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ケニー 〜自分らしくいること〜  作者: クサモチ モカ
8/15

chapter 8


 生ハムやオーガニック野菜のアペタイザーを突きながらフランス産のシャルドネワインを嗜む。鯛のクリーム煮をフィッシュスプーンでホロホロと崩し、クリームに纏わせて口へと運び、白ワインで流す。メインディッシュの仔牛のステーキは脂がしつこくなく、赤ワインと絶妙にマッチしていた。パンも焼きたてで中がふんわりとしていて、金子はバターが無くても十分美味しく食べられた。

 高級料理について知識は皆無の金子だが、見た目や味からは料理人達の日々の努力が伝わってくる。それだけは彼女にも感じることはできた。1日2日じゃ完成できるものでもないし、積み重ねた修行の成果、食べてもらう人に対する熱い想いが一皿一皿に全て詰まっている。そこに、ショーンの手も加えられているのだ。

 値段は設定されていても、本当は簡単に価値を付けられるものではないのだ。その日、その時間、その人の為に作られる料理は全て同じじゃなくて、その瞬間にしか存在し得ない一皿。味わい方だって千差万別。そう考えると、料理人達の作り出す料理がいかに尊くて奥深いものか。コースがまだ終わっていないが、ショーンもたくさん努力をしてるのだと思うと、今日の料理がこの上無い特別な物に感じられた。

 ステーキを食べ終え、次がデザートだ。待っている間レモンウォーターをグラスから飲んでいると、入り口が騒がしいと思ったら何者かが突然、金子と同じテーブルの真向かいの椅子にドカッと座り込んだ。

「ちょっと、誰か早く水持ってきて!」

険しい顔付きで大声でウェイターにそう催促しするその人物は、驚く金子を足を組みながら睨みつけてきた。

 他の客らは突然現れたその人にあからさまに不快そうな視線を向けてくる。金子はじっと向かいに座る客の顔を見ていた。若いアジア系の女だ。年は金子と変わらないぐらいだった。

「あんた、どういうつもり?」

「え?」

急に日本語で話しかけられて困惑する金子に明らかに女は苛ついていた。

店の人は彼女に別の席の用意があると声をかけてくるが、女は「うるさいっ」と彼らを一喝する始末。

「えー?忘れたなんて言わないでよ、ブス。名前が時代遅れの安田金子さん。」

聞き覚えのある日本語のフレーズに、金子の動きがピタリと止まった。瞬間、顔色は見る間に蒼白になり、歯もカタカタと震え始めた。


 ショーンの元にウェイターが一人やってきた。

「スーシェフ、ミス・ヤスダの様子見に行った方が…。」

「ああ、そのつもりだけど。」

「そうじゃなくて、ヒュウガ様のお嬢さんがなんの前触れもなく来店して、今ミス・ヤスダのテーブルに座ってて…。」

「はぁ!?」

慌ててホールに出たショーン。客達が明らかに動揺している様子が伺えた。

一人の女性客が金子に駆け寄って、向かいに座る若い女に何かを言っていた。

「あなた方がどういう関係か知らないけど、このお嬢さんに対して失礼にも程があるわ!食事の邪魔してあなた一体どういうつもり!」

「黙れ!あんたの方こそ間に入ってどういうつもりよ!」

客同士の言い争いに発展するとは予想もしておらず、ショーンは頭を抱えたい気分になった。

 だが、金子をこの状況から救い出さなければ夕食が台無しに終わってしまう。ショーンは人目を憚らず、金子が座るテーブルに歩み寄った。

「何が起こってるんだ?」

低い声で3人の女にそう問うた。

金子は小刻みに震えていて、目を合わせることもせず、言葉も発することもしなかった。いや、できなかったようにも見える。

「ショーン、私…」

若い女は急に大人しくなり、上目遣いでショーンに視線を送った。

「この女、ここで大人しく食事をしていたこの綺麗なお嬢さんの向かいの椅子に突然座って、店員にも失礼な態度を取ってたのよ。」

女性客が経緯を厳しい声でショーンに伝えた。

「たぶん日本語か韓国語だったわ。この人が何かをこのお嬢さんに話し始めた途端、お嬢さんは身体が震えだして、顔も青くなって明らかに様子がおかしかったのよ。」

「外野のくせに変な言い掛かりつけないでよ!ショーン、あなたはカネコの本性知らないでしょ?心配で心配で来ちゃったの。」

 ショーンが若い女に怪訝な顔を向けた。

「あんた、カネコを知ってるの?」

「うん。だって子供の時、同じ日本語補習学校に通ってたの。」

その瞬間、金子の肩がビクッと上がり、表情は強張り、目にも涙が溜まっていた。

ただ事じゃないと察したショーンは、若い女に対して出入り口を指さした。

「え…?」

「ナツミ、悪いが早く帰ってくれ。」

「な、何言ってるの?私は常連よ。」

「関係ねぇよ!頼むから出てってくれ!そしてもうこの店に来るな!」

ウェイターも、受付係も、その場にいた誰もが静まり返ってことの成り行きを見守っていた。

 ショーンに怒鳴られ、ナツミと呼ばれた若い女も目に涙を浮かべたが、金子を思いっ切り睨みつけると大股でレストランから歩き去って行った。

「金子…。」

身を屈んでショーンは金子と目を合わせようとするが、金子は怯えたまま未だに震えていた。必死に泣き出すのを堪えていた。

 後から女性客が2人加わって金子をなだめにやってきた。ひとまず状況は落ち着いたものの、金子の笑顔が奪われたことにショーンは自分の無力さを思い知らされたような気分だった。


 女性3人に励まされ、金子も少しずつ落ち着きを取り戻し、涙もだいぶ引いてきた。そのタイミングでショーンがもう一度金子に声をかけた。

「デザート、食べる気ある?」

優しく問いかけると、金子は力無く縦に首を振った。

「分かった。もう少し待ってて。」

数分して、ショーンが自らデザートを金子のテーブルまで持ってきた。ショーンは掛ける言葉が見つからず、金子も弱々しく「ありがとう」としか言わなかった。

ショーンはそのまま厨房の奥に入り、壁に背中から寄りかかって溜息をついた。デザートを食べる金子の姿を見るのが怖くて、ホールを覗く事もできない。

 シェフが隠れるショーンを見つけ、彼の肩に手を置いた。

「せめて、ミス・ヤスダに帰り際に笑顔を見せてやれ。」

「はい。」

「それと、今日の格好も褒めてあげなさい。女はいつだって誰の前でも美しくいたいものだからな。」

ポンポンと肩を叩くと、シェフはホールに出て客達に挨拶をしに行ってきた。

 ショーンはその背中を無言で送り出した。





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