まあ本気で止める必要はないからなー」


 ミクのにこにこ顔は変わらないので、どうやら遠慮はいらないようだ。

 封筒の中には、重ねて折り畳まれた二枚の便箋が入っていた。これが遺書として長いのか短いのか、私には判断がつかなかった。

 私が遺書を書くとしたら、両親にはそれぞれ三枚は書きたいし、ミクには……なんなら五十枚くらいなら書いていい。

 とりあえず便箋を開くと、一枚目に書かれている文章は短かった。



石埜(いしの) すもも様


 あなたがこれを読んでいるということは、あなたは俺の言葉を無視して、俺の目の前で手紙を読んでいるのでしょう。』



「おいミク」

「はーい?」

「これもしかして悪質な冗談?」

「いや、俺がいつか死んでから読んでたらちゃんと遺書だよ。一枚目はギャグになるけど」

「ならない」

「ならないかぁ」


 しゅん、とするところが違う。

 でもミクがずれているのはいつものことなので、ため息一つで流した。

 ……しかし、本文が二枚目だけとすると、さすがに短すぎないだろうか。こっちは十六年来の付き合いがある幼馴染なんだけど。

 なんとなく面白くない気持ちになりながら、二枚目の便箋に目をやる。



『さて、本題です。こっちは俺が死んだこと前提で書きます。

 まずは、ずっと一緒にいてくれてありがとう。俺がいつ死ぬかはわからないけど、きっと俺の横にはずっとももちゃんがいてくれたことと思います。結婚してたりして。してないかな。お互い別の人と結婚してたらびっくりだね。いや、ももちゃんはびっくりしないかもか。』



「ぐだぐだすぎる」

「ね」


 深くうなずくミク。わかってんのかよ。

 ミクらしいと言えばそりゃあもう、十割以上ミクらしいのだけど、仮にも遺書なんだからもうちょっと文章考えたほうがいいんじゃないか。一応国語の成績はいいはずなのに。

 呆れながら、続きに目を滑らせる。



『俺の財産は、もしもあったとしたら三分の一ももちゃんに遺します。残りは父と母に。きっちり三等分するのがめんどくさかったら、とりあえず三人で適当に分けてください。たぶんそんないいものはないです。

 それでは、早くも最後になりますが、どうか体にお気をつけて。長生きして、笑いじわの素敵なおばあちゃんになってくれたらいいなあ。ももちゃんあんま笑わないから無理そうだね。いっぱい笑わせてくれる人見つけてね。

 ももちゃんの幸せを心から願っています。幸せにならなきゃ天国か地獄からブーイングを届けるつもりなので、覚悟しておいてください。


             笹峰(ささみね)未來人』



 ふわっふわした内容は、『なんとなく』で書いたのも納得の出来だった。こんなものを遺書にするとか正気か?


 でもやっぱり、ミクらしいなとは思う。

 ……思う、けども。突っ込みどころが満載だ。どこから突っ込めばいい?

 一枚の中でこれだけ突っ込みどころを作れるのは、ミクのすごいところかもしれない。褒めていない意味での。


「ミクは天国行くと思うよ」


 とりあえず、最後から遡ってコメントをしていくことにした。


「え、そうかな? ももちゃんが言うならそうかも! じゃあ後で、天国から、って書き直すね」

「うん。でもブーイングはやめてね。ミクならマジでやれそう。絶対うるさいから無理」

「幸せになってくれればいいだけだよ?」

「ミクが死んでる時点でだいぶ厳しい」


 えっ、とミクが間抜けに口を開けた。ぽかん、きょとん、ほわん。そんな感じである。

 開いた口に人差し指でも突っ込んでやりたくなったが、ちょっとこの場面には合わない気がしたのでそのまま手紙の文面を逆に辿る。


「いっぱい笑わせてくれる人見つけてって、なに。他人任せでいいところなの?」

「え、えっと、だめだけど、死んだらどうしようもないし」

「死んだくらいで諦めるなよ」

「えええ……ももちゃんたまに俺よりむちゃくちゃ言うよなぁ……。わかりました、頑張ります」

「あとで書き直してね」

「うん」


 おとなしくうなずいてくれたので、少しだけ溜飲が下がる。

 ミクは一時期、私を笑わせるためだけにお笑いの道を目指したことがあった。お笑いってなんか恥ずかしくて見れないんだよね、と言ったら一日で終わった夢である。

 コメディ作家とか、落語家とか、いろいろ迷走した結果落ち着いた将来の夢が、『ももちゃんと一緒にいる時間を最大限とれるホワイトな会社の平社員』。不特定多数を笑わせるより、私に集中したほうがいいと気づいたらしかった。

 ……別に、そんな笑わないわけでもないんだけどな。むしろミクといるときはかなり笑ってるほうなのに、何が不満なんだか。


「あと私の美意識的に、笑い皺であっても皺は嫌かな。その素敵さは他の人に求めておいて」

「ももちゃん以外は別にいいかな……」

「じゃあ削除」

「いつの間にか俺の遺書、添削されてる? はい、赤ペン」


 添削していいというのなら添削しよう。

 渡された赤ペンで線を引き、笑いじわの部分を消す。あと地獄も消した。ブーイング部分の書き直しはミクに任せる部分なので、下線だけ引いておいた。


 ちなみに今現在私たちは、私の部屋にいる。

 テスト勉強をするためにローテーブルの上に出された教科書たちは、まだ開かれてすらいなかった。座った途端遺書を渡されたので。

 まあ、私たちはどっちも成績がいいし、少しくらいサボってもまったく問題ないだろう。


「体に気をつけてはこっちのセリフ。ミクは自分の体大事にするの苦手なんだから、他人の心配してる余裕はないでしょ」

「ない余裕の中でも、ももちゃんの心配はさせてよ」

「やだ。そもそも風邪も引いたことないし、体調崩したのなんか、ミクにうつされたインフルくらいじゃん」

「ももちゃんだってインフルには負けるんじゃん!」

「インフルは一回なったらもう二度とならないから。大丈夫」

「え、そうだっけ? ……そうだった?」


 真剣に考え込むミクは、自分が何度インフルにかかったか覚えていないんだろうか。五回はかかってるぞ。自分の身体のことに興味がなさすぎてムカつく。

 とはいえ、ミクの頭の中には『私が嘘をつく』という概念がないから仕方ない。私は割と適当な嘘をつくが、それでミクが傷ついたり、不利益なことが起きたりしたことがないからだろう。


「『早くも最後になりますが』、早いってわかってるならもっといっぱい書いてもよくない?」

「ほんとは百枚くらい書けるんだけど、読むの大変かなって……」


 負けた。五十枚くらいって思ってしまった私、負けた。

 ……いや私だってちゃんと百枚書けるし。今度書いてきてミクの前にどさっと置いてやる。


「一か百かしかないの?」

「ないよ」

「ないなら仕方ないか……あ、財産は普通にいらないから、おばさんとおじさんで二等分ね」

「え~!?」


 不満げな声は無視して、赤ペンを入れる。私がミクの財産をもらう意味はほんとにわからない。ただの幼馴染だぞ。


「財産なんかなくても、遺書百枚書いてくれれば十分」

「そう? ならそうしよっかなぁ」

「ちゃんとまた事前に見せてね。変なこと書いてあったら添削させてもらうから」

「百枚添削は大変じゃない?」

「別に大丈夫。お堅い文章ってわけでもないし」

「漢文で書いてみようかな」

「やれるもんならやってみろ」


 ミクなら実際にやってきそうだ。やってきたところでお互いの勉強になるだけだしいいだろう。


「で、一番の突っ込みどころが最初なんだけど」

「一枚目?」

「いや本題のほう」


 二枚目をローテーブルに載せ、手のひらをその上から軽く叩きつける。


「大事な言葉がないと思う」

「す――」

「待て」


 ミクはぱっと両手で口をふさいだ。私が止めた意味は絶対にわかっていないが、それでも反射的に私の言うことを聞いてくれるのが、ミクという生き物だった。

 迫力を出すため、腕を組んでしかめっ面を作る。残念ながら私は童顔かつチビなので、わざとらしいくらいにしないとまったく迫力が出ないのである。


「私に言われたからするの? もともと言おうと思ってたの?」


 口に当てていた手を、ミクはそうっと外した。


「……言わなくてもわかってるかなって思ってたけど、いつかは言おうと思ってた」

「正直でよろしい。でもその考えはよろしくない」


 私は今、結構頭に来ていた。

 こんなことになっているのは一応、私にも責任の一端があると言えなくもないから、ムカつく資格なんてないんだろうけど。それはそれとして、である。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なのに本題の初っ端から結婚の話とか、おかしくない?」


 これを読ませる前に、まず言うことがあるはずだった。なんなら私に言わせてもいい。

 どっちだってよかったのに、こいつはそこらへんを吹っ飛ばして、とんでもないところから話を始めやがった。


 私の言葉に、ミクはショックを受けたようにわなないた。


「……い、今のももちゃんの好きはカウントしなくていい?」

「しなくていいって言ってあげたいけど、ムカついてるからカウントする。私が先に言った」

「うわー!! 先言われた!!!」


 大げさに叫ぶミクに、ふん、と鼻を鳴らす。別に私はどっちだってよかったのに、こうさせたのはミクだ。


「好きも言われてないのに結婚の話されんのは怖いんだわ」

「そうだね……」

「まあ私がここで読んじゃったのも悪いけど? 先に好きって言いたかったならさっさと言えばよかったでしょ。いくらでもタイミングあったじゃん」

「いくらでもあったから……いつでも言えるなって思っちゃって……ごめん……」


 落ち込むミクは、しなしなと干からびた花みたいだった。少しだけかわいそうになったので、栄養を与えてやることにする。


「あと私だって、私がミク以外と結婚してたらびっくりする」

「ほんと!? 嬉しい!」

「でもミクが私以外と結婚してても、別にびっくりしない」

「うそ……なんで……」


 ぱあっと輝いた顔が、また一瞬にして陰る。落差が激しすぎて、こんなときなのに笑ってしまいそうになった。

 小さな咳払いでごまかして、ミクの疑問に答える。


「私、めんどくさいから」

「そこもいいんじゃん」

「おい」

「俺だってめんどくさいでしょ?」

「うん」

「ほらぁ」


 何が『ほらぁ』なのか。

 論破!みたいな顔をしているが、こんなの全然論破じゃない。


「でもミク、ぼんきゅっぼんのお姉さんタイプが好きだろ」

「言い方古くない? それに別に好きってほどじゃないけど……?」

「えっ、うそ。牛乳飲んだりバストアップマッサージしたりしてるの意味ない?」

「それは意味があります。とてもあるので継続をお願いします」

「ほらー」

「それ俺の真似!? 可愛いね!? いやでもそれとこれは違うじゃん好きな子の話だったらそりゃあそうなるじゃん!! 俺はももちゃんだったらなんでも可愛いけど!?」


 それは知っているが、好きな奴の好みに近づきたいのが乙女心というやつである。

 まあとりあえずは、随分前からの習慣は継続されることとなった。


 可愛い、は結構頻繁に言われていたけど、『好きな子』なんて表現をされたのは初めてだった。

 初めての『好き』はもっとちゃんとした告白のほうがよかった気がしなくもないが、これはこれでいいだろう。ミクらしいし。


 ミクの好きな子は、私。知ってたけど、やっぱりそうなんだ。

 思わずふふっと笑いそうになる。


「かっ……!」


 目をこれでもかと見開いたミクは、数秒かくかくと変な動きをした後、ゆっくりとうなだれた。


「可愛いね……びっくりした……」

「可愛いね、を言うテンションじゃないんだけど」

「なんか一周回って落ち着いてきちゃって。そっかぁ、いつでもいいならもっと前に言っとけば、もっともっと可愛いももちゃん見れたんだな……」


 本気の後悔が滲む声音だった。

 そこまで落ち込ませるのは本意ではないので、手を伸ばしてミクの頭をよしよしとなでる。ミクはちょろいから、こうすれば大概のことは忘れてにぱっと笑うのだ。

 しかし、今回はすぐにはその笑顔を見せてくれなかった。


 ミクは半べそで私を見つめる。そうして私の手を両手で取って、ぐいぐいと自分の頭を押しつけてきた。もっとなでろということらしい。

 お望みどおり、わしゃわしゃなでてやる。髪の毛を、それはもうぐっちゃぐちゃにしてやった。


「気分上がった?」

「上がったぁ……」

「上がってないじゃん。嘘つくな」

「嘘じゃないしぃ……」

「拗ねるな」

「うっ、それは確かに……自業自得なわけだし」


 反省した様子のミクを、もうちょっとなでる。ようやくにぱーっと笑ってくれた。よろしい。


「で、なんで急に遺書なんて書こうと思ったの? なんとなく、だとしてもきっかけはあるでしょ」

「いや……めちゃくちゃトラ転危機一髪だったから……いつ死ぬかほんとにわかんないし、書いといたほうがいいかな~って思って」


 とらてん、がぴんと来ていないことに気づいたミクは、「トラックに跳ねられて死にかけたということです」と説明してくれた。とらてんのとらは、トラックのトラ。……てんは何? 天国?

 一瞬どうでもいいことを考えてしまったが、聞き捨てならない説明だった。


「は? 私の知らないところで勝手に死にかけるな」


 私より早く死ぬのは別にいい。ミクが男で私が女である限り、その可能性のほうが高いのはもとより承知の上だ。

 だけど、知らないところでころっと死ぬのだけは、どうしたって許せない。


「地獄に落ちる行為だよ。絶対だめ」

「じゃあやっぱり地獄は消さないでおこっか」

「だめだってば馬鹿! ミクは天国行かなきゃだめだよ! だから私の知らないところで絶ッ対死ぬな」


 今度は私が半べそになる番だった。……別に泣いてないけど。泣こうと思えば泣ける気分、というだけで。

 そういう気持ちは、たとえ隠したってミクにはいつもバレる。

 隠していない今なんてバレバレで、ミクは無言でわたわたと慌てていた。私の言葉が続きそうだから、何も口を挟まないでいてくれているけど。


「ミクが知らないところで死んだら、私も地獄に行ってやる。私を地獄に引きずり落としたくなかったら、大人しく約束して。『俺はももちゃんの知らないところで勝手に死にません』、復唱」

「俺はももちゃんの知らないところで勝手に死にません」


 神妙に復唱したミクに、「よし」と深くうなずく。これで少しは意識に刻まれただろう。


「……でも、遺書書こうって思うんなら、やっぱいきなり結婚の話じゃなくて『ずっと前から好きでした』とかにならない?」

「迷ったんだけど、そういう本気の告白を遺書で読んじゃったら、残されるももちゃん大ダメージじゃない?」

「ミクが死んでる時点で大ダメージだからなんも変わんない」

「そっか……ならそこも書き直す!」


 告白はもう済ませたが、文章でも残してくれるというのなら大歓迎だった。

 赤ペンで長々と下線を引く私を、ミクはにこにこと見守っている。

 遺書を添削されるのって嬉しいことなんだろうか。経験がないからわからない。……まあ今度百枚書いて渡せばわかることか。


「ミク、ちゃんと百枚書いてね。私も百枚書くから。遺書交換しよう」

「衣装交換みたいな言い方でわくわくするな……」

「? うん」

「あ、交換日記みたいだね!」

「そうか?」


 日記を交換するのは微笑ましいけど、百枚の遺書を交換するのはマジでやばいと思う。私はミクよりは、自分たちのことを客観的に見るのが得意だ。

 添削を終えた遺書を返そうとして、ふと惜しくなる。

 これは世界で唯一の、ミクの初遺書である。だけど私が返したら、きっとどこかで雑に捨てられるだけ。


「……よし、テスト勉強しよっか。私今回、化学ちょっとやばいかも」

「…………ももちゃん?」


 遺書を折りたたんで、さりげなく膝の上に置いた――つもりだったが普通にバレた。

 でも渡さなければいい話なので、にこーっと笑顔を浮かべてみせる。ミクにとっては大変可愛い顔だろう。ほらたじろいだ。


「かっ、かわいい~~」

「だろ」

「うんうん。まあ最初っからももちゃんにあげるはずの遺書だったし、いっか! 勉強しよ。俺が今回やばいのは……なんもないかも?」

「じゃあ化学教えて」

「えへへ、まっかせて」


 心強い返事を聞きながら、ワークとノートを開く。遺書は膝にのせたままだ。

 ……私はどんな遺書を書こうかな。

 問題に目を通しつつも、そんなことを考えてしまう。添削してもらう、つまり生きている間に読んでもらうこと前提なら、もはや遺書ではなくただの手紙になってしまうのかもしれない。


「……ミクは、どんな遺書が欲しい?」

「えっ、うーん……正直、ももちゃんが死ぬとか考えたくないから、遺書自体欲しくないかも……」

「じゃあただの手紙百枚にする」

「ほんと!? やった~! それならただ嬉しい!」


 にこにこ、ミクもノートを開く。


 百枚の手紙が『ただ嬉しい』っていうのも、たぶんちょっと変ではあるのだ。

 だけど私はそんなミクが好きだし、私だってミクから百枚の手紙をもらえば嬉しいし、それが遺書だったとしても嬉しいし。

 こういうのが、お似合い、ということなんだろう。自分で言うことじゃないだろうけど。


「結婚、いつしようか」

「……もしかして今、プロポーズも先越された?」


 ぎこちなく、ミクが首をかしげる。


「プロポーズはミクが先ってことでいいよ。あの遺書はプロポーズだった」

「それはさすがにちょっと嫌かも!! でも確かに実質プロポーズだった……」

「まあ、婚姻届出したい気分のときに結婚すればいっか」

「婚姻届出したい気分のときに!?」

「なんか、適当に」

「えええ……。いや、うん、待つ、いくらでも待つよ。出したい気分になったら言ってね」


 今がちょうど出したい気分なのだが、残念ながら私たちはまだ結婚できないのだった。非常に残念だ。残念すぎる。

 ということを伝えたらミクは泣いて悔しがるかもしれないので、「わかった」とうなずくだけにしておいた。私は結構、ミクに対しては気遣いができるのだ。







 婚姻届というものは、今はいろんなデザインのものが簡単にダウンロードできるらしい。

 なので翌日、ミクの好きそうなデザインの婚姻届を印刷して、私の欄の記入が終わった状態でミクに渡してみた――ら、結局泣いて悔しがられた。


「なんで今すぐ出しにいけないの!?」

「いや、これは出しにいけないこと前提のお遊びみたいなものだし……」

「お遊びで俺の心もてあそぶのさすがにひどい! 遺書九十九枚に減らす!!」

「ご、ごめん」


 前言撤回である。私はミクに対しても気遣い下手だった。

 だけど結局、ミクはにこにこ~!顔でサインしていたので、喜ばし上手ではあるかもしれない。





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