はじめ
俺は魔王軍率いる四天王の中で最弱の男。魔王に挑みにきた勇者に敗れ、気がつけば知らない場所にいた。致命傷を負っていたにも関わらず、そのときすでに傷は完治しており、そのせいか知らないが腹がえぐれるほど空腹だった。するとたこやき屋の店主の老人が俺にたこやきを振る舞ってくれたが、払える金などを持ち合わせていなかった俺は、見返りに客の呼び込みをさせられることになったーー。
「じいさんわかったか?これが俺の置かれている状況だ。」
「兄ちゃん外国人やろ?めちゃくちゃ日本語上手やな。」
まるで会話が通じない。が、この言語は日本語というらしい。
「じいさん聞いてくれ。俺は元いた場所に帰りたいんだ。あんたも魔王のことは知っているだろう?彼の国であるタサン王国へはどうすれば行ける?」
「そないな国聞いたことあらへんし、そもそも魔王とかおらんやろ。何言うてんねや。」
魔王を知らないとは……。無知だとすれば度が過ぎている。これほどまでに栄えた街に住んでいながら、そんな学のないことあるか?
「もういい。行く。」
俺は店の制服を脱ぎ捨て言った。
「まあまあ待ちいや、兄ちゃん。」
がっしと肩を掴まれる。少し頼りない手だ。
「記憶が曖昧になってもうとるんとちゃうか?そんな状態でどこ行く言うんや。それに兄ちゃんの目指すところは、この大阪はおろか日本にもないはずや。」
突然そんな聡明なこと言われるとなんか腹立つ。しかしその通りだ。それにーー。
「それにーー」
俺が考えるのを遮るように老人は続けてしゃべり出した。
「口では帰る帰る言うてる割には、あんましそこに帰りたなさそうに見えるで、兄ちゃん。」
「……。」
俺は何も言えなかった。
「まあ、何や言うたかてウチいま人が足りとらんねん。兄ちゃんもうちょい手伝ってや。たこやきの恩忘れたわけちゃうやろ?」
「結局それかよ!」
すっかり老人のペースだ。ペースはのんでものまれるな。悪酔いして思考がどうも鈍くなる。もう少しここにいていい気がしてきた。
「せや、自己紹介のときに名前言うてへんかったやろ。名前呼べんと難儀やからなぁ。教えてや兄ちゃん。」
「名前は、ないんだ。」
俺はそう答えたが、厳密に言えば違う。俺は名前を捨てた。魔王の忠実な部下となったそのときに、名前は捨てたのだ。
「……ふーん。ほならわしがつけたるわ。さっきも言うたけど、名前呼べんと難儀やからな。」
とうとう俺は名前までこの老人に決められるのか。思わず苦笑いを浮かべたが、それを止めはしなかった。
「うーん、せやなぁ。あっ!こんなんええんちゃう?」
突然俺は背筋が伸びる感じがした。なんだ?こんな即席の名前に何を緊張することがある?固唾を呑んで待っていると、それはおもむろに老人の口から発せられた。
はじめーー。