異世界フィッシング外伝 お茶会の謎と日陰に咲く薔薇
「お茶会への招待?」
「うん。なんでも、私にはお茶会に参加する資格があるのを感じる……とかで。ちょっと今日はクエスト参加できないかも」
「なんですってぇ!? 私にはそれが無いっていうの!」
「し……知らないよぉ! コモモ先輩がそう言ったんだもん!」
「ちょっとお前ら! 朝から騒ぐなよ!」
デイスギルドの一角は今日も騒がしい。
ここのところメキメキと頭角を現してきた新人冒険者レフィーナと、同じく新人にして、同じパーティーに所属するビビが何やら言い争っているようだ。
一応パーティーリーダーである新人、タイドがそれを収めようとするが、まだリーダーとしての覇気に欠けるところがある彼には、彼女達お転婆盛りのメンバーを従わせる力はないようだ。
「おろ? 二人ともどうしたの? 朝から騒がしくしてたら怖い先輩にどやされても知らないぞぅ?」
見かねた先輩冒険者が彼女達を諫めに行った。
彼女はサラナ。
中堅冒険者として活躍する魔法薬師だ。
「あ! サラナ先輩! 聞いてくださいよ! コモモ先輩がビビには“お茶会”に参加する資格があって、私には無いって言ってたらしいんです!」
「そこまでは言ってないよぅ! 私にはあるって言っただけだってぇ!」
それを聞いたサラナの目が一瞬泳いだ。
どうやら、何か事情があるらしい。
「あ~……。“お茶会”かぁ……。うーん……。資格が無いなら無いでいいんじゃないかなぁ」
「そんなのズルいです! 私、少なくとも同期には一つも負けたくないんです! それが備え持つ資格でも肩書きでも!」
レフィーナは筋金入りの負けず嫌いだ。
彼女を評する上で、長所でもあり、欠点でもある。
「うーん……まあ、行くだけならコモモも許してくれるだろうけどさぁ……。何が起きても知らないよ私は……?」
「本当ですか! じゃあ私も準備してきます! 置いて行かないでよね!」
そう言ってレフィーナは借り部屋のある区画へと駆けて行った。
「あの子はちょっと危険感知能力に乏しい部分があるよねぇ~」と、サラナが呟く。
「危険って……お茶会でそんな危ない目に遭うことってありますか!? 俺も護衛で行った方が良いですか!?」
「それなら僕も行きますよ!」
サラナの呟きに反応して、タイドとパーティーメンバーのラルスが椅子を蹴って立ち上がった。
サラナはそんな二人を「どーどー」と制する。
そして。
「コモモが行くお茶会は男子禁制だよ。ある意味真の乙女が集う場所……というにはちょっとアレか……? まあいいや。余りものの君たちには今日特別に私がクエストを紹介してあげようじゃないか!」
と言って二人をギルド地下書庫の清掃へと送り出す。
残されたビビに「まーコモモには私から伝えとくよ! 楽しんでおいで!」と言い残し、サラナもまた、どこかへ去っていった。
////////////////////
「レフィーナちゃんも来たんですね」
待ち合わせ場所で二人が待っていると、コモモが美しい桃色の髪を揺らして現れた。
普段着ている魔法使いのローブではなく、フリル付きの可憐なコスチュームで身を包み、両手には大きめの革鞄を抱えている。
「私には……資格がありませんか?」
喉をゴクリと鳴らし、コモモの目を見つめるレフィーナ。
「いえ? 女の子には等しく参加資格はありますよ。ただ、ほんの少しの適性があるくらい。後天的にそれを獲得する子もいますしね。じゃあ、行きましょうか」
そう言うとコモモは二人を引き連れ、街の裏通りへと入っていく。
レフィーナは胸をなでおろし、ビビはサラナに言われた「危険」というフレーズに身を強張らせていた。
「こんな……うらびれた場所でお茶会があるんですか?」
「ええ。このお茶会は、乙女の秘密の花園。バラは日陰でも逞しく咲き誇るのよ!」
そう言ったコモモの鼻息と語気が少しずつ荒くなっているのに、二人は気付いていなかった。
この辺りがサラナが指摘した感知能力の低さなのかもしれない。
やがて、古びた物置のような場所に着くと、コモモはその扉を叩き、合言葉を言った。
すると、内側から鍵が外され、ギィィィィと音を立てて扉が開く。
「さあ。いらっしゃい」
そう言って手招きするコモモの様子が普段と違うことに、この段階になってようやく気がついた二人だったが、既に扉は開かれている。
好奇心には抗えず、二人はその扉を潜った。
すかさず内側に控えていた仮面の女が扉と鍵を閉める。
退路を一瞬で絶たれたことに軽い恐怖を感じたレフィーナとビビだったが、コモモに連れられるまま、奥へと入っていく。
内部は光源魔法によってぼんやりと照らされていた。
コモモの実力をもってすれば、もっと明るい光源を出せるに違いないが、それをしないということは、これがここのマナーなのだと二人は察する。
「コモモ先生。お待ちしておりました」
そう言って、一人の女性がコモモの掌に接吻をした。
まるで騎士が姫に対してそうするように。
(レフィーナちゃん……! あの人!)
(知ってる……! でもあの人コモモ先輩より年上だよね……!?)
大先輩冒険者が、年下の冒険者に忠誠を誓うかのような仕草をする。
その光景に驚愕を受ける新米二人。
見ていると、コモモが革鞄の中から本のようなものを取り出し、その先輩冒険者へ差し出す。
先輩冒険者はその本を一ページ一ページゆっくりと噛みしめるように捲り、全てを読み終えたところで膝から崩れ落ち、コモモに向かって両手を組み、まるで祈るような、拝むようなポーズを取って見せたのだ。
さらに驚愕する二人。
(ままままま……まさかコモモ先輩って怪しい宗教とかの教祖様なんじゃ……!)
(えええええ! お茶会がそれの隠語ってこと!? 私達入信させられちゃうの!?)
一方のコモモはひそひそ話をしている二人を不思議そうに見つめると、辺りに居る数名と本を交換し合った後に、二人を呼んだ。
彼女が向かった先は、奥まった場所にある個室。
周囲からは「ホツジニ! ホツジニ!」やら、「ユウエド! ユウエド!」などという声と共に興奮した鼻息や吐息の声、そしてページをめくる音が聞こえてくる。
「2人には少し刺激的な光景だったかもしれませんね」
「い……いえ! そんなことは!」
「こ……ここで私たちは何をしたらいいんでしょうか!!」
すっかり怯えてしまった二人を前に、コモモは怪しい笑みを浮かべた後、数冊の本を机の上に並べた。
そこに描かれていたのは……。
「え゛!?」
「ユウイチ先輩!? それにホッツ先輩やジニオ先輩……エドワーズ先輩の……肖像画?……にしてはちょっと不思議な絵ですけど……」
「ビビちゃん。目を通してみてください」
コモモは都ギルドへと旅立った同期の冒険者、ユウイチと自身のパーティーリーダー、エドワーズの絵が描かれた本を手に取り、ビビに手渡した。
ビビは不思議そうな表情でその本のページを捲っていたが、段々と顔が赤くなり、ついにはボン!と頭から湯気を出して固まってしまった。
そう。
ここはこの世界のやおい同人即売会場。
ビビが目を通した本は、ユウイチとエドワーズがアレやコレやを致すナマモノ本だったのだ。
強豪冒険者ホッツと、同じく強豪のジニオが描かれた表紙の本を読んでいたレフィーナも見る見るうちに顔を赤く染め、「ちょっと! どういうことなの!?」と叫んだ。
「こ……こここ……こんな破廉恥な本を……本人に秘密で売り買いしてるだなんて信じられない! これは報告しなきゃ!!」
半ばパニック状態に陥りながら、会場の出口へと走るレフィーナ。
コモモは「やはり」という残念さを滲ませた表情を浮かべた後、ピュイっと指笛を鳴らした。
すると出口の方で「うっ!!」という小さな悲鳴が上がり、気を失ったレフィーナが屈強な女冒険者によって会場奥まで運び去られていくのが個室の扉から見えた。
「コモモ先輩! レフィーナちゃんどうされちゃうんですか!?」
ビビが慌ててコモモに問いただすと、「心配はいらないわよぉ」という声が、個室の入口から聞こえてきた。
振り返ると、極めて長身の女性が立っていて、ケタケタと不気味に笑っている。
「ルクス先生!! お久しぶりです!!」
コモモがスクッと立ち上がり、片膝をついてルクスと呼ばれた女の手の甲に接吻をした。
「先生の新刊を待っておりました! これが私の渾身の新刊です! お納めください!」
そう言うと、コモモは鞄の中からタイドとラルスによく似た少年の絵が描かれた本を取り出し、ルクスに手渡す。
するとルクスはその本を満足げに読み、「お礼に」と、ビビの知らないマッチョな青年と、猫獣人の青年が描かれた本をコモモに手渡して去っていった。
コモモは「有難き幸せ!」と、平伏してその背中を見送った。
////////////////////
本の即売や交換が終わり、参加者で最長老ポジションのルクスが淹れた紅茶を皆で楽しんだ後、回はお開きとなった。
もう外には夕闇が迫っている
ビビはコモモの手に余る荷物を抱えつつ、裏通りをギルド本部方面へと二人並んで歩く。
「今日、ここであったことは口外無用ですよ。もし漏らしたら、大変なことが起きますからね?」
「は……はい!!」
「どうでした? お茶会は?」
「わ……私にはまだその……分からない世界かもしれないです」
「ふふっ。そうですか。まあ、そういうこともありますよ」
「レフィーナちゃんは無事なんですか!? あと……私も連れ去られたりしませんよね!?」
「大丈夫ですよ。レフィーナちゃんはもう借家に戻ってます。でも、今日あった出来事の殆どを忘れていると思います。何か聞かれても、秘密にしておいてくださいね」
「は……はい!」
「それじゃあ、私の帰り道はこっちなので」
コモモはそう言うと、ビビから鞄を受け取り、大荷物を抱えて中級借家街の方へと歩いて行った。
「はぁ……。ちょっと怖かったぁ……」
そう呟くビビの前方から「あー! ビビ! どこ行ってたのよ―――!」という声が聞こえてきた。
ビビが道の先へ視線を移すと、レフィーナが大慌てで駆けてくるのが見えた。
「起きたらこんな時間だしさぁ! アンタもあの二人も居ないしさぁ! 私こんな寝坊したことなかったのに! ていうかタイドとラルスはどこで何やってるの!?」
「どこで何をって……サラナ先輩に言われてギルド地下書庫を二人で掃除してるよ……はっ!?」
「キー! アイツらも起こしなさいよねもう!」
そう言ってレフィーナはギルド本部の方へと走っていった。
(タイドくんとラルスくんは今日一日、人のこないギルド地下書庫でずっと二人きり……)
ビビは唐突に、卑猥なニュアンスを感じ取ってしまい、一人鼓動が早くなるのを感じた。
(あの本のせいだ……コモモ先輩のあの……)
そう自分に言い聞かせるビビの横を、長身の女がスッと行き過ぎた。
「次のお茶会でまた会いましょう?」
「る……ルクス先生!?」
ビビがハッとして辺りを見渡しても、それらしき人影は見えなかった。