6-9
ガタン、ガタン、ガタン、
不規則に揺れる車内。
今日もスーツ姿のゾンビたちが虚ろな目で都市を徘徊する。
肉でも魚でもない、
そんな表現がぴったりな街。
ん?、これはぼくの記憶……
どこかのトータルビューティサロン。
ぼくの目の前で二人の男とひとりの女が言い争っている。
井戸端会議のような雰囲気ではなさそうだ…
「お子さんは、全生活史健忘症の疑いがあります」
「そんな!じゃあ、〝あの世界〟のことを何も覚えてないと言うのですか?」
「そんな……」
「ええ………」
「なら、私達のことも…?」
「ええ…」
「うん、大丈夫!きっと大丈夫!!なんたって、僕達の息子だろ!」
「ええ、そうね…そうよ!大丈夫よ!記憶ならまた埋めればいいもの!」
「盛り上がっているところ、恐れ入ります。それで、キーワードミュートは何になされますか?」
「キーワード…」
「ミュート…?」
「ええ。大丈夫ですよ。汗も涙も流れる限り、息子さんは〝まだ〟人間ですよ。」
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足元が光り輝く。
これは、エニアグラム?
違う!魔法陣だ!!
「づ!?」
ぼくが飛び上がると同時に、魔法陣が発火を始める。
危なかった…。というか、頭がなんだか…
「っ!?」
消波ブロックのような岩が飛んでくる。
「がぁ…」
ジャンピングスマッシュの要領で下がるも、モロに食らってしまう。
待て!何故、直線に避けた?…
さっきから、船酔いしたかのように、具合が悪い。
それに、猛スピードで、自分の知能が低下していくのを感じる。
「オラァァァ!」
黄色のスキルエフェクトを纏った拳が飛んでくる。
ぼくは、ジャンプと同時に、
蹴り上げた脚を後ろに移動させ、
体をバネのようにしならせ、頭突きをかます。
そしてそのまま、ダブルかかと落とし。
ダメだ。
思考が散発的だ。まとまらない。
あれ?ぼくは一体ここで何を…
「何故、ネアさんの魅力が分からない!?」
Eラインの綺麗な女性が掴みかかってくる。
「づっ!?…」
ぼくは、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。
つ、強い力だ。
ボディビルでもやってるのか?
ぼくは、アンガーログを探り、感情を刺激する。
「ベノア!どけ!!」
女性と入れ替わるように、火炎弾が飛んでくる。
なんとか、急所を守りつつも、弾き飛ばされる。
「がっ…」
ぼくはアクティブレストで体力の回復を図る。
くそ、どうなってる?
部分健忘か?ここはどこ?こいつらは誰だ?
さっきから、前庭感覚や固有受容覚がどうもおかしい。
何かされた?一体……。
「驚いた………、何故…私に魅了されない?」
「うおおおおお!」
ギャートルズのような女性が、
棍棒を振り下ろしてくる。
宙返りで下がって躱す。
「ネア様!ここは私が!!」
部屋に飾ってある、カラトリーや、タラップが飛んでくる。
なんだ?磁性体を操ってるのか?…
「準備ができたわ!みんな!下がって!」
その言葉を合図に、ぼくの頭上に、トーラス構造のようなオーロラが出現する。
カタカムナ文字のようなものが記されている。
「がぁぁぉぁぁ…」
ミラーニューロンが悲鳴を上げる。
なんだこれ?情動感染?
は?、ガチもんの催眠じゃねぇかよ!
フィルターがかかる。
くそ、意識が薄れて…
ディスレクシアの症状が…
「ぁぁぁぁ…」
…解離を狙ってるのか?
ダメだ、さっきより離人感が増してる。
人格が離隔するのも時間の問題だろう。
このままだと、神経が遮断され、血圧が下がり、思考が止まり、意識が解離し、記憶が途切れる。
何か…手はないのか…?
「がぁぁぁぁ…」
情報のオーバーロードだ。
脳のオーバーヒートが止まらない。
「や、やめ……」
これは、愛着障害に近い…?。
ホオポノポノのような、記憶に影響を与える手法。、
バウンダリーが崩れる。
こいつらまさか、ぼくに惚れさそうとしているのか!?
まずい、まずい。
このままでは、
〝重責が外れる〟
松果体が嘆く。
「ネア様に忠誠を!!」
糟糠の妻という言葉がぴったりな女性が
光線を乱射する。
ドラァグが似合いそうな男が、車輪状の網を飛ばしてくる。
「……ここで、…ここで終わるわけにいかないんだぁぁぁ!」
脳が黄昏色に支配される。
「がぁぉぉぁぁぉぁあぁ…」
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
あまりの痛さに、歯を噛みくだき、拳を握りつぶす。
「がぁぉぉぁぁぉぁあぁ…」
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
脳から、黄昏色が引いていく……。
く、くそ…
「もう…い…ちど…」
ぼくは、ゲーミフィケーションで思考を入れ替え、リフレクソロジーで体調の回復を図る。
脳が茜色を宿す。
「がぁぉぉぁぁぉぁあぁ…」
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
揶揄の念、自責の念、寂寞の念……。
ぼくは片っ端から原動力のリソースを作りまくる。
「がぁぉぉぁぁぉぁあぁ…」
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
ざっけ!これでもまだ足りないか?
スパルタンレースの方が何倍も辛かったはずだ!ましだろ!
ぼくは、フィジークの要領で、体に力を込めて光線の嵐を耐える。
「くっ!、……」
頭がボーとする。
重篤だ。
「これでもくらえ!!」
ゴーグルの男が、
天井近くに、観測気球?ラジオゾンデ?のようなものを飛ばす。
スロープロセッシング。
くそ、体がだんだん動かなく…
ぼくは、トラウマ返しの応用で感情を動かす。
「ぁぁ…」
ぼくの頭上に、魔法陣が出現する。
トロコイド曲線?ガーリールーリー線図?
バンカラな男から、水で生成されたナイフが飛んでくる。
巻きタバコを加えた男が颯爽と、火炎を投げつけてくる。
脳が焦げ茶色に膨張する。
「紫炎」
辛うじて、具現化したヒーローの技で、
ぼくは何とか相殺する。
しかし、ストロベリーの瞳を見た途端、金縛りにあったかのように体が硬直してしまう。
「づっ…」
く、まずい。
まるで、凌遅刑を味わっている気分だ。
身が、心が、記憶が削られてゆく…
おそらく、あのストロベリーの瞳を持つ女がリーダー。
何とか叩くしかない。
というか、浮世離れした存在だ。、
略歴でもいいから、自己紹介をお願いしたい。あらましで良いから。
ぼくは、その、一線を画している女にむかってゆく。
「ネア様に近づくなぁぁぁぁぁ!」
イカズチとともに、壁際まで飛ばされる。
「がはぁぁぁ…」
空気が抜ける。
多勢に無勢だろ!視界がボヤけて分からないが、30人はいるだろう。
横柄な男が手をかざしてくる。
パイロットロープのような、鞭が氷を纏って飛んでくる。
床に大きな魔法陣が出現する。
「くっ、まずい……。」
まだ死ぬわけにはいかないんだ
〝馬鹿言うなよ?一度乗せた客は必ず目的地まで届けるのが俺の仕事だ〟
なんだ?空脳か…、?
「剣舞スキル:轟の舞」
そこには、女ウケしそうな陶器肌がよく似合う男が鎮座していた。
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「こいつも、魅了が効かない!?」
「音スキル:サウンドソード」
「剣舞スキル:紅の舞」
ぼくは今、信じられないものを見ている。
「ジリス…どうして…」
「水スキル:巨大波」
「剣舞スキル:貴の舞」
迫る海洋波をその双刀で叩き斬る。
「剣舞スキル:柵の舞」
ジリスが、その刀で天井に渦巻く魔力を切り裂く。
「ぐっ、?………」
脳内を、昵懇に支配しようとしてきた靄が晴れる。
ん?、技術屋に、ジェーク、カノンちゃん、ベノアさん!それに、ヴェルニル……占い師…ジリス……
………ネアさん…
認めたくないが、これが現実らしい。
たしかに、小説よりも奇だ、
それに、全員が魅了スキルを持っているとか、なかなかスキャンダラスな世界だここは、。
「ジリス…生きてたのか…」
「剣舞スキル:﨑の舞」
「水スキル:ウォータードライブ」
「土スキル:岩キャノン」
「あの動き……。」
あの動きに、あのふた振りの刀…。
完全に執事だ。
ジリスを生き返らせたのか?
執事の魂を埋め込んだのか?
今わからないことは後回しだ。
「余所見とは、合理的でない!」
技術屋が、液体を飛ばしてくる?
なんだこれ?セルソーブか?
ヘイワードの香りが広がる。
「土スキル:岩壁」
「鏡スキル:シャイニングレイ」
突如、岩のパーテーションのようなものが出現し、カノンちゃんからの射撃を守ってくれた。
「ちょっと、もう!邪魔しないでくださいよ!」
「お前こそ!邪魔するな!」
なんだ、こいつら!!
洗脳が甘いのか?連携が取れてない、!
ファシリテーションとか向いてないタイプだな!
「剣舞スキル:月夜の舞、剣舞スキル:風神の舞」
「がっ…」
「ゔっ…」
ジリスが舞うようにして、
二人を撃墜させる。
占い師が、何やら、タクトのようなものを取り出した。
「剣舞スキル:鳰の舞」
まずい!それは…!?
「音スキル:包容の音色」
剣先とタクトが触れた瞬間、
鹿威しのような癒しの美音が部屋中に響き渡る。
「ぐっ!?…」
まるで、心が焦電効果を起こしたかのように、夥しい数の不快感に襲われる。、
まるで、自身の挽歌を聞いてるみたいだ。
「…っ、ジリス…は…?」
ぼくは、顔面蒼白になりながらも、なんとか前を見据える。
「っ!?おい!ジリス!!!」
ジリスが硬直状態に入っている。
まずい!
「エンチャントスキル:雷鳴」
「音スキル:エキゾチックビート」
「土スキル:羅生門」
「火炎スキル:ブライトファイア」
「鏡スキル:リフレクトショット」
スキルの群れがジリスを襲う。
まずい!まずい!まずい!!
〝生活は過ぎるが、人生は過ぎない、
繋がっていくんだってさ!だから、俺の馬車でその繋がりの助けになってやりたいんだ〟
やめろ
〝整形ってエンドレスな側面もあるからな…
あ、にぃちゃん!これは誰にも内緒だぜ!〟
やめろ
〝この仕事をやってなかったら?
俺、婚約の話を断ってこの仕事始めたんだ!
だから、この仕事じゃなかったら、今頃地主だったのにな!でも!あてがわれたものなんて、全て臨時だろ?自分の大事なものは自分で守んなきゃ!〟
やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
感情が爆発する。
「うあああああ!」
脳が彩るは、黄白色。
ぼくは、八つ裂きヒーロー、西向く侍の技を具現化させる。
〝そんな快刀で乱麻を断てるのか?〟
その技は、〝状態異常を切り裂く〟
ただ、それだけの技。
彼女はただそれだけの技にその人生を費やした。
そして、その生涯で一度も放たれることがなかった技が今、ここに具現する。
「うああああああああああああああ」
赫灼たるその痛みが、
イメージを蕩けさせる。
「く、そおおおおお!!!!!」
インパルスがパスしてゆく。
「あ、ああああああああああ」
アセチルコリンとコリンエステラーゼが猛々しく飛び交う。
神経炎だって、構わない。
「ジリスぅぅぅぅぅ!」
右手が不可視の剣を掴む。
「響け!ニシムクサムライ!!」
不可視の斬撃がジリスに届く。
「…剣舞スキル:鑿の舞」
ジリスが、その双刀で、
自身を狙うスキルたちとステップを刻む。
「ぐっ、つ、強すぎませんか?ネア様!」
「剣舞スキル:聲の舞」
「ぐっ!?」
「いやぁ!」
ジリスの猛攻は止まらない。
「だから、よそ見なんて非合理だ!」
技術屋が何やら、アースシート?のような物を飛ばしてくる。
ぼくはそれを、ジャンピングで躱す。
「それならば!」
技術屋が、その独特なフォームで、過所船旗?ような物や、砒酸鉛や、砒酸ナトリウムのような、明らかに有害な物質を飛ばしてくる。
「おい!さっきから当たらないぞ!」
そりゃ、距離も空いてるし、単純な投球だからでしょ、
いや、待て、まさか、時間を稼いでいるのか?
「ならば!!」
技術屋はそう言うと、カプセルを服用し始めた。
なんだ?エチゾラム?それとも、炭酸リチウム?
おいおい、明らかにオーバードーズだろ?
そんなに放り込んで大丈夫か?
「ふん!!」
「がぁ…!」
早っ!…見えなかった…
いつかの、ハッシュドビーフや、ジビエ、鴛鴦茶が胃から登ってくる。、
ぼくは、壁が崩れる音とともに、バルコニーまで飛ばされる。
「がっ、はぁ…」
全身が痛い、頭の靄が寛解している証拠だ。
gaaaa!、!gaaaa!、!gaaaa!、!
そこには、すし詰め状態で、
モンスター達が巣食っていた。
「まずい!っ!」
オニテンジクネズミに、ギフチョウ、カラスアゲハ、螺旋虫と、なかなかのラインナップだ。
gaaaa!
ぼくは、迫るモンスターの齧歯目に、手刀を差し込む。
エルダーフラワーや、ソカタの香りが広がる。
ぼくは、建物の隣に生えている木の樹上から迫るハイケンタウロスの攻撃を避け、突き落とす。
gyaaabb!!!!!
〝ハイケンタウロスは、マシェリを殺されると怒り狂う。〟
それは、ゾラ町の図書館で見た情報。
モンスター達が、守りを固め、警固しつつ、じりじりと近づいてくる中、
一匹のハイケンタウロスが飛び出してきた。
まさか、つがいか?
gagaga!!!
ハイケンタウロスの蹄にライトエフェクトが宿る。
「くそっ!!」
あれは、蹄スキル:ディアークロウ。
「ぐっ!!」
掠ったが、コインドロップで、
なんとか初撃を躱す。
gegegegegegege
なんだこいつ、ぐてたま?いや、スライム。
確か…ミラースライムか!
ハイケンタウロスに気を取られていたぼくは、足元のミラースライムに纏わり付かれてしまった。
「ぐっ!!…」
スライム特有の延性で、
ぼくの体を覆う。
ミラースライムに映った顔は、
ひどく憔悴していた。




