芸術部の許し難い事件
雪の絵が完成したのはそれから数週間後、提出日のちょうど1週間前だった
仕上げの工程。絵を組まなくチェックし、気になる点を治していく。雪は鋭い目付きで絵を見る端から端までじっくり。
それが終わると、目を緩ませて雪は背もたれに寄りかかった
「で…できた!」
雪はそう呟くのと同時に絵の具で手を汚した手でガッツポーズをした。
その顔は清々しい笑顔だった。
後ろで見ていた俺と明は同時に拍手をした
「おめでとう雪ちゃん。いや、初めてとは思えない出来だよ」
明は拍手をしながら笑顔で言う
かく言う俺もよくやり切ったと心から思っていた
「本当に初めての割にはよく出来てる。ほんとによくやったよ」
今し方完成した雪の絵は、この街の商店街の絵だった。
夕焼け空の中活気溢れる街の風景。奇抜性や独創性は薄いが、描かれている人々は誰もが笑顔。教えてて気がついたのだが、雪は細かい所まで目が届く。作品の独創性より丁寧で明るいタッチを心がけろとアドバイスをしたのが正解だった。
雪は心地よさそうな疲れた顔で、絵をもう一度見て、ぽつりと呟く
「もう…疲れたというか…感無量というか…」
その目は涙ぐんでいた
「おい雪、まだ泣くのは早いだろ」
「そうだよ雪ちゃん。提出して賞をとるんでしょ?」
俺達ふたりは笑いながら話す
「そうですよね。でも本当に嬉しくて」
雪の目からはついに一筋涙が零れた
「おいおい泣くなって
完成した祝いに帰りにケーキ奢ってやるからさ」
「そうだよ雪ちゃん。今泣いてちゃ賞とった時気絶しちゃうぜ?
提出書類なんかはこっちでやっとくからさ。今日はケーキ食べてお祝いしよう!」
明は笑顔でオーっ!と言うのようなポーズを取る
それを見て雪は笑った
「じゃあ行こう。とりあえず職員室に雪が借りてきた鍵を返さなきゃな」
そう言うと明が
「じゃあ僕が先生に返しに行くよ。
書類を取りに行かなくちゃだからね」
と言って鍵を持った
「なら校門で待ってる。」
「了解。手早く済ませてくるよ」
そう言って明は荷物と鍵を持って職員室に向かった
「じゃあ先に校門に行くか」
「そうですね!」
そう言って俺はキーケースから部室の鍵を取り出して施錠し、2人で校門に向かった。
校門の前について少し時間が経った後、明がやっと来た
「遅かったな」
そう聞くと
「色々先生と話しててね
雪ちゃんの絵は後で先生も見に行くって」
「そうなんですか!気に入ってくれると良いですけど…」
雪は愛想笑いで言うが
「おいおい…事の発端は奴だぞ…」
つい口に出てしまう。雪はハッとした顔をした
「まぁそういうなって充。
お前にも担任から封筒与ってるぞ」
そう言って俺にA4サイズの茶封筒を手渡した
「東都芸術大学…?なんだこれ?」
そういうと、明も首を傾げた
「担任曰く、読んでおいてくれだって
充…もしかしたら推薦かもしれないぜ?」
悪い顔でやつは言う
「でも東都芸術大学って言えば凄い名門じゃないですか
さすがですよ充先輩!」
雪は目を輝かせながら言う
「推薦って訳じゃないだろ?ここのコンクールに出してみろってお達しかもしかもしれないしな
もういいだろ?さっさと喫茶店に行こうぜ」
そう言うと明は笑いながら
「だね」
と返した。
「そうですね、はやくケーキ食べたいですしね」
「太るぜ?」
「今日はいいんですよ。我慢は体に毒ですし」
そんな事をたべりながら3人は歩き出す
雪が入って色々あった3ヶ月。最初は雪がいる部室になれなかったが、今では3人がいる部室が当たり前になった。
本当に…変わったなこの部活は
この何も起こらないが、平凡で幸せな日常を有難く思おうと切に思った。
しかし日常はすぐに崩れた。
それは次の日の放課後の出来事だった。
いつものように明と昇降口前の自販機の前で合流し、別棟3階の美術準備室に向かう。
「まったく2階の渡り廊下が使えないと不便でしかないよな」
「全くだよ、いちいち昇降口まで行くのはめんどくさい。」
そんな会話をしながら階段をあがり、一番端の教室に向かう
途中でポケットから小銭が落ち、それを拾ってた為に明が先に部室に入った
「ゆきちゃん!!どうしたんだい!!」
急に明の大きな声が聞こえた
何事か、俺も急いで部室に入る。そこには床に座り込み泣いている雪がいた。手で顔を覆っているので表情は分からない。泣いているのか怯えているのか、体は小刻みに震えていた。
その横で明は昨日描き終えた絵を見て驚愕した顔をしていた
俺も雪に駆け寄る。
そして絵を見て全てを理解した。
あの美しかった絵は、汚い色で塗りつぶされていた。ローラーのようなものでぐちゃぐちゃと。
あの夕焼けの商店街は見るかげもなかった。床を見ると備品の色塗りローラーが、絵に塗られたものだろうか。汚い色の液体の入った清掃用のバケツの中に沈んでいた。
部室にある絵の具をひたすらにぶち込んだのか。見てはいないが、ゴミ箱には部費で買って少しづつ、大切に使っていた絵の具の空容器が捨てられているだろう。
何も言わずゆっくりと絵に触れる。
暑く塗られた緑色の絵の具はパラパラと欠片になって床に落ちる。
しばらく部室は静まり返り、雪の嗚咽が説明に聞こえた
フツフツと。あの時感じたのと同じ感情が湧き上がる
「充…これは…」
明はまだ、驚きを隠せないのか。震えた声で話す。
しかしやつも馬鹿じゃない。
驚いていても頭では分かってるはずだ
俺はその質問には答えず、ずっと泣いている雪の頭を撫でた。
雪は覆っていた手をはなし、涙でぐちゃぐちゃになった顔で俺を見た。昨日まであんなに笑顔だったのに。
この部活の日常をよくも…
ひとつ深呼吸をつき、雪に決意を伝えた
「大丈夫だ。とは言えない。
だけど必ず犯人は捕まえる。
お前の絵を汚した奴を俺は許さない。」
雪はその言葉を聞いて唖然していたが
「ありがとうございます。先輩
私…悔しいです…」
と拳を握りしめながら声を絞り出して言った。
この時、俺はどんな顔をしていて、この言葉を言ったのか覚えていない。
しかし明は俺を、不安そうな顔で見ていた。