chapter 5
kenny chapter 5
ショーンが常連客になってから7度目の金曜日。ショーンから直接聞かなくても、14時にコーヒー一杯のオーダーを入れた。入り口でショーンが金子に手を振ると、金子も手を振り返した。いつも通りパソコンで退勤ボタンを押し、ケーキを2つ選び、ショーンのコーヒーもトレーに一緒乗せて彼の元へ向かった。まだ注文を済ませていないのにコーヒーが用意されていることにショーンは驚いた様子だった。相変わらず女子従業員達は金子とショーンの二人組に羨ましそうに視線を注いでいたが、シルヴィアとヘイリーは顔を見合わせてニヤニヤしていた。
「コーヒーもう淹れてくれていたのか?」
寒さなのか、喜びからか、心なしかショーンの赤みがかった頬が分かりやすいぐらいに蒸気していた。
「はい。聞かなくてももう分かってますから。」
「ワオ!ありがとうカネコ。」
早速ショーンはコーヒーカップに口を付けた。
金子は実際に心の中では、ショーンは横顔が綺麗で、色っぽくて男らしい人だと外見を見てそう思っていた。けれど、言わなくてもコーヒーが勝手に出てくるのを素直に喜んでいる姿が無邪気で、そのギャップが金子にはたまらなかった。
「今回のケーキのチョイスは何?」
ケーキを覗こうとしてショーンの体が金子の方に寄り掛かってきた。心臓が早鐘を打ち始めるが、金子は冷静でいることに努めた。
「今日はシンプルにニューヨークチーズケーキとアップルパイです。」
「イイね。俺もチーズケーキ好きだよ。」
「食べますか?」
「いや、昼間は何も食べないんだ。朝夕だけ。」
「どうしてですか?」
「鍛えてるから。」
と言って、ショーンは筋肉が盛り上がった腕を叩いて見せつけてきた。
「いつから続けてるんですか?」
「二十歳からやってるんだ。9年も経つよ。昔は棒みたいに細くて、よくいじられたからさ。」
ショーンはスマホを取り出して、9年前の画像を見せてくれた。髪型は変わらないし、しっかり面影はあったが、確かに今とは体型がまるっきり違っていた。白Tシャツがブカブカだった。
「努力してきたんですね。」
「まぁね。ところで気になってたんだけど、その眼鏡度が入ってないよね?」
「あぁ、これは伊達なんです。」
金子はかけている銀縁丸眼鏡を押し上げた。安い眼鏡だが、顔をカモフラージュする意味で使っている。
「その下は裸眼なの?」
「いいえ、コンタクト付けてますよ。素顔を見られるのが嫌で、ずっと前からこの眼鏡を顔を誤魔化すためにかけてるんです。」
金子はサラリと言ったが、眼鏡の話をするのは友人エイミー以外でショーンが初めてだった。
ショーンは怪訝な顔で金子の顔を覗いた。
「伊達眼鏡かけてようと何だろうと、カネコの顔は変じゃないよ。」
純粋なショーンの言葉で、金子は顔が紅潮していくのが分かった。
「あ、ありがとう。」
何とかその一言を絞り出した。恥ずかしさを紛らわそうとして紅茶をごくりと飲み込んだ。
「なぁ、カネコ。」
真面目なトーンで名前を呼ばれ、金子はショーンの顔を見た。
「あのさ、シーズに一度食べに来てくれないか?もちろん俺が食事代を持つから。」
「食事代を持ってもらうなんて、申し訳無いです。」
「俺がそうしたいんだ。シーズの料理を一度でも良いから食べてもらいたくて…。」
「で、でも、食事代だって高価でしょうし。」
困る金子に対して、ジェスチャーで「待て」と手でやんわりと制して、ショーンは事情を話し始めた。
「俺、シーズで働かなくなるんだ。」
「え?」
「半年後ぐらいに新しくオープンする高級レストランのスーシェフとして、異動することになったんだ。これからオープンに向けて準備もあるから、シーズでの勤務も減るし、金曜日も毎週来れないかもしれない。」
毎週来れないと聞いて金子の視線が下向きになった。
「だから君に来てほしいんだ。シーズで積み重ねてきた経験を、俺の手も加わった料理で君に見てもらいたい。」
「どうして私ですか?」
ショーンは歯を見せる笑顔で両腕を広げた。
「君だからだよ。君が俺の初めての本当の友達だから。」
「私が?」
「ああ。カネコしかいない。」
「…食べに行きます。」
「本当?ありがとう!」
ショーンがニカッと笑った。彼の「初めての本当の友達」という発言が引っかかったが、それでも金子はそのように思ってもらえていた事を光栄に感じた。
お互い連絡先やソーシャルメディアのアカウントを交換し、今度予定を合わせる事になった。
ショーンは今日も満面の笑顔で帰って行った。金子は食事の時の服装をエイミーに相談しなければと思った。パソコンに出勤ボタンを押し、いつも通りホール業務に戻った。