12-8 韮上の露
児孫のために美田を買わず
西郷隆盛
〜氷結の霊廟〜
「ダメだ…俺が出来ても意味がない!ダメだ!ダメだ!」
堆い魔道本の束。脇息代わりの晦渋な魔導書。枕頭の書である、魔術雑誌。魔法にまつわる怪文書を詳らかにした、稗史や野史。見渡す限り蓋われた、波瀾万丈の本山。きっと馴化した常人には図り知れない智慧を篋底に秘めているのだろう。
そんな阨狭しい、魔導辞典の波濤を超えると、魔道具の形骸で寛いだ彼の姿がある。
彩色が施された独特な羽織。
奇妙な矩形がびっしりと描かれたシャツ。
流行に叛いた、杜撰な造りの靴。啄木鳥をあしらったブレスレット。井守のパンツ。狐狸のマント。縞模様の杖。美形で凛々しい眉はハの字に笑っている。悩んでいる時の、〝ドラグニア・マタイ〟の癖。なんとも、すっかり馴致してしまった光景だ。
「おい、また難しいこと考えてるのか?」
「ああ、みんなが簡単に、安全に安心できる魔法を提供しないと…」
敦朴で、争いになると胡乱で、
魔法のことになると、燠なれば弄舌になり、現を抜かし、歎声が暴発し、枯凋する。つまり、魔法バカ。それがこいつの初対面からの印象で、今も変わらない。
「おいおい、輔弼のくせに、そんな悩んだ面するなよ?戴冠式にも出た、大魔法使い様がよ!!」
「うん、やっぱり、基礎だよな〜、ブレイズアローだよな〜、美しい!!これこそシンプル!」
マイルーズさに、思わず、謦咳が出る。
ムキになっている自分が恥ずかしい。汗出でて背を沾す想いだ。
「おい!聞いてんのかって!!誰がそんな基礎魔法使うんだよ?もっと実用性があって威力があるやつだろ!」
「ん?実用性?興味ないね?」
なんだと?一臠にしてくれるわ!!!!
「剣スキル:大車輪!!!」
「っ!?炎魔法:ブレイズアロー・シールド」
マタイを守る炎の矢が俺の長剣を喰い止める。
「そういえば、戦ったことなかったよな?」
「お前の華やかな魔法じゃ、実践では無理だ!」
瞬きのタイミングを見計らって、フックでぶっ飛ばす。拳を叩きつける。踵を叩きつける。ゼロ距離のパンチで壁に叩きつける。
「どうした?千年に一度のイケメン大魔法使い様よ?こんな、井蛙に負けるのか?」
「やるね〜」
炎魔法:ブレイズアロー・テンペストを、剣スキル:刈獲で切り落とす。
闇魔法:ゴーストアロー・スコールを、移動魔法:キープレフトでかわす。
炎魔法:ブレイズアロー・レーザーを、石の礫を投げることで相殺する。
炎魔法:ブレイズアロー・ヘラクレス!炎魔法:ブレイズアロー・ペガサス!炎魔法:ブレイズアロー・サンダーバード!炎魔法:ブレイズアロー・トライアングル!を空間魔法:グレートマウソレウムで圧殺する。
炎魔法:ブレイズアロー・トライアル!を首を傾けることで避け、炎魔法:ブレイズアロー・ドレッド!を回避し、水魔法:ウォーターボール・バブル!をジャンプする。
「炎魔法:ブレイズアロー・フルバースト!」
「剣スキル:スーパーフラワーブラッドムーン」
炎魔法:ブレイズアロー・フェニックス!を斬り上げ、雷魔法:ライトニングアロー・イナズマ!を強化スキル:魔の気配!で避ける。
「おいおい、そんな威力で俺は倒せんぞ?」
「そもそも人と戦うのにそんなに火力は要らないだろ?魔族は別として…」
炎魔法:ブレイズアロー・デッドリー!を転がって回避する。
「漢ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!剣スキル:疆界!」
「炎魔法:ブレイズアロー・グローリー!」
剣と魔法がバチバチ散らす。
「どうした?次月には及父になるんだろ?」
「だってあの子は…」
お前、まだそんなこと言ってるのか?
悛めろ!!!!なんとも訝しい!
「…破れない心臓…空調分解を愬え…孔席墨突を阨する…吝しむ功徳…奏でる甕天…遡った黔突…」
詠唱だと!?
「嫡子だろうと、遺孼だろうと、違いは誰にもわからない!!!違うか?誰が豢養したかではないか?」
「手繰れ!!上級緑魔法:グリーンフロア」
詠唱など必要ないのにわざわざ…嘯くな!
そんな、宴会魔法では俺に勝てんぞ?
硬い植物の根が視界の全てを蓋う。
一面に根。蔓がよくわからない分社を建立する。時刻はもうすぐ薄暮。花たちが詩歌を奏でる。植物から生える目には人間への羨望の嵐が伺って取れる。
「剣舞スキル:蝟の舞!剣スキル:栄螺!」
凸してくる根剣を長剣で弾く。
「剣舞スキル:蛤の舞!剣舞スキル:蚯蚓の舞!」
数は多い。だが、こんなものかよ…
「炎魔法:ブレイズアロー・ラビット」
複雑な動きの矢。だが、しかし!!!
「剣スキル:極太斬り!」
「土魔法:埃氛」
くそ、煙幕か!小賢しいぞ!!、!
ならば風圧でやつを……っ!?なんだ?
「ぐ、身体がう…ごかん………」
「いや〜、やっと効いてきたか〜?」
ん?これは精霊像?
「気付いてなかったでしょ?ずっと足元にあったよ?だから、頭上攻撃ばっかしてたんだし……」
「ぐっ、この…鯔背のふりをした梟雄めが!!
足元には、なんらカモフラージュすらされてない精霊像が置かれてあった。
おそらく、麻痺系統の魔法が込められているのだろう…。
「そんなんじゃ、口紅を折りながら化粧してるようなものだ……」
マタイが一揖してくる。
「魔法、教えようか?」
どんな涓滴であっても、目の前のマタイを穿つことは出来ないのか………
「黙れ!!拳魔法:ビックバンナックル」
空翠溢れる空間。靉靆が立ち込める。
邃い稀覯に渾身の拳が止められる。奕奕たる魔力を前に、俺は膝から崩れ落ちた。
でも、でも、剣だけは手放さない。
「は?死んでも剣を手放さねぇよ!!杖なんて振ってたまるかい!!!!」
「じゃあさ、魔法剣とかどう?」
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〜幽世の内裏〜
冷たい雨の感触。
泥濘んだ床。
枯葉の音。
死の匂い。
血の味。
意識が朦朧とする。ここはどこだ?
無数の小芥子がこちらを唆してくる。
覘うな。気が触れそうだ。
「ああ、まだ意識があるのか?……そう心配するでない!!お前さんが負けたのでは無い!魔法学が負けたんだ!気にするでない!お前さんは勝った!病に!!自分自身に!別にお前さんが負けたからって死ぬわけじゃない!!さぁ、眠りな?」
ん?回向されてる?というか今の発言は?
身体を動かそうとするが、脳が一切の信号を一蹴する。並びに、駁してくる。
「全く、いい拾い物じゃ!」
この女、一体何を?
どうやら、倦まず弛まず、俺を引きずり回しているかのようだ。
ある時、ズレ落ちた布の隙間から、女の顔が見える。右側だけ眼鏡がずり上がっている。ブルーのコットンジャージーのクルーネックドレス。キャップスリーブから覗く腕は艶かしい。エスパドリーユとビブネックレスはコントラストを描いている。あいつのせいですっかり服に詳しくなってしまった。妻との記憶が歴々と浮かんでは消える。
そうだ!!!妻?妻は?あいつはどこに?
いや、待てよ!俺は一体何をしていたんだ?
記憶が横溢してきて纏まらない。背馳。
そして、俺の長い闘いはやがて沈滞する記憶に辿り着く。あれは帷幄上奏の時だ。
熊胆。竜胆。集る子供達。拇印。冤家。赫怒した妻。氷の熱波師。
熱波師??そうだ?そうだ!!俺はあいつに
こんな所にいる場合じゃねぇぇぇぇぇぇんだよ
「漢ぉぉぉぉぉぉぉ!剣スキル:霞斬り!」
「おっと!!離魂病にしてあるのに、まだ動けるのか?驍名に恥じぬな!」
くそ、もう一撃!!!!、!!
「心に剣を…剣舞スキル:棗の舞!」
やったか?
「ん?どうしたもう終わりか?ああわかったぞ!!!!この程度の怪我で負けるとも?貴様なんぞ肉体がなくとも勝てるわ」
女の足元に、赫灼たる魔力が萃まり、踞った何かが股下を通り抜ける。背後では、駱駝と烏賊の身体を持つ獣が退路を鎖す。前を向くと、忽然と、炯然たる畦道が出来ていた。
「そうだな…こいつは〝試作品シドー〟と命名しよう」
露わになった魔力に、厭悪感すら頓挫する。
どうしてこうなったのか?脳からは遁辞が信号のように身体中に亘る。双頬に麻幹が柵む。その、夐然たる光景に強制的に跪拝させられる。
「ああそう、剣など、魔法使いに相応しくない!捨ててしまえ!!!!玄い腕だが、私の作品には似つかわしくない」
大きな魔力によって剣が手から零れ落ちる。
魔剣でも聖剣でもない、ただの鉄剣だが、誕生日に母に買ってもらってから20年以上手放したことがなかった。どこへ行くにもずっと一緒だった。寝る時やトイレだって離さなかった。
「ああ、肉弾戦魔法使いにしよう!それが良い、」
「剣舞スキル:奥義………」
手元に剣は無い。だが問題無い。心で振るうんだ。奮え!!!
「心に剣を…囈の舞!」
全身の闘気、いや、剣気で斬る技。
剣系スキルの奥義とも言えるこの術に至るには、剣を奮うセルフイメージが大切だ。
そう、何万という振りが己の剣気を具現化してくれる。
「悉皆出し尽くしたか?恤えるまでも無いわ!誠に些事である!exスキル:潤色」
消えゆく景色の中、俺は〝この想い〟を結晶せしめた。
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〜HR施設bl 125棟〜
あれから数時間。
未だに忽せな状況が続いている。
俺は幇間じゃねぇぞ?
「炎魔法:ブレイズアロー・ソード」
「杖魔法:スティックパラダイス」
炎の矢に、繰り出した杖が弾かれる。
あの女に操られているせいか、思考が杖魔法と筋肉魔法に塗り固められる。
遠い昔には剣を振っていた気がするが今は思い出せない。どうやら肉弾戦の魔法しか使えないように制限されているらしい。決して消えることのない剣タコから、安易に想像できる。
「炎魔法:ブレイズアロー・バッファロー」
「拳魔法:マッスルパンチ!」
慣れない拳魔法で炎の矢を破壊する。
闇に飲まれているマタイを助けなくては……頭の片隅からそんな声が聞こえる。一体誰の声なんだ?
「蹴りスキル:フルメタルキック」
蹴りによる不意打ち。どうしてこんなスキルを覚えているかわからないが、考えるのは後だ。今は目の前に集中しろ。魔法ではなくスキルを使うたびに、頭にあの女の激痛が響く。
「炎魔法:ブレイズアロー・アイス」
凍える大気を避け、マタイに接近する。
歯、食いしばれ!!!
「杖魔法:独角仙」
「ナッ?」
ちっ、効いてないか?
「炎魔法:ブレイズアロー・ランス」
習い性なのか、距離で外す。
「炎魔法:ブレイズアロー・スポイル」
「筋肉魔法:馬鹿力」
執拗に俺の右脚を狙ってくる。
真摯な奴だな。魔力の塩梅が素直過ぎる。
「炎魔法:ブレイズアロー・ペンドュラム!炎魔法:ブレイズアロー・チェイス!炎魔法:ブレイズアロー・フォーミング!炎魔法:ブレイズアロー・ミラー!炎魔法:ブレイズアロー・フォース」
スキル、魔法、剣技、俺の持つ全てから、多岐亡羊な、この状況を打破する術を選る。
「筋肉魔法:河馬力」
壊死した身体を無理やり動かす。
躯幹が慄き、関節が叫び、肉が木霊し、骨が奏でる。それでも身体を革める。より動ける肉体に。
「拳魔法:飛蝗拳・螺旋!拳魔法:水馬拳・横打!!」
一菊の涙を流しながら戦っているその姿、そっくりだ。眉目秀麗なんて、ほんと父親そっくりだ。似て、きっと淹博になるだろう。
「炎魔法:ブレイズアロー・スピア!」
「漢ぉぉぉぉぉぉぉぉ拳魔法:ライジングインパクト」
炎が俺を貫く。
「雷魔法:サンダーアロー・ボルト」
雷が俺を貫く。
「炎魔法:ブレイズアロー・アックス!炎魔法:ブレイズアロー・ハンド」
コアが破壊される。
「炎魔法:ブレイズアロー・ハンマー」
梟鸞は翼を交えず。
凡人の俺では死んだとしても天才の横に立てんのか?
〝なぁ…俺が死んだらカモちゃんを頼むよ…鯨鯢の…いや、睚眥のシュラよ…〟
いや
「まだだ」
「炎魔法:ブレイズアロー・グランド」
炎の矢を掴み、剣気で包み込む。
「〝剣スキル〟:ムーンブレイク」
「ナンだ!?」
やっと、機械じみた顔に色が着いたな?
「剣スキル:禾穂」
痛む脳。叫ぶあの女の声に耳が傾く。
「炎魔法:ブレイズアロー・カーブ」
「剣スキル:幹竹斬り」
俺は矢を一刀両断し、前に進む。
「っ!?」
ぐっ、頭痛が痛い。
まだだ俺は約束したマタイ
「炎魔法:ブレイズアロー・レイピア」
くの字に飛ばされる。
「炎魔法:ブレイズアロー・スターダスト」
「杖魔法:鹿角虫」
俺は腰の杖を加えて、変則二刀流を実現する。
これでどうだ?これなら文句ないだろ?クソ女め!!
「剣舞スキル:恣の舞!剣舞スキル:亟の舞!剣舞スキル:藜の舞!」
俺の攻撃が確実にヒットする。
「剣舞スキル:嚮導の舞!剣舞スキル:譎詐の舞!剣スキル:カーフスラッシュ!杖魔法:怒りの杖!」
「炎魔法:ブレイズアロー・クリティカル!水魔法:ウォーターカッター!木魔法:ウッドハンマー!土魔法:グランドウォール!闇魔法:ダークアロー・トーチ!光魔法:スターアロー・スクイッド!炎魔法:ブレイズアロー・ボール!」
手数はほぼ互角。
〝いいか?魔法剣ってのはな、虧盈なんだ〟
「剣魔法:鸞」
「炎魔法:ブレイズアロー・スケルトン」
俺の剣がマタイの首を捉える。
〝魔法剣は、魔法を断ち切る剣!何かあったら俺を殺してくれ!シュラよ!〟
「剣魔法:鬮」
目を覚ませ!!マタイ!!そうでないと俺は、マタイに顔向けできんだろ?
「剣スキル:城屑し!剣舞スキル:烏賊の舞!杖魔法:不虞の杖!」
「ガァダァ!?」
音魔法:サウンドナックルで突き飛ばす。
上段後ろ回し蹴りから下段回し蹴りを連続で放つ。膝を回すように炎矢を回避し、膝から旋回させた回し蹴りをぶつける。剣でヲの文字を描く。杖を脳天に叩きつける。膝でぶちかます。剣舞スキル:馬脚の舞!健脚の舞!剛脚の舞!羈軛の舞!剣スキル:水墨!杖魔法:アトランタ!拳魔法:氈鹿拳・修羅!
「剣魔法:璞」
「ぼ?ボ?ぼグは、は、ハ?は?あ?」
そうだ?戻ってこい!!!!!
身体が朽ちる前に終わらせる。
今、解いてやるからな、
漢ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉドォドォぉぉぉぉぉぉぉぉドォぉぉどぉどぉどドォぉぉぉぉぉぉどう
「炎魔法:ブレイズアロー・ヘルエンプレスデーモン」
「魔法剣:鵜」
っ!?どうやらガタが来たらしい
俺は渾身の力でマタイを抱き抱える。
「お前は何者だ!?言ぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「ぼ、え?お?らぞくは?えと?あ?あお?あた」
拳魔法:水黽拳・羅殺!
「もう一度聞くぞ?」
「ぼ、え?お?らぞくは?えと?あ?あお?あた」
拳魔法・蟇蛙拳・奥武!
「おい…もう時間がないんだ…答えてくれ…」
頼む頼むよ応えてくれマタイ
俺はもう
「ボクは、大魔法使いの息子だぁぁぁぁぁ」
ああ、嬰児の頃から知ってるよ…
もしかしたら、出藍かもしれんな…っ!?
「剣魔法:鳶」
「どういうことだ?シドー?何故剣を持つ?どういうことだ?説明しろ?」
く、この魔力身体が動か
マタイ逃げろ