桜丘高校芸術部、部長の英断
最初から違和感はあった。犯人は何故鍵をスムーズに手に入れられたのか。
キーケースまで行けば1人くらいには先生に話しかけられる。話しかけられなくても、あの女教師が君は天文部?と確認する事だろう。さらに言うと、帰宅した芸術部の鍵が無くなっていることに誰も気づかないものなのか?
事件の日、帰り道で明に話すと、奴はもう少し考えてみようと言った。そして公園で話し合い、今日の作戦でひとつ確かめることにした。
もし、あの絵が見張ってる俺たちの目をすり抜けて、まるでマジックのように絵を汚されたのなら、なるほど大したやつだ。何か策を講じたのかと考えられる。だがもしそんな奴じゃなければ協力者がいたのでは?と考えた。
そして今日だ。現れたのは後者だった。自分勝手な理由で犯行におよび、あんな罠に引っかかって、俺のその場しのぎの写真で脅す作戦にだって引っかかるくらいだ。悪いが頭がいいとは言えない。
そうすると…あの事件にはまだ裏がある。そう推測できた
「予想通りだ。犯人に問い詰めたら何でもかんでもペラペラ話したぜ
事件当日。天文部を装って職員室に入り、女教師に天文部と答えた瞬間、誰だかわからないが、先生が珈琲の入ったマグカップを割ったらしい。放課後で先生もそこまでいなかったんで、女教師もそっちの片付けに行ったらしいぜ。結果スムーズに鍵を借りられたんだと。
んで今日は男の先生と給湯室でたべってたから鍵を借りられたってさ」
疲れたような薄ら笑みを浮かべ、明は淡々と話した。
「大体予想通りだな」
「あぁ、お前の推理通りだ。
お前に言われて調べたんだが、あの1年生、美術の授業中に芸術とは何なのか先生に熱弁してたらしい。奴と同じクラスの後輩に聞いたよ」
明は呆れたような顔で言う。ここまで来るともう事件を手助け…いや、計画した人物はあきらかだった。
「小木顧問に問い詰めよう。なぜこんな事件を起こしたかを」
俺は職員室を見ながら言った。
「なぜ…か…
なぁ充」
明は聞いてくる
「なんだ?明」
そう返すと
「いや…その…」
と、奴は言おうか言わないか迷った顔をしていた
「なんだ?言えよ」
俺がいうと、少し迷ったあと奴は決意して口を開いた
「俺の勝手な推理だぞ?この事件…もしかしたらお前の絵を出展させるための計画だったんじゃないか?」
素っ頓狂なことを言う。
「どういうことだ?」
そうは言わずに居られなかった
明は続ける
「この事件が起きてあの1年生以外で得する人がいるか考えたんだ。雪ちゃんの絵が出展されないと、前々から用意していたお前の絵が出展されるだろ?」
「あぁ、雪が来る前に俺が描いた絵だろ?出来が良かったから手元に残したいと思ってたヤツ。出展して賞を取ると校長室に飾られるからな」
「そう、だが結局あの絵は出展されるだろう。そして恐らくいい賞を取る事だ。大勢の人が見る。きっと美術大学からも教授が来るだろう」
埒が明かない
「何が言いたい。結論を言えよ」
そう言うと、明は真面目な顔をして言った
「僕が言いたいのは…あの絵を出展して最も利益があるのは、充。お前ってことだよ」
それを聞いて俺は少しムッとする
「おい、俺が犯人って言うんじゃないよな?」
明は作り笑いをしながら言う
「ちがうさ。お前が犯人なら初めから絵を出展すればいい。
犯人はお前の絵を出展させるために俺達を無理矢理交通指導員に抜擢させて体調不良を引き起こし、2人がいない全校集会で大々的に賞を取ると断言しようと考えたんだ。」
「無理矢理ってなんだよ」
「普通なら人数の多い部活に頼んで1人1日出ればいいものをなんで俺たちふたりに任せたんだ?芸術部だけじゃなくてほかの部活も合同でやるとかもっとあっただろう。
そう考えるとなにか理由がなけりゃおかしいだろ?」
「まぁ確かにそうだが…だが二人揃って風邪をひくのは出来すぎだろ?」
「そうかい?確かに風邪をひいたのは出来すぎた。だが、あれだけ大声を出したんだ。喉が痛くて壇上に上がれないってことはあるんじゃないか?」
「たしかに…そうだ」
「それにだ。顧問が喉がおかしいと指摘すれば代打に発表させる話になるだろ?面倒くさがりな俺達だ。手放しで喜ぶよな」
そう言われるとそうだ…元々発表なんてしなくてもいいと考えていたくらいだし
俺はしぶしぶ首を縦に降った。
「そしてあとは作戦通りだ。代打で雪ちゃんが発表して、全生徒の前で入賞を誓う。そうなると俺たちはあの絵を出展せざるおえなくなる」
「出展したらどうなるって言うんだよ」
「そんなの決まっている。美術大学からオファーが沢山来るだろう。現に東都大学からオファーが来てるだろ?」
「あぁ、受ける気は無いがな」
「おそらく先生たちはお前の絵をなんとしても出展させて、お前に大学からの推薦を頂こうと考えていたんじゃないか?
推薦されればお前だけじゃなく学校の名前も右肩上がりだ。去年起こした事件なんて霞むくらいのな」
「つまりお前はこう言いたいのか?学校側は俺に絵を出展させ、大学に俺を売り込むのと同時に学校のイメージアップを計ろうとしてたのでは?と」
「そうだ。そして発表までは順調に進んだ。教頭に直談判しても顧問に罰が及ばなかったのはここまでの話をを肯定する材料だろ。交通指導員も教頭からのお達しだ。教頭と絡んでいる。
しかし順調な計画に予想外のことが起きた」
「雪が絵を書いた事か」
そう言うと明は首を縦に降った。
「そう、それも初めて描いたには上出来の、そこそこ美しい絵だ。お前の前だ、正直に言う。あの絵は落選しただろう」
悲しい現実を淡々と話す
「そうだな…雪の前では言えなかったが。」
しかしそれを否定できない。
「顧問は雪が絵をかいてもどうせ形にならないで充の絵を出展することになると踏んでいたのだろう。
しかし絵はそこそこのクオリティになってしまった。展覧会に出展してもまぁ恥ずかしくないレベルの物にな。
そうなると顧問は焦る。雪の絵を出展すれば計画は台無しだ。充の進学先も増えることは無い。そう考えた顧問は1年生に絵を汚させるために、わざわざ生徒会を呼び止めて絵を見せたのだろう。
美術の授業で熱弁した生徒だ。名前は覚えるだろうし、調べればすぐにどこの団体に所属してるかも分かるさ。」
奴は情報がない中でここまで推理したのか…
さすがとしか言えなかった
「…そうなってくるとこの事件関わっていることになるな
敵はおおきい。」
俺はこれくらいしか言えなかった。
「そうなんだ、大きすぎる。
なぁ、充」
「なんだ?」
俺がそう返すと明は真面目な顔をして言った。
「これから学校に行って先生を問い詰めるのはやめないか?」
あまりにも予想外だった。
「どうしてだ?」
俺はそう返すしかできない。
明は続ける
「学校を敵に回すんだぞ?それも証拠は無いし確証も持てない推理を武器にして。勝算はあるのか?」
「…」
「それにだ。この事を先生に話せば、雪ちゃんの絵が低いクオリティだったと雪ちゃん本人に知れるのとになる。雪ちゃんの絵を描く決意が招いた事件。雪ちゃんが少しも悪くないのは誰が見ても分かるが、これを知った彼女は今後部活にいられるだろうか。」
「ということは何か?こんな確信に迫ったのにみすみす真実を心の中に封じこめろというのか?」
俺は少し声を荒らげてしまった。夜の静けさには俺の声は響いた。
しかし明は真剣な眼差しで話す
「あぁ、そうだ。この真実を先生に話してみろ。運が良ければ先生は謝罪をして、俺達は正義のヒーローとなるだろう。だけど雪ちゃんは悲劇のヒロインになって部活を去るぞ。
運が悪けりゃ部活は廃部。俺たちが作り上げたあの日常は失われる」
「明…」
小学生からの腐れ縁だが、ここまで明が真面目で、俺とは正反対の、しかし俺のことを考えた答えを提示したのは今まで無かった。
俺は少し動揺する
「たのむ。親友として頼みたい。この事件を心にしまってくれないか?」
これが明の目指す部長としての行動だった。
俺は奴に部長をやってくれないかと頼んだ身だ。断ることは出来なかった。