第3話 肉離れをして、野菜作りの先生と会う
私は、趣味として居合を習っている。3月の終わり頃の稽古で、制定居合の7本目の三方切りの練習をしていた時、正面から右方向に向き直り、刀を抜き打ちして切りつけた瞬間、今までになく体重ものって会心の一撃と思ったら、左の脇腹に痛みが走った。ちょっと痛いかなと思ったので、稽古を軽めにして、自宅へ帰って寝た。夜中に、突然、左の脇腹に激しい痛みが走って、身体を動かす事も寝ることもできなくなった。
そのまま、じっとしていると、痛みも徐々に薄れていくが、少しでも身体を動かすと痛みが走るので、少しずつゆっくりと本当にゆっくりと体の位置を変えてなんとか痛みが収まるのを待っていた。
そのうち夜も明けて、なんとか身体を捻らないように、左脇腹の辺りに手を触れたりしなければ痛みが走らない事を理解して、着替えて、会社へ行った。
会社では、その日はほとんど仕事にならなかった。何かしようとするたびに痛みが走って、その痛みが去る迄しかめっ面して、その場所を動けないというバカみたいな様子だったから。
とりあえず、定時には退社して、帰宅し、そのまま駅前の接骨院へ向かった。この接骨院には、居合肘の治療や、坂で滑って手を突いて痛めた時にはお世話になっていた。
先客が片付いてから、先生に事情を説明して、診察と治療を受けた。診断は左脇腹の浮肋骨の肉離れだった。
とりあえず、筋肉の炎症を抑える膏薬を塗られて、脇腹の形に合わせた速成の紙の当て木をあてられて、その上から包帯をグルグル巻きにして肉離れした箇所を動かないように固定された。診断の結果は、GWの頃には治るだろう。しばらくは毎日来るようにというものだった。
それから毎日会社の帰りに通い、土曜日にも通った。土曜日は、帰宅時に寄るのとは違い、大勢のお客さんがいた。自分の番が来るのを待つ間、暇なので待合室に置かれた本を読んでいた。その中に畑の作り方とか、野菜の育て方などの本があった。
今は、肉離れで痛いし、まだ苗を植える時期でもないとか言って畑の仕事をやっていないが、5月の連休には畑を作って苗を植えないといけないので、参考になればと思って、野菜作りの本を読み始めた。そこには、畑の作り方とか植える作物ごとにどうすれば良いのかが書かれていた。その本を読んで初めて、実際に何を植えるかを決める所から始めないといけないことを知った。ようするに、植える作物毎に畑の作り方から肥料や水のやり方、苗を植える時期が違うという事が書いてあった。小学校の頃に朝顔やヘチマを育てたぐらいしかなかったので、野菜作りの常識が無かったのだ。
とりあえず、昨年はミニトマトとトマト、きゅうり、茄子、ピーマン、ししとう、オクラ、甘瓜を作っていたはずだから、今年は、トマト、きゅうり、茄子を作る事を決めた。そして、トマト、茄子、きゅうりのページを読み始めた。
自分の診察の番が来て、肉離れを起こした箇所のマッサージと薬を塗って、当て木を当てて包帯でグルグル巻いてといつもの処置が終わった。午前中最後の診察だったので、先生とはいつも居合の身体の使い方とか話をしていたのだが、今回は思い切って野菜の事をきいてみることにした。
「先生のところには、野菜作りの本がいっぱいありますが、先生は野菜を作られるのですか。」と尋ねたところ、先生からは「ずーっと畑を借りて、野菜をつくっているよ。お昼を食べたあとは、畑仕事をして、夕方の診療に出かける日課だ。」と返ってきた。あっ、これはもしかして答えを見つけたかと思って、畑作りを始める事になった事情を話した。