お父さん
「お父さぁぁんっ……ううぅっ……お父さぁぁん……」
アパートの一室で呻き声のような叫びが響いた。
どうやら自宅にて、1人の父親の生涯が終わってしまったようだ。
その娘とその孫が見ている中での死去。
誰もが訪れることではあるが、泣き叫ぶ誰かがいてくれる事はとても幸せな最後
「私達、これからどーすればいいのぉぉっ!!働いてよぉっ!!私と、この子のために働いてよぉぉっ!80歳とか言い訳にしないで働いてぇぇっ!!」
「おい、爺死んだの?マジぃ?」
……………
「いつまでも働くって言ってたじゃん!働いてよぉっ!!私達の生活保護だけじゃ、生活できなぁいぃっ!!」
「おい、生き返れよ!!爺!!これじゃあ3人分の生活保護が、2人分になるじゃないかあぁぁっ!!」
「お父さんは年金とタクシー収入よおおぉっ!!そのお金でアイドル○○○○とか、美容○○をする事が生きてる喜びなのにぃぃっ!!」
「○○の○とかヴァイ○○○○エヴァー○○○○とかの、アニオタグッズも買えないじゃないかーーー!!すぐに転○するのは楽じゃないんだよ!!」
……色々、形はあれど。幸せな最後だと思う。
◇ ◇
「は?……また、注文してくんのかよ?」
お客様からお客様に届けるお仕事。今日も物流は休みなく、社蓄共が動いている。
そこで起きるトラブルは様々あれど、かなり厄介な部類がクレーマーと呼ばれる者の対応である。
「私、すげー嫌なんですけど。木下さん受けて」
「隅田川ちゃん、待ってよ。俺も出禁喰らってる。会話すんなって言われてる。タバコ休憩中だから、嫌だ!テキトーにあしらって」
「五月蝿い、やれ!!いつもいつも問題起こす、老害め!!この時くらいしか取り得ないでしょ!私が代わりにタバコを吸う!」
若いコールセンターの子に、その手の対応をやらされる木下。電話中にも舌打ちするくらい、嫌な奴からの電話だ。かれこれ4ヶ月は配達した記憶はないんだが
「もしもし」
『あなた達いいいぃっ!!今後!!ウチの荷物は、ガスメーターBOXに入れなさーーい!!』
いきなり怒鳴るな。余裕なさすぎの声で電話してくれるな。
「あー、木下です。……えーっと、今。なに?……荷物は全てインターフォン押して渡してますけど」
『それが悪いのよ!!インターフォン押さないでください!!迷惑なんです!ずっとずっと迷惑だったんです!ちょこちょこ呼び出すなんてねぇ!!お客の気持ち考えたことあんの!?あんた達、馬鹿は!!』
「だったら、毎日頼んでんじゃねぇよ。それも2年前からあなたのお願いだったでしょ。いつも外出しねぇのに○○グッズと○○化粧品とか頼むの止めたら。孫に○売で生きると言わず、ちゃんと働かせろ。50の娘と30の孫が生活○○で80過ぎの親父が運転手ってどーいう家だよ……あ、やべっ。言っちまった」
『あああああ!!あんた達、デリカシーあんのぉぉっ!!絶対に”私達の家を詮索しないで”!!』
もうなんなんだよ。いつもいつも、馬鹿みたいに注文してきては……。少し傷や汚れがあるからって、ぶつくさ言ってきて。他の業者にしますとか言いながら、他の業者からお断り喰らって、結局俺達を利用して、上まで持って来い。商品届いてなかった(まだ未発送)ならすぐに持って来いだの。雨の日も関係ないなど。電話だと言いたい放題言ってくれるぜ。
「担当の者がいつも通り配達してるはずですけど?」
『今日から変えて!!ノックもしないで!!呼びかけしないで!!全部、ガスメーターBOXに入れなさい!分かりましたか!?』
「大半の荷物はそーすりゃいいんですか?代引きとかは、ちょっと出てもらいますよ!」
『押すな!!とにかく押すな!!呼ぶな!!どこから来た荷物なのか、あとその個数をちゃんと書いて入れてください!仕事なんですから!ちゃんとしてくださいよ!!』
「だから、しますけど。無理なもんは呼び出しはしますよ。今後、そうしますから」
ガチャッ
「はぁ~~、なんなんだよ……相変わらず、おかしいおばちゃんだぜ。今日は一段と機嫌悪いようだ。孫に暴力でも振るわれたか?」
「お疲れで~す」
「隅田川!俺が怒られただけじゃねぇか!!」
事情は良く分からなかったが……。こちらとしては良い話ばっかりだ。
いつもいつも上に行かなきゃいけないし、インターフォンを押してもすぐに出てくる奴等じゃない。ずーっと引き篭もりの孫と一緒に家にいる癖して、ノックが多かったり、呼びかけが大きいとかでクレームあげるし。荷物が少し痛んでたら、返品とか金よこせとか言うし。
それがなくなって、ガスメーターBOXに放り込んでくれって事になったら、愚痴愚痴言わずに待たなくて済むし、顔も合わせてなくていい。
「しっかし、いきなりなんでこんな事になったんだ?」
「考えてる事なんて分かりませんよ」
用件は受け取った木下であったが、お客様のある言葉を聞きそびれていた。聞きたくなかったからしょうがないし、一瞬の事だったから覚えていなかった。
◇ ◇
そんなやり取りから2ヵ月後。
「ん?」
いつものようにガスメーターに荷物を入れる配達員。今日の担当は、矢木さん。
クレーマーと合わないでいいのは嬉しいと思っていて、もうそれにも慣れてきた。いちいち、上まで上がるのは面倒くせぇんだけど。顔を見なくていいのは、ホントに嬉しいことだ。
そー思っていた時、
「なんか臭いな」
古いアパートだから、そーいうのもあっておかしくはないかと思っていたが。こーいう臭いは初めてだ。マジで腐った臭い。
ここに住んでる人間は大抵、変な奴等ばっかりだ。そー思っていたんだが、1階のアパートの張り紙を見て思わず
「謎の異臭騒ぎがしてんのか」
まさかな……とは思いたくはなかったが、この異臭騒ぎがどこから来てるのか。
「あの~~、すいません。警察なんですけど」
「ん?」
「失礼。配達の方ですよね。○○○号室の荷物ってどーいうのなんです?なんか、変わったところとかありません?近所の方々からちょっと苦情が来てまして」
「………いや、そーいうのは言わないんだが。俺達も最近、直接は会わないんだ。ガスメーターに荷物を入れろってな」
「じゃあ、最近。…………さんをその家で見てますか」
「!!いや、見てねぇ……」
それから数日後。家族によって封じられたそのお父さんは、無事に発見された。
防腐剤と防臭剤と共に、シーツに包まれたとても酷い姿で……。