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エピソードオブじいさん:告白

20時を少し過ぎたころ、それはいつもの佐倉家では家族三人揃って暖かな夕食の一時を楽しんでいる時間だが、その日は違った。


リビングのテーブルに、源治とはじめが向かい合うようにして、ただ座っていた。団欒などはない。黙ってただ座っていたのだ。母親の千紗は、はじめを見守るようにして彼の隣に座っていた。


切り出したのは源治だった。


「だれにやられたんや。」


本当は見たくもないはじめの顔のアザから、目を逸らさずに言った。


「……。」


はじめはすぐには答えなかった。


源治も決して冷静ではなかったが、はじめを急かすようなことはせず、静かに待った。


少しすると、はじめはぽつりぽつりと話し始めた。


はじめは、中学校ではサッカー部に所属しており、その部活の上級生からいじめを受けていることがわかった。


源治と千紗は、自分の頭に一気に血が上るのが感じられたが、ここではじめにその怒りをぶつけても何の意味もないことくらいはわかった。だれよりも怒りたいのははじめで、だれよりも辛いのははじめなのだ。


「なんで、やられたんや。」


源治は努めて冷静に、次の質問を投げかけた。


溜め込んでいたものを吐き出せたからか、はじめは先程よりも父の問いに答えるのに躊躇いがなかった。


「近々、他校との練習試合があるんやけど、そこで俺スタメン入りしてん。なんかそれが生意気やとか言うて……。」


どこにでもあるようなつまらない、そして被害者は何も悪くないような理由だった。しかしそれが現実に、愛する息子に降り注ぐ災難なのだから、決して笑い話にはならない。


そこで、はじめの呼吸のリズムが乱れていることに気づいた。


両親にこんなことを告白するのは、きっととても辛いことなのだ。


「いやなこと話させたな、ごめんなはじめ。」


過呼吸気味の、はじめの息遣いが聞こえる。


「それと、気づいてやれんくてごめんな。ひとりで抱え込んでて、辛かったよな。」


何かをせき止めるような、はじめの息遣いが聞こえる。


「お母さんに聞いたんやけどな、はじめは何も謝ることはないんやで。はじめが何か悪いことしたんやないんやから、俺らに謝ることも、だれに謝ることもないんや。」


嗚咽まじりの、はじめの息遣いが聞こえる。


「がんばって言うてくれたな。あとは俺が何とかしたるからな。」


はじめは、泣いた。さっきまでは涙を堪えていたため、苦しそうだったが、今はそれを抑えることなく、泣いている。


千紗は、涙を流す息子を守るように力強く、しかし優しく抱きしめた。


その夜、佐倉家に張り巡らされていた緊張の糸のようなものが、そのとき断たれたような感じがした。





すべてを話したことによる安心からか、あるいは単に泣き疲れてしまったからか、間もなくはじめは床に着いた。


千紗も肩の荷が下りたかのように、眠りについてしまった。


二人は、源治に対して厚い信頼を抱いていた。だから、まだ何も解決していないにも関わらず、源治に話したことによって、すべてが解決したような気がしていた。


二人が安心した顔で眠る姿を見て、源治は決して冷静ではできないような決断を、冷静に下した。





朝、目が覚めると源治の姿はなかった。出勤するにしてはまだ早い。このとき千紗は、形容しがたい不安に一瞬襲われたが、源治に対する信頼がそれに勝った。


ぐっすり眠るはじめの寝顔を見て、思った。


「あの人はきっと今、はじめのためにーー。」



千紗の予想は外れてはいなかった。


源治は、はじめの通う中学校の校門の前に立っていた。


早朝のため、生徒はまだおらず、しんとしている。


校門に設置されたインターホンを押して、対応する声に対して言った。


「俺の大事な息子が泣いとんねん。何か言うことないんかーー。」



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