覚悟なき実行犯
正直こんなにあっさりと犯人が現れるなんて考えてもいなかった。
あの先生たちの目を盗み、入ったこともないだろう美術準備室のローラーと絵の具を見つけ出して絵に塗りたくる。こんな犯行をやってのけた犯人だ。こんなチンケな罠にかかるわけがない。
…が、目の前には、あの生徒会の1年生が、顔を真っ青にしてバケツを手に持って立っていた
「君は…生徒会の1年生だね?」
明はゆっくりと冷たい声で話しかける。
今まで聞いたことのない奴の声。1年生は完全に怯えていた。
しかし慈悲はない。
「答えてくれないかな?僕らは心底怒っているんだ」
明が畳み掛ける。すると意を決したのか、1年生は震える声で精一杯いきがった。
「そうだ。僕は正しいことをしたんだ。なにもいやれる筋合いはない」
「そんなことは聞いていない。君は生徒か…」
「お前たちが悪いんだ!芸術を馬鹿にしやがって!」
話が全く噛み合わない
それにあの絵を無にすることが正しいと?
「ふざけるんじゃない。こいつが今までどんなに頑張って絵を書いたか。それを知らない奴が何を言うんだ」
俺は言わずにはいれなかった。
怒鳴りたい気持ちを抑えて静かに言い放つ。
しかし1年生はもう話を聞いていない。怒鳴り続ける。
「あの日、上段でコイツが言ったことを俺は忘れない。県内コンクール入賞を目指して絵を書くだって?
芸術はそんなことを目標にしてはダメなんだ!」
彼はその後も言いたいことを言っている。もはや文章ではなく箇条書きを読み上げるように
俺は怒りを通り越して呆れた。なんて身勝手な。なんてくだらない。
見ると明も同じ気持ちなのだろう。その顔は呆れと怒りが混じったようななんとも言えない顔だった。
一通り言い放った1年生は息を荒らげ、涙目になっていた。顔を真っ赤にして、まるで幼稚園児の喧嘩の様だ。滑稽としか言いようがない。
もっともな理由だったり、犯行に及んで仕方がない理由ならば、明も俺を止めに入るだろうが…こいつに慈悲はいらないだろう。
自分勝手がすぎる。サイコパスなんじゃないか?
明も心底呆れたのだろう。はぁと大きなため息をついて話し出した。
「お前の言い分は聞き入れられない。支離滅裂、身勝手な理由すぎる。
これからお前を職員室に連れて行って話をしよう。
親も呼んでもらって然るべき罰を受けてもらう。当然だよな?」
1年生は赤かった顔を真っ青にした。おいおい、お前はそんな小学生でもわかるリスクを背負って犯行に及んだのではないのか?
単純で悪い人に引っかかれば操られて自分を崩壊させそうなやつだと感じた。
「す、すいませんでした!何とかそれだけは」
1転奴は必死に謝る。馬鹿馬鹿しい。
お前がそんな罰では済まされるわけが無いだろう。
俺は自分のスマートフォンを彼に見せつけた
画面には奴が訳の分からないことを叫んでいる場面が映っていた。
「それと、今のお前の話は全て録画させてもらった。これを俺はSNSに載せようと思う。俗に言うネット私刑ってやつだな。
お前の今の荒ぶり方。ネットじゃうけるだろうな。」
これは明にも雪にも話していない。2人はびっくりしたような顔で俺を見た。しかし俺は真っ直ぐにやつを見つめる
1年生はさらに顔を真っ青にし、な無駄を流し始めた。現代っ子がネットの恐ろしさを知らないはずはない。
「や、やめてください。そんな事をしたら」
これまでで1番震えた声で話す。
「大変だろうな。1度ネットの海に流れたものは消せないらしい。これからの人生、お前だけじゃない人にも迷惑をかけるかもしれないが…お前の素晴らしいポリシーが詰まった動画さ。見る人が見たら共感してくれるんじゃないか?」
静かに言い放つ。この声のトーンが冗談を言っているわけじゃないと感じさせたのだろう。
「やめてください!本当にごめんなさい!ごめんなさい!」
1年生は土下座をしてひたすらに謝る。そんなに悔やむならこんな事件を起こさなければよかったものの…
「まぁ、待とうよ充。」
と、明が俺を止めに入った。
「なんだよ」
と聞くと
「今回の事件。直接被害を受けたのは雪ちゃんだろ?
雪ちゃんが罰を与えるのが通例じゃないか?」
と、最もなことを言った。
それに明は俺を止めたのか?なぜ…
あぁ、最初に約束したからか…
やり過ぎって言いたいんだな。お前は
おれは大きくひとつため息をついた。
そして
「雪、お前はどうしたい?」
と判断を雪に聞いた。
彼女は、ぽかんとしたあと一瞬慌てたが、すぐに真面目な顔になり、1年生に詰め寄った。土下座し、涙でぐちゃぐちゃになった彼に雪は少し強い口調で話しかけた
「キャンバス、ローラー、絵の具…あなたが実行するに当たって使ったものを弁償してください。それともうこんな事しないでください。それだけで結構です」
雪らしくない凛とした声。1年生はあっけに取られた顔をしていた
しかしすぐに
「あ、ありがとうございます!本当にすいませんでした!」
と深深とまた頭を下げた
こちらからは見えないが、雪はどんな表情をして奴を見ているのか。恐らく怒りの表情では無いだろう。
俺は終わったと、大きくため息をついて、疲れた顔で明を見た
奴は苦笑いでこっちを見た。
その後、1年生は何度も謝り、明日弁償代を持ってくると約束して部室を足早に去っていった。
俺達も長居する理由はないのでそそくさと帰ることにした。明は何か用事があるらしく、俺たちよりも先に帰った。
俺と雪は1年生から預かった鍵を職員室に返し、顧問に問題は解決したと話した後、一緒に帰路についた。
あれだけのことがあったんだ。俺は雪を家まで送ることにした。
夏とはいえすっかり日は落ち、帰路の川沿いの道にも人気はなく、静かに街灯が照らしているだけだった。
車も来ない道。2人並んで歩いた。
何も話さないのもつまらないので一つ気になったことを聞くことにした。
「なぁ、雪」
「なんですか?先輩」
雪はいつもの声で返す
「おまえ、あれだけで良かったのか?
悔しくなかったのか?」
そう聞くと雪は少し悲しげな表情をした。
「そう…ですね、悔しいですよ。頑張って描いた絵をあんなにされたんですもん。」
「なら…」
「でもですよ、先輩言ったじゃないですか。人生をめちゃくちゃにするぞって。
あの絵の為に…あの人の人生だけじゃなくて家族とか友人とか…害のない人の人生までめちゃくちゃになるって考えると…なんだか今はいいですけど後々後悔しそうで」
苦笑いで言う
「後悔…か…」
なんだかその言葉が俺には酷く刺さった。
「それにあの人、先輩のSNS攻撃でもう懲りたようでしたしね」
「ははっ、あれ実ははったりだったんだけどな」
そう言うと雪は驚いた
「えっ、そうだったんですか」
スマホを見せる。あの画面はポケットから取り出す時に撮った写真だったのだ。
それを見て雪はハッとした表情になり、小声で騙されたと言い、そして笑った。
そして思い出すように言う
「でも、先輩があそこまで絵のことを怒ってくれるなんて、正直怖かったですけど、嬉しかったです
何よりも…」
そこまで言って雪は俺を見た。
「先輩があの人の人生を壊した責任を追わなくて良かったですよ。
それが怖かったんです」
彼女は笑顔で言った。
俺が雪の為に1年生をどう痛めつけるか考えてる時、雪も俺にがいが及ばないように考えていてくれたのか…
だから絵を諦めてあいつを許した、俺の為に
俺は雪に言った。
「いい人過ぎるよ。全くお前は。」
そう言うと雪は笑いながら
「そっくりそのまま返しますよ。先輩」
そう言った。
雪を家まで送り届け、俺は再度学校に向かった。
校門の前までつくと、時計はもう20:00近くを指している。
明かりは職員室しかついておらず、校舎は静まり返っていた
しかし駐車場にはあの車があった。奴はいる。
少しすると自転車に乗った人影がこちらに向かってきた
自転車の主は右手を振る。
俺も右手を上げて合図をした
「よぉ明、話は済んだか?」
自転車の主は明だった。
自転車をおりて、明は言う。
「あぁ予想どうりだったよ。
お前の推理通りだ。で、どうするんだ?」
そう聞かれるが、明も分かっているだろう。
俺は職員室を見つめる。
「行くに決まってるだろう。この事件を企てた奴を捕まえに」