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ケニー 〜自分らしくいること〜  作者: クサモチ モカ
3/15

chapter 3

 仕事を早退してから3日が経ち、金曜日が訪れた。金子はなるべく過去の悪い記憶を思い出さないように気をつけているつもりだったが、気を抜くと勝手に頭の中で色々なシーンが蘇るので、気持ちのコントロールは容易ではなかった。

 昼の混雑が落ち着いて、アルバイトの女子大学生、ヘイリーと二人でキッチンの片付けを手伝っていた。

「どうしていつも黒とかグレーしか着ないの?」

唐突にヘイリーが質問をしてきた。

 このカフェは制服の用意は無く、会社指定の黒エプロンのみだった。派手で露出が多いとか、ジーンズでなければ何を着ても良いとのことだった。他の従業員が色味のあるものを着てくるのに対して、金子はいつも地味な格好だ。母はもっとピンクやら赤やらを着て欲しそうにするが、自分にはそういう色は合わないからモノトーンで統一している。ワンピースもスカートも久しく履いていない。

「私には似合わないから。あなただってそう思うでしょ?」

「いろんな服楽しめばどう?着てみなきゃ分かんないし。」

 さらっと返されると、本当にその通りに思ってくれているのかどうか金子は困惑した。そこで会話が終わったのでとりあえず何も聞かなかったように振る舞った。


 14時まで後5分となった。金子はショーケースをチラチラ見ながら、今日の昼食も何のケーキにしようか考えていた。ちょうどその時に来店を知らせるベルが揺れた。金子はすぐ休憩に入るので、ヘイリーが来店客の対応に入った。

 奥から客の方を見て何やら女子達がはしゃぎ始めたので、気になって金子もテーブル席に目をやった。

 モデルの様に高身長の青年が席についていた。長い黒髪を無造作に後ろで団子にまとめていて、肌は少し日焼けしており、頬が少し赤みを帯びている。普段から鍛えているのか、胸筋や腕の筋肉がカーキ色の長袖Tシャツからもラインがはっきりと分かる。

「ヤバイ、あの人すっごくイケメン!彫刻みたい!」

「セクシー過ぎて目眩がしそう!」

などなど、若い女子従業員達が塊になって影から青年を見つめては黄色い声を上げていた。

 確かに、万民が彼を見れば誰しもが口を揃えてハンサムと言えるほど見た目の良い顔をしていると金子も思った。けれど彼女は大して男に興味を持てず、仕事が終わったのでとっとと休憩に入ろうとした。

「キャネコォ、ちょっと…」

 事務室に行ってパソコンで退勤を押しそうなところでヘイリーに呼び止められた。

「どうしたの?」

「今来たお客様がキャネコォに来てもらいたいんだって。」

「え?」

クレームだろうかと気になりながら事務室を出てホールに目をやると、先程の青年と目が合った。特に剣呑な雰囲気が無いので安心したが、自分が呼ばれる理由がよく分からないまま彼の席へと向かった。

「いらっしゃいませ。私をお呼びだと聞きましたが、どうされましたか?」

メニューを数秒見つめてから、笑顔で青年は言った。

「コーヒーで」

「コーヒー?」

「そう。コーヒー一杯。君に持ってきてもらいたい。」

戸惑いつつ、金子は注文だけ取って戻った。ヘイリーは待ち構えていたが、コーヒーの注文と聞いて呆れていた。

「それアタシでもできたけど?」

「とりあえず持っていくのも私に頼んできたから、それやってから休憩行くね。」

まだ休憩を取らない金子を心配してアマンダが「しっかり1時間取りなさい」と伝えに来た。


 トレーにコーヒーを乗せ、青年の所へ持っていく。

「ごゆっくりどうぞ。」

コーヒーを置いてそのまま金子は立ち去った。奥に戻ると女子達の視線が気になったが、それを無視してようやくパソコンに退勤ボタンを押した。

 ショーケースを開けてケーキを2つ選んだ。今回のチョイスはマロンのタルトと、シナモンがたっぷり入ったアップルパイ。少し気分を変えて紅茶をダージリンにしてみた。いつも座っている席に客がいたので、窓のカウンター席に座った。


やっと落ち着いてケーキを楽しめる。


 ふー、と息を吐き気持ちを整え、フォークをアップルパイに刺す。すると、サクッと心地よい音がする。フォークで切ったところからこぼれた林檎を丁寧に集め、それを口へと運んだ。卵とミルクの風味のバランスが取れたカスタードとフルーティーで程よい酸味のある林檎の相性は抜群だ。

 目を閉じて味を確かめ、紅茶をすする。ケーキの甘ったるさを中和してくれるので、欠かせない存在だ。

 外では風が強く吹いて、道端に落ちていたチラシを巻き上げていた。明日は少し暖かいが、今日は急に冷え込んだ。冷えた指先でティーカップを持つと、じんわりと温まっていく。

 一時間かけてケーキ2つを食し、金子は再びホールに戻った。床に落ちているゴミを拾っていると、先程の青年が声をかけてきた。

「会計してもらえないかな?」

「どうぞ、すぐ従業員がレジに参りますので。」

「あ、いや、君にやってもらいたいんだ。」

わざわざ私に頼んでくるなんておかしな人だ、と金子は思ったが断ることもできず、ひとまず彼の要望に応えることにした。レジに立っている間、青年は金子の顔を見て始終ニコニコしていた。彼の様子は気味悪かったが、気づいていない振りを続けた。

 支払いが終わると、青年は「じゃ、また」と言って爽やかな笑みのまま店を後にした。

「あの人顔だけじゃなくて、良いケツしてるね。」

ヘイリーが隣に来てそう発した。どこを見てるのだと金子はツッコミたくなったがあえて黙った。

「あの人キャネコォの知り合い?」

「知らない。」

「ケーキを食べてる間もずっとキャネコォを見てたわよ」

「え?」

「あんなイケメンに見つめられて良いなぁって女子が羨ましがってたし。」

にんまりしながらヘイリーは客が帰った後のテーブルを片しにいった。何か付いていたのだろうかと気になって、化粧室へ入って鏡で顔や体を確認したが何も無かった。

 青年が店を去る時の笑顔が印象に強く残ったからか、涼し気な目元が脳裏をよぎった。同時に、見られていたという事実も知って寒気もしたが、ひとまず青年の事は忘れて再びホールへと戻った。



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