桜丘高校芸術の頼るべき先輩達
私は中学生の頃から人生に嫌気がさしていた。
才能も、飛び抜けた知識も、誰も経験したことが無い出来事も無い。1000年に一度の美人でもなければ1度見たら忘れないほどの面白いほどブサイクでも無い。酷く平均的で無才能の人間だった。
取り巻く世界も平均的。永久に7日がループする。こう言っては、偉い人に日々の幸せを噛み締めろと怒られても仕方がないが、この日常が私にとって酷く殺風景だった。街ゆく人も空も地面も、私には白色の世界でしか無かった。きっと私はこの白色の中でなんとなくただ生きて、いつか白に取り込まれるんだ。誰の記憶にも残らないで死んでいく。そんなふうに思っていた。
あの日もなんとなくだったんだ。帰り道に喉が渇いて、文化会館の自販機でジュースでも飲もうかなと自動販売機に向かう時、県内高校作品展覧会の立て看板を見た。進路も分からなかった私はなんとなくそれに入った。そこであの絵を見た。
桜丘高校美術部一同作、林檎
それはとても衝撃的な絵だった。
縁まで荒々しく黒く塗られたキャンバス。その闇の中に描かれるリアルタッチのフルーツバスケット。メロンやバナナ、沢山のフルーツが妖艶に光り輝く中、特に中央にある林檎は謎めいた光を放っていた。光沢のあるワインレッド。深く飲み込まれそうな赤色は、それはとてもミステリアスで見れば見るほど引き込まれていくものだった。
この絵を見た瞬間に私は変わった。
知りたい。
何故こんな色使いなんだ?どうして背景は真っ黒なんだ?作者はなぜこんな絵を書いたのか…そもそもどんな人が、どんな心境で描いたんだ?知りたい、作者にあって話がしたい
濁流のように私の心に流れ込む知る事への欲望。今まで感じたことの無い鮮やかな感情。それが色となり私の白色の世界をカラフルに変える。
私は桜丘高校に進学することを決めたんだ。
春は出会いの季節。我桜丘高校には毎年恒例の新入生が入学してきた。
入学初日のオリエンテーションも幕を閉じ、彼らは校門の前で待ち構えた先輩に声をかけられていた。
「サッカー部に野球部、テニスバレー卓球に…おっ、茶道部なんてのがこの高校にあったのか」
三階の美術準備室。窓の近くの特等席に座りながら松原充は呑気に活気溢れる昇降口を見ていた
「そういや副部長よ、我ら芸術部はあんなふうに勧誘活動はしなくて良かったかね?」
ソファーに寝っ転がり、スマホをポチポチ弄りながら赤坂明はわざとらしく聞く
「そうだな、ポスターくらいは出した方が良かったですな部長」
「芸術部、部員募集、君の美的センスを待ってるとか書いてな」
「活動場所は伏せておこう、人が来るとめんどくさい」
「そうだな、ここはもう定員オーバーだ」
芸術部のやるべき活動も一段落つけたので、2人はこの広い準備室で春の陽気を楽しんでいた。
風が気持ちいい。充も窓際で一眠りしようとした時
コンコンコン
教室のドアがノックされた
突然の出来事に、驚いて2人とも顔を見合わせた
何かの冗談だろう
そうだ。おそらく顧問だ
と、お互いアイコンタクトで話す。
しかし
「すいません、どなたかいらっしゃいませんか?」
聞こえてきたのはあの自信たっぷりの嫌な顧問の声じゃない。女子生徒の声だった。
明を見ると渋い顔でお前が出ろよとアイコンタクトを送ってきた
ドアには明の方が近い。しかし部長命令だ。俺はしぶしぶ重い腰をあげてドアに向かう
ドアを開けると俺の肩くらいの身長の、小柄な女子生徒が立っていた
手に何か書類を持って
おいおい…嘘だろ、まさか…
現実逃避。俺は確認のために聞く
「ここは芸術部だけど…どうしたの?道に迷った?」
作った笑顔で聞く。彼女は目を輝かせながらこう言った
「いえ、ここに入りたいんです」
それを聞いてさすがの明も飛び起きた
先程明が寝ていた反対側の1人がけソファに彼女はちょこんと座った。
明も寝ている訳にもいかず、入部届けを見ている…フリをしている
俺はポットに湧いていたお湯でティーパックの緑茶を作り、彼女と明に出した。
「はい、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
お茶を出すと彼女は礼儀正しくお辞儀をした
明にも同じお茶を出し、俺は隣に座る
それを見計らって明は話し出した
「春野雪さんだね、とりあえずようこそ芸術部に。僕は部長の赤坂明、でこっちは」
「副部長松原充だ。よろしく。
芸術部は今はこの二人しかいない」
軽く自己紹介をすると彼女ははっとして
「春野雪です。よろしくお願いします」
と言い、ぺこりと礼をした
まだ1年生らしく初々しいなと感じた
「さて、春野さんが良ければ入部は決定なんだけど…
どうして芸術部に入ろうとしたかくらいは聞いていいかな?」
そう聞くと彼女は急に目を輝かせ、前のめりになった
「去年県内最優秀書を取った「林檎」の絵が衝撃的で!
あの絵を描いた人に会いたいんです!」
それを聞いて背中が冷たくなった
あの絵か…知られたくない歴史だ。
渋くなった俺の顔を察してか、明は明快に話す
「ありがとうね!いやぁ~あれは部活一同の作品だからさ、誰が作者とかじゃないんだよ
今は充が1番絵が上手いんだけどさ。見学したいだろうしなにか適当に書いてきなよ」
明が気を利かせる。そうだな、ここに居ては渋い顔を勘づかれる。それなら絵を描いた方が気が紛れる
俺は立ち上がり
「そうだな。じゃあ適当に描いてる」
そう言って定位置に座り、キャンバスに向かった
さて、何を描こうかな
「充?おい充」
はっと頭をあげる
キャンバスの上から明がニヤついてこっちを見ていた
「素晴らしい集中力だね。もう6時だぜ?」
そう言われてスマートフォンを見る。確かに6時だ。俺は3時間も集中して絵を書いていたのか。
「済まない。俺は絵を描くといつもこうだよな」
「全くだよ。雪ちゃんがジロジロ見てたり声をかけたりしたのに無反応だったぜお前」
それを聞くと恥ずかしくなる。俺はそんなに集中していたのか
「そ、それよりだ。あの女生徒はどうなった?」
そう聞くと明は1枚の書類を目の前に出す
1番上には入部届けと書いてあった
「断る理由がない、入部だよ。
明日朝イチで置物顧問にこれを出してくる」
それを聞いて少し頬が緩む
「あぁ、そうか。入部したか…」
「彼女は技術はないがやる気はあるよ。性格もいいし何よりも僕らに合う性格さ
きっといい後輩になる。部活ももっと良くなるさ」
明は楽しげに話す。ここまで言うならほんとに彼女はいい人間なのだろう
「じゃあ今日は帰ろう。アイス食って帰ろうぜ」
帰り支度を済ませ、いつも通り鍵を閉めて部室を後にした。
春風雪、確かにあの絵について聞かれるのは厄介だが
彼女がこの部活をどう変えていくか
それは不安であり楽しみでもあった。




