ワインレッドの林檎
中学の頃は何に対しても無気力だった
部活なんてやる気も起きなくて、勉強も学年の中間に居るくらいしか頑張らず、趣味という趣味なんてひとつもなかった
ただひたすらに白色の日常を生きている。
きっと私はこの白に、私という輪郭を塗りつぶされて消えていく。何も残せず誰の記憶にも残らない。そんな気がしていた。
あの日も何気なくだったんだ。学校帰りに何となく帰り道をそれてみて、文化会館の自動販売機でジュースを買おうとした時に目に付いた作品展に寄ってみただけだった。
だけどそれが私の人生に色を与えた。
桜岡高校美術部一同作、林檎
キャンバスいっぱいに塗られた漆黒にぼんやり浮かぶ、リアルな画風。描かれているのはアクリル絵のフルーツバスケット。メロンやバナナと言った目立つ果実を差し置いて、その中で妖艶に、謎めいた輝きを持つ美しい林檎
この絵を見た瞬間私はきっと生まれ変わったんだ。白色の私に暴力的なほど鮮やかな色をつけたんだ。自分の内から溢れ出る興味という鮮やかな色を。
今までで初めての感覚だった。知りたい。作者はなんでこんなに画風にしたんだ?なんで背景は漆黒なんだ?何を思って描いたんだ?何でこんなにも惹き付けられるんだ?知りたい。知りたい。この絵をもっと知りたい。
私はその欲望のまま、進路を桜岡高校に決めたんだ。
入部して早半年、私はやっと部室の鍵を貰えた
いつもの放課後、私はクラスの友達に別れを告げて少し急ぎ足で部室に向かう。2人より早く着くために
いつもの様にキーケースから部室の鍵を取り出して鍵を開ける。
そしていつもの様に部室の窓を全て開けて空気を入れ替えるんだ。
さっきまで止まっていた部室の空気が秋風に運ばれていく。部室は直ぐに爽やかな空気になった。
机にカバンをおき、エプロンをつけた頃に
「よぉ、早いな」
「雪ちゃん早いね~」
と、いつも通りに先輩二人が入ってくる
そして明先輩は、流れるように二人がけソファーに寝転びスマホをいじり出す。本当になんの為に部室に来ているのか
充先輩はカバンを備え付けのストーブの上に置き、エプロンを付けて絵を書く準備をする。今は賑やかな市場の絵を描いているらしい。まだ下書きも終わっていないがきっと美しい絵になるのだろう。楽しみだ
そうだ、今日はアドバイスをもらおうと思ってたんだ
「充先輩、ちょっと聞きたいことが…
「先に帰るぞ、あまり遅くなるなよ。家遠いんだし」
「雪ちゃん、お先にねー」
6時頃、先輩二人は帰路に着く。
私は笑顔で見送り、片付けをしながら2人が校門を出るのを待つ。
片付けが済み、窓から2人が学校を出たのを確認すると
「よし、やるか」
と、いつもの様に部室の引き出しや、ファイリグしてある資料を調べ出すのだ。
全ては自分の欲望を満たすため。この学校に入った目的を達成するために
「林檎についてはこの部活じゃタブーなんだ。
すまないけどもうそれに触れるのは辞めてくれないか?」
展覧会で明先輩は私にそう言った
充先輩が1人でこの絵を描いたと認めながら。
私はそれを聞いて諦めようとしたけどそうもいかなかった。私の人生を変えた謎をほっとけるわけがなかったのだ。
そうなると自分で謎を解くしかなかった。あの二人のように
そうして早3ヶ月が経った
しかし成果は著しくなく
「何も見つからない」
部室の隅から隅まで探して、出てきためぼしい情報はボロボロの新聞記事の切り抜きだけ。あとは卒業文集が数年分。
驚く事に、絵の実物どころか写真も賞状も、絵に関するプライベートな情報は何一つ出てこなかった
その中でかろうじて見つけた情報だが、机の上に広げても何とも頼りなかった
「なんでこんなに情報が無いの…」
雪は不審に思ったが、ないものは無い。
いくら見ても頼りない情報たち。
だが、ある物だけで推理するしかない。
「とにかくやってみよう」
雪は記事を一つ一つゆっくり読むことにした
だが、新聞記事には、なんともつまらなそうな、死んだ目で賞状を受け取る美術部代表の充が写った写真と、インタビューを受けたのだろう。「毎日頑張りました。大きなトラブルもあり、とても苦労しました。これで報われます。」と、なんとも当たり障りのない1年生の充くんの回答が載っていた
充らしいと雪は思った。
一方昨年の卒業文集には、各部長からのメッセージが乗っていた。内容はその年の活動記録と後輩たちへのメッセージ。芸術部の欄には明先輩の名前があり、林檎が入賞したと書いた後に「先輩方には迷惑をお掛けしてしまいました。これからも賞が取れるように、心機一転芸術部を盛り上げて参ります」と祝ってるのか貶しているのかよく分からない祝辞を送っていた。
「先輩らしい」
と雪はくすっと笑った
「だけどこんな情報じゃ役に立たないよね…」
明日は部活を休んで図書室で情報を集めよう。
そう決めて雪は散らかした部室を元通りにし、いつもの様に鍵をしてめ、人気のない6時半の校舎を後にした




