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目が覚めて (1)

 色々な事があった1月が終わり、2月の半ば近くなっても相変わらず寒い日は続いていた。


 今日はいつものように毛布と布団だけでは足りず、大きめのブランケットをザグルに貸して、私はコートを布団の上に乗せてベッドに入っていた。

 あと半月もすれば徐々に暖かくなってくるはずだから、もう少しの辛抱だ。

 そう思っていても手足は氷のように冷たくて、私は夜中に目を覚ました。


 諦めてベッドの上に起き上がると、部屋の中は真っ暗だった。

 常夜灯を点けたままだと眩しくて寝られないので、電灯を消すのはいつものことだけど、今夜は月明りもほとんど無い。

 枕元のスマホを持ち上げてみると、パッとロック画面が開いた。時計を確認すると深夜2時だ。

 遠くを走る車の音さえしないこんな時間は、静かすぎて気が落ち着かない。


 ひとまずトイレに行こう、と足を下ろして寝室のドアをそっと開けた。

 寝室のないザグルは適当に布団を敷いて寝ている筈なので、気を付けないと起こしてしまう。

 夜目の効く彼はやはり常夜灯を消して寝るので、居間も真っ暗で足元がよく見えなかった。


 間違って蹴らないようにしなきゃ、と慎重に足を踏み出したところで、いきなり柔らかいものを踏んだ。


「ひっ」

 思わず喉から声が漏れた。

 ドアを開けてすぐ真横、カーペットも無く玄関から居間までを繋ぐほぼ通路のようなところに、布団が敷かれている。

 立ち止まって目を凝らすと、そこに仰向けに寝ているザグルの顔が見えた。

 幸い踏んでしまったのは布団の端だったようで、静かな寝息が聞こえてくる。


 ふーっと溜息をつきながら、私はその場に膝をついてザグルの顔を覗き込んだ。

 寒がりな彼はてっきり居間の暖かいところで寝ているものと思っていたので、寝室の真横とはさすがに予想していなかった。

 目を閉じて脱力しているその寝顔は、いかにも無防備で無邪気に見える。

 けれどこんな場所で寝ているのは、多分何かが起きた時にすぐ対処するためなのだろう。


「やっぱり一目惚れだったの?」と悪戯っぽく笑う結衣の顔が浮かんだ。

 あれからずっと考えているけれど、今でも自分の気持ちはハッキリしない。


 ザグルの事が嫌いかと言われたらそれはあり得ないし、好きかと言われたら間違いなくそうだと言える。

 なのに「好みじゃない」と頭のどこかで声がするのだ。


 人間じゃないから?

 それはない、違う環境で育った異なる種族だったことで、彼にはもう何度も救われている。

 見た目が好きじゃない?

 これも多分違う、出会ったときから怖いとも気持ち悪いとも思っていなかった。

 やっぱりタイプじゃない?

 これは分からない。でも情に厚い人がどうしてタイプじゃないのか、よくよく考えてみるとそこも分からない。


 思考の行き先もなく、ふと部屋の中を見回してみると、ずいぶん狭くなったなぁと思った。

 元々この部屋は、朋也と2人で暮らすために探した部屋だったからかなり広い。

 けれどここに朋也が住むことは結局一度もなく、家具もずっと1人分のままで過ごしてきた。

 使わない居間は時計すらなく、テレビも置かず、ましてや飾り物など何もなかった。


 そこへ突然やって来たのがザグルだ。

 彼が来てからこの部屋が狭くなったのは、本人の図体がでかくて幅を取る、というのもあるけれど、私だけなら要らなかった物が急に必要になって、色々買い揃えることになったためだ。

 

 更に彼自身がここへ居付くことに決めた頃から、一気に彼の私物も増えてきた。

 最初は段ボールに詰めていた衣類も、今は棚付きのハンガーラックを買ってそこに掛けている。


 正直なところザグルが来るまで、ずっとここは仮住まいの部屋という感覚しかなかった。

 長く住むような部屋ではない、という事実を差し引いたって何の愛着もなく、部屋の中の物で多少なりとも存在感があったのは、枕元のクマのぬいぐるみだけだった。

 そのせいか、処分した方がいいと頭では分かっていたのに、結局捨てられずに段ボールに詰めて、押し入れに仕舞うに留まった。



「どうした、ユキ?」

 しゃがんだまま思いに耽っていると、不意に足元から声がして、私はハッと視線を落とした。

 こんな暗闇でもうっすらと光って見える、金色の大きな瞳が私の姿を捉えていた。


「ごめんね、寒くて目が覚めちゃって。ザグがここにいると思わなかったから、その、びっくりしてつい」


 彼は間近に人の気配がすればすぐ気付くのだから、枕元に座っていたら目を覚ますのは当たり前だ。

 そんな事すら失念するなんて、やっぱり自分は眠いんだと他人事のように思った。


「とりあえずここ入れよ、寒いだろ」

 言うなり、ザグルはくるりと半回転して起き上がり、胡坐をかくと掛け布団を後ろ手で広げた。

 確かに寝間着だけで座り込んでいたせいで、全身がすっかり冷えている。

 けれどこの状況はさすがにまずい、と感じる理性は残っていた。


 すげなく断るのも気が引けて、何と言おうか考えながら口を開きかけると、ザグルは掛布団の両端を掴んでぐいっと持ち上げた。そのまま両腕を曲げ伸ばしして、膝も揺すりながら布団をバッサバッサと振り始めた。


「ほれ来い来い、風邪ひくぞ」

 巨大なモモンガのようなその格好に、思わずくすっと笑ってしまった。

 早く前を閉じたいのだろう、彼も寒いのだと気が付いた。


「ありがと、じゃあお邪魔する」

 少しだけ気が楽になって、私はザグルの膝の上にそっと腰を下ろした。

「お……おう」

 座ったところでやっと自分が何を言ったのか気付いた様子で、彼は一瞬だけ固まった。

 けれどすぐに布団を寄せて、両腕と布団で私の体を包んでくれた。


「あー、あったかいねぇ」

 背中に感じるザグルの体温がものすごく温かくて、布団の端を内側から重ねてしっかり覆うと中がぽかぽかになった。

 暖房に当たるよりよほど心地よくて、たちまち頭がぼんやりしてくる。


 脱力して前のめりになりかけていると、ザグルの腕が脇の下に回された。

 そのまま引き寄せられて、ふっとザグルの体の匂いが濃くなってくる。

 ついでにいつものように頭をポンポンされて、あまりの心地良さに意識が飛んでいきそうになった。


 何か喋ろうと思っても考えがまとまらず、無言のままじっとしていると、

「俺が13の歳の頃の話でな」

と、暗闇に溶けるように静かな声でザグルが話を始めた。

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