1-8 VS勇者
小5にもなると、ヒーローものをみる人が減っていった。
でも僕はずっとヒーローものを見ていた。
僕の学校では雷を操るヒーローが大人気だったけど、
僕は敵役の、ボヘミアン・ラプソティーというキャラが好きだった。
彼のモチーフは奇術師。世界そのものを騙し、架空を現実にするヒーロー。
そのヒーロー番組は、PG-12の割には、阿鼻地獄的な描写が度々出くる作品で、それが問題となって僅か2ヶ月で放送中止となってしまった。
あれはそう、“第七話:ピエロは二度踊る”のエンディング時のセリフ。
「君は勝てるから闘うのか?違うだろ?だったら立てよ。なにさ、叶えてこその夢だろ?」
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それからの記憶はあやふやだが、気が付けばレイサの元まで戻ってきていた。
今にも泣きだしそうな空。左半身だけのレイサ。
「なぁ、どうして僕を守ったんだ…?」
何か納得できる理由が欲しかった。でもレイサは答えてくれない…
「だって、僕が何者かも、事情も内心も、名前だって知らないのに…」
レイサは答えてくれない…
「なぁ、レイサ…」
ザザザー、ザザザー
雨足が速くなる。遠くで雷が鳴っている。
僕は一体どんな顔をしているんだろう。彼はどんな気持ちだったのだろう。
雨足が加速する。雷鳴が近づいてくる。
「レイサ、僕は……」
雨足が加速する加速する加速する加速する。
ふと、クチナシの香りが鼻につく。
「上級雷魔法:パーフェクトサンダー」
「勇者ああああああああ」
僕は、迫りくる白閃を半身になって躱す。
「お前は、お前だけはここで倒す…」
僕は、己の危機管理能力を信じ、床を蹴る。
心臓が波打つ。思考の回転数が上がる。
「雷魔法:アクセルライトニング」
僕は、頭上から降り注ぐ雷を山勘で回避する。
「雷魔法:エレキウイップ」
しなる雷の鞭を、前に転がるように回避する。これも山勘。
山勘が連続して当たるのは二回まで。これは僕のジンクスだ。
「左!!!」
「上級雷魔法:パーフェクトサンダー」
僕は、左と叫びつつ、右に回避する。
声による誘導だ。
「…目ざわりだ…」
勇者までの距離はあと少し。
ここだ、ここが勝負だ。僕は感情の馬力を上げ、思考を加速させる。
「雷スキル:パラライズショック」
くる。どっちだ。右か…左か……
僕は、心拍数を上げ、勇者の目にピントを合わせる。
「っ、ここだ!」
僕は、正面から、ヘッドスライディングで突っ込む。
一秒遅れて、雷の糸みたいなものが頭上を通り過ぎる。
「捉えたぞ!!」
僕はすかさず立ち上がり、ローキックをかます。
勇者がバランスを崩す。
「おりゃ!」
さらに逆の足で勇者のみぞうちに、ヤクザキックを入れた僕は、
マルセイユルーレットの要領で勇者の背後に回り込む。
「EXスキル:雷霆武装」
クチナシの香りとともに世界が弾けた。
「ぐっは…く、くそ……」
何が起きたのか分からない。体が痛い。あちこちが変性してる。
気が付くと僕は、元の位置まで飛ばされていた。
「…まさか、この姿を使うとは…」
黒と黄の基とした鎧にマント。六対の翼が生えている。
その姿はどこかザドキエルを連想させる。
思考が加速する。加速する。加速する。
「それでも僕は負けない」
気持ちで負けない。心の負けん気モーターが駆動を始める。
動くか、体。動け。動け。
「…ここからは一瞬だ」
まずい、くるぞ!!
僕は憎悪を増大させ、過覚醒状態、そしてナチュラルハイにまでもっていく。
「超級雷魔法:パーフェクトクロスサンダー」
速い。避けきれない。
僕はとっさに心臓を拍動させ、両腕をクロスさせる。
「が…………」
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人間は考える葦である。
これは、ブレーズ・パスカルが残したとされる名言だ。
人が持つ思考力の絶大さを象徴するものであるが、
人の可能性は何も思考力だけではない。
「では、その可能性とは、一体、何でしょうか?」
道端の草木に話しかけるほど、心がきれいで、
いつもぼんやりしている君は、突然僕にそう、問いかけた。
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あれ、衝撃が来ない…
目を開けるとそこには……
「レイサ…なのか…」
そんな、ありえない。
「……………」
そこには、半身のレイサが僕を庇うように立ちはだかっていた。
「…ありえない…あの厄介なスキルは破壊したはず…」
「……………」
僕はとっさにレイサから差し出された手を握った。
「レイサ…」
握った拳が、赤黒く輝く。
「レイサ、これは?」
手には赤黒く濁る勾玉が…
レイサは塵となって雨に溶けていった…
(君を守る)
そう、聞こえた気がした。
「……………」
僕は、エンジンをスタートさせる。モーター音が聞こえる。
「…これで危険因子が一つ減った。次はお前だ…」
エンジン音が強くなり、感情のモーターをさらに回す。
僕は、行き場のない怒りを右手に込めて宣言する。
「さぁ、俺の趣味は通用するか?」
僕は、不敵に笑った。