俺は話した
「よっこいせ、と。」
じいさんは座布団にどかっと座った。
路地裏での一件から時間は経ち、すっかり日は落ちて、店じまいしたあとだ。
店の裏、つまりじいさんの家の居間で俺と向かい合うようにして、じいさんは今座っている。
「ほんで、話ってなんや?はじめ。」
じいさんは淡々とたずねた。
俺の口は開かなかった。決心をしたつもりだったが、いざじいさんを前にすると言葉が出ない。
俺が黙っている間、じいさんはそれを茶化すこともなく、また呆れることもなく、じっと待っていた。
じいさんのその様子を見て、俺はゆっくりと口を開いた。
「俺は、四天王最弱の男だった。」
予想だにしていなかったのだろう。じいさんはその言葉に理解が追いつかない様子だったが、水を差すまいと思ったのか何も聞いてはこなかった。
俺は話した。
かつて魔王が支配しようとしていた世界があった。その魔王が本拠地としていたタサン王国には、魔王直属の選りすぐり四人がおり、魔王の野望を阻止せんとする勇者たちと日々戦いを繰り広げていたこと。彼らは四天王と呼ばれ、俺はその一人であったこと。そして俺はその中で最弱であったこと。
はじめてじいさんに会ったときにも、俺はこのことをざっくりと説明したが、じいさんはこのことを信じてはくれなかった。以来、じいさんは俺のことを記憶を失った身寄りのない外国人だというふうに認識していた。
俺はそれでここに居させてもらえて、何も不自由がなかったから、あえて改めてこのことを話す必要もないと、そう思っていた。自分でもこれが突拍子のないことであるとわかっていたからだ。
だけど、俺は話した。
「俺はいつものように、魔王に挑戦する勇者に敗れたんだ。」
俺は話した。
「いつもは致命傷を負うことはなかったが、そのときは違った。」
俺は話した。
「血が止まらなくてさ、胸が痛いんだ。いつものような精神的な痛みじゃない。本当に痛かったんだ。」
俺は話した。
「そのとき俺は思ったんだ。ああ今から死ぬんだって。すごく悔しくてさ。ずっと最弱だと言われ続けてきて、こんな終わり方なのかよって。」
俺は話した。
「だから願ったんだ。なんでもいいから一番になりたいって。」
俺は話した。
「するとどうだ。信じられねえかもしれんが、俺は気がついたら大阪にいたんだ。そしてあんたに出会った。」
俺は話した。
「薄々は気づいていたんだ。ここにきてからいろんなやつを見てきたが、俺より強そうなやつはひとりもいなかった。そして今日それは確信に変わった。鶏頭と対峙したとき、ふと思ったんだ。きっと俺はこの世界では一番強いんだって。」
俺は話した。
「願いが叶ったんだよ。俺こそが一番強い世界に俺は来られたんだ。証拠なんてないが、過信じゃねえ。そうに違いないと俺は思ったんだよ。」
俺は、話した。
「だけどな、じいさん。なんでかな。全然うれしくねえんだ。」
俺はーー。
「すげえ、かっこわりいんだ。」
泣いていた。
こんな信じてもらえるはずもない突飛な話をする自分が情けないからか。強いはずの自分がちっぽけに見えることが理解できないからか。
なぜかわからないが、涙が溢れた。
視線は床を向いている。顔が上がらない。否、上げられない。
今、じいさんはどんなに呆れた顔をしているだろう。いやむしろ笑いを堪えるのに必死だろうか。長々とわけのわからない話を聞かされて怒っているかもしれない。
しばらく続いた沈黙を破ったのは、じいさんだった。
「はじめ、それは違うで。」
じいさんは言った。
「はじめ、おまえは弱いーー。」




