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エピソードオブじいさん:在りし日の家族

「よっしゃ!今日は久々にたこやき焼いたろか!」


あるアパートの、階段を上がって左手に見える一室に、その声の主はいた。


「やった!お父さんのたこやきめっちゃ好きやねん!」


その家の表札には「佐倉」と書かれていた。


ワイシャツの袖をまくりあげ、プレートの上のたこやきを器用に転がしている男の名は佐倉源治。商社に勤めており、今年30歳になる一家の大黒柱である。


源治がたこやきを作る様子を、目を輝かせながら見守る少年の名は佐倉はじめ。この春に中学校進学を控えた小学六年生の快活な男の子だ。


「そんな近くで見て、火傷しなやー!」

テーブルに家族三人分の食器を並べながら、はじめに注意をする彼女の名は佐倉千紗。源治の妻であり、はじめの母親でもある。心の優しい女性だ。


そうこれは、名もなきたこやき屋を営むじいさんこと佐倉源治の昔話である。



源治の家庭では、料理や洗濯などの家事は妻の千紗が基本的に行なっているが、ときおり源治が担当するものがある。それは料理ーーただし献立がたこやきの日に限るーーだ。


源治は繊細な作業を得意とせず、衣服を崩すことなく畳むことさえ満足にできないが、なぜかたこやきを焼く才能だけは持っていた。ある日、自分が焼いたたこやきを息子に食べさせたところ、予想以上に気に入られたため、気分を良くした源治は、こうしてときおり家族にたこやきを振る舞うのだ。


「やっぱりお父さんのたこやきはおいひぃわぁ!こら止まらん!あっつ!」


はじめはそれがアツアツであることを忘れてしまうほど大好きなたこやきを次々と口に放り込んだ。


「一回手止めて、水飲みな。」


千紗がはじめにコップを手渡した。


「火傷してまで食いたなるほど美味いか!」


源治はわざとらしく鼻の頭をこすりながら言ってみせた。


「なにアホなこと言うてんの。」


千紗は呆れ気味に言ったが、はじめが元気に「うん!」と答えたので、みんなが思わず破顔した。


そんな幸せな家庭だった。



だれが予想できるだろう。この幸せがあと一年も続かないことを。


だれが予想できるだろう。この家族がバラバラになってしまうことを。



はじめが地元の公立中学校に進学してから半年ほど経ったある日のことだった。


その日は当たり前のように訪れた。


時計が18時を指そうとしているころ、千紗が台所で夕食の準備をしていると、ガチャリとドアが開く音がした。


この時間に帰ってくるのは、はじめだ。けれどいつもと違って「ただいま」の声がない。


妙に思った千紗は、エプロンを手拭い代わりにしながら、いそいで玄関のほうへと向かった。


すると隠れるようにして自室へ入ろうとするはじめの姿が見えた。


千紗は思わず言った。


「あんた、どうしたんその格好ーー。」

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